そこから動くな
大枝 岳志
第1話
裏バイト掲示板で見つけたとんでもなく好条件な仕事に、俺はすぐに飛びついた。日給十万。実働午前九時から夕方四時まで。仕事の内容は「交通量調査」とあった。
この手のサイトで見つかる求人の大半は犯罪絡みだ。高級車の窃盗、特殊詐欺グループの尻尾役、偽造クレカを使っての買物、口座売買、スマホの代理契約、他には怪しげで中身のないビジネスセミナーの手伝いなんかもある。俺はクスリや草の運び屋をしていたが、デコスケにだいぶ嗅ぎ回られている事に気付いてしばらくは別のシノギで食べて行くことにした。
日給十万の交通量調査。何かしらの犯罪には関わっていそうな事は承知の上で電話の折り返しを待つ。掛かって来た電話を取ると、相手はずいぶんと気の抜けた喋り方をするオッサンだった。
「応募どうもねー……担当の吉村です」
「あ、どうも」
「君、身体どこかおかしな所ある? あー……あとシャブとか草食ってたら教えて欲しいんだけど……」
「健康そのものです。シャブは食ってないですよ、草はたまに」
「あー……そう。君、歳はいくつかな? 名前はまぁ……どうせ覚えないからどっちでもいいんだけど」
「俺は山下って言います。歳は二十八です」
「二十八ね……うん、合格」
「え、合格ですか?」
「うん。他に聞くことないから」
仕事で何をするのかは全く伝えられないまま、俺はその翌日の朝イチに吉村と待ち合わせることにした。
朝。駅前ロータリーに停まる銀色のバンの運転席で長髪を一つに束ねたオッサンが煙草を吸っているのが見えて、それが吉村だろうと思い声を掛けた。
「吉村さんですか?」
「あー、どうも。山内君だっけ?」
「いや、山下です」
「はは、また間違えたなぁ……名前覚えるの苦手でね。まぁ、タローでもポチでも何でも良いんだけどね」
「ちょっと、犬じゃないんですから」
「いやいや、犬以下でしょ」
「は? なんだコラ」
「冗談だよ、冗談。乗って」
吉村の言葉は冗談では無かった。運び屋をやっている勘で、相手が嘘をついているかマジなのかは大体分かる。声のトーンにあまりにも躊躇いが無かったから、正直ぶっ飛ばしてやりたくなった。
車内では特に会話もなく、途中で背が低くてやたらおどおどしてるオッサンをピックアップして車は北へ北へと向かった。
吉村は規範意識が低いのか、それとも機械音痴なのか、カーナビに通話機能が付いているのにも関わらず電話が掛かって来るとスマホを手に取って通話をしていた。
「あー、どうもー。酒井さんとこ、何か良いもの入った? え? またまたぁ。いやね、うちの若い子がトンガでえらい汚い変な箱見つけて来てねー。向こうではなんだか意味のあるものらしくて、今度見てもらってもいいですか? あ、ほんと。じゃあ後ほど日取り決めて連絡しますよ」
この吉村という男の本職は何なのだろうか。電話のやり取りを何度か聞いたが人や物を紹介するのがどうやらメインの仕事らしかった。
車は高速道路を降りて山の中へと入って行った。そこから峠を下りて開けた場所へ抜けたのだが、街は建物こそあるが人の気配が全くないようなゴーストタウンだった。
恐らくメインと思われる道路を抜けると、雑木林の前で車は停まった。雑木林には草木を刈り取って作られた入口があって、その奥に大きさ五メートルほどの林が刈り取られた円形の空間がぽっかり空いているのが見えた。
「君達には一週間、あの場所からこの道路を通る車の台数をカウントして欲しいんだよね」
俺が口を開くより先に、おどおどしたオッサンが先に吉村に声を掛けた。
「あっ……あの、仕事は本当にそれだけなのでしょうか? ギャ、ギャランティーは確実に支払われますよね?」
オッサンがおっかなびっくり、という様子で訊ねると吉村の目つきが一瞬にして変わった。
柔和な笑顔っぽいのがきっといつもの顔つきなのだろうが、スッと真顔になると冷淡な目つきに変わったのだ。こいつは多分、何の迷いもなく人を殺したことがあるかもしれない。そんな風な、奥が暗くて冷たい目をしていた。
「あのさぁ……俺がここまで何時間運転して来たか知ってるよね?」
「そっ、それは知ってますよ、乗ってましたから」
「遊びで来てんじゃないんだよ。なぁ? 誰があんたと遊んで楽しいと思う? 仕事に必要だから連れて来た訳。あと、ギャランティって何?」
「ギャ、ギャランティーはその……給料のことですよ」
「なら給料って言いなさいよ。頭悪い人に下手な横文字使われるとイライラするんだよねぇ……大体さ、あんた自分の立場分かってる? どうせ普通の仕事に就けないから応募して来たんでしょ?」
「…………」
「嫌なら帰っていいよ。別にうちは困らないからさぁ……まぁ、歩いて帰れって話だけど」
「歩いては……流石に……」
「ね? ならさぁ、大人しく仕事して大金もらって帰りましょうよ。分かった?」
「えぇ……まぁ、もらえるなら、はい」
「……クズがよ」
「え……」
吉村は両手をパンと打ち鳴らし、車に乗り込むように指示を出した。「クズがよ」と言った時、一瞬こちらを向いたのを俺は見逃さなかった。
仕事は明日からという事で、現場から少し離れた二階立てのホテルへ着くとフルコースのディナーや女のサービスまで付いてきた。
不要なオプションを付けられたり騙されて高額な金を請求されると思い、吉村に電話で確認を取ると
「モチベーションアップだよ」
とだけ言われ、電話を切られた。
身体は飯と女で爪先まで満たされていたが、夜がふけると爪先から現実が滲むように俺の身体を染めて行った。寝付きが妙に悪くてひたすら目を瞑り続ける。そのまま深い眠りに落ちる前に朝が来て、そうして仕事が始まった。
続く
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