第481話 各地の戦い
――――東側関所で クラウス
「とにかく俺達の仕事は消火だ! ドラゴンはセナイ様達に任せて森と関所を守ることを優先するんだ!」
そう声を上げたクラウスが水が入った桶を手に、犬人族達を引き連れながら森の中を駆けていく。
森の中にある東側関所にやってきたドラゴンは、空を舞い飛ぶウィンドドラゴンとフレイムドラゴンだけだった。
森の中を嫌がったのか、普段から仕掛けてある罠などを警戒したのかは分からないが、一直線に関所に向かってきて……そしてその全てがセナイとアイハンが指揮するバリスタに撃ち落とされている。
ウィンドドラゴンは一切の為す術がなくただ撃ち落とされ、フレイムドラゴンはバリスタで攻撃されると同時に炎を吐き出しての反撃をしてきてはいるが……クラウス達が事前に水を撒いていたこともあって、今の所被害らしい被害は出ていない。
関所やその周囲、近くの木々にも念入りに水がかけられている上に、春とあって青々とした葉に覆われた木々は燃えにくく、火災となっている箇所は今の所存在しない。
そんな木々の枝は上手い具合に関所を覆うことで関所への直接攻撃を防いでくれてもいて……そんな風に木々の枝葉が関所を覆ってくれたのか、ここ数日のことであった。
木の枝がそんな風に急激に伸びたり動いたりする訳ないのだが……それには先日セナイ達が唱えていた呪文が関係しているようで、クラウスはなんて凄いことが出来るのだと感心しきりだった。
(……確かエントの呪文とか、そんなことを言っていたよな。
木を生き物のように動かす呪文かぁ……まぁ、木のモンスターのトレントがいるくらいなんだから、そういう呪文があってもおかしくないのか。
……っていうか今もこれ、動いてないか? フレイムドラゴンの火球が飛んでくるたびに手を伸ばすようにして枝を動かして防いでくれているような……?)
と、そんなことを考えながらクラウスは、飛び散った火球から火が燃え移った枯れ草に向かって桶の中の水をぶっかける。
それから足でしっかりと踏み、クラウスに続いてやってきた犬人族が後ろ足で地面を掘り、土を巻き上げ延焼箇所へと被せて消火完了、土で覆ったことでもう一度燃えるという心配もなく、次の消火だとすぐに駆け出す。
……と、その時、そんなクラウス達の動きを疎ましく思ったかフレイムドラゴンの狙いがクラウス達に向く。
そして恨みの思い込もった特別大きな火球が吐き出されて、即座にクラウスは犬人族達に覆いかぶさり、その身を覆うドラゴン装備でもって彼らを守ろうとする。
瞬間、葉が揺れる音がし、木が軋む音がし……一枚の木の葉が落ちてくると同時に太陽の光と火球の光によって辺りを照らしていた明るさが失われる。
一体何が起きた!? と、驚愕したクラウスが振り返ると、近くに立っていた二本の木から大きな枝が伸びてクラウスがそうしたように、クラウス達のことを火球から守っていて……そこで火球が弾けて辺りに火が飛び散る。
「……え? は? え? ……あ、消火ぁ!!」
一瞬呆然とし驚愕し、何が起きたのかと混乱し、それからすぐに命令を発し、クラウスに守られていた犬人族達が火に土をかけて回る。
そんなクラウスと同じように上空のフレイムドラゴンも驚愕し、混乱したが、すぐさま飛んできたバリスタの矢によって撃ち落とされ……力なく森の中へと落下していく。
それを受けてクラウスが安堵していると、周囲の木々が揺れまたもギシギシと軋む音を出す。
ギシギシギシ、しつこく軋み……その音が不思議と声のように聞こえてしまう。
『大丈夫かぁ? お若くて元気な人間族、あの熱くて赤い厄介者はこれで最後だろうから、お前の足を帰路につかせると良い。
豊かなこの大地を踏みしめ、愛する家族が待つ木の家に帰ると良い』
それは明らかに声であり、王国語だった。
クラウスは自分の耳か頭がおかしくなったのかと困惑したが……すぐに考えを改めて木々に向かって声を上げる。
「ありがとうございます! 助かりました!!」
それから犬人族に指示を出し、集合させてはぐれた者がいないかの確認をし……それからクラウスは改めて木々への礼の言葉を口にしてから、愛しい妻が待つ関所へと駆け戻るのだった。
――――西側関所で モント
森の関所が消火のために動き回っている一方で、西側関所ではいくつもの篝火が焚かれ、狼煙が上がっていた。
更には鉄の板を木の棒で叩いて大きな音まで張り上げていて……そんな西側関所、もはや城塞と言って良い規模となったそこの歩廊を歩き回っていたモントが声を張り上げる。
「音だ! 煙だ! ドラゴン共の意識をこっちに集中させろぉ!
獣人国や畑にいかねぇよう引き付けやがれ!! こんな立派な関所にしてもらっておいて、敵を引き付けねぇじゃぁ役立たず扱いされんぞ!!」
それがモントの目的だった。
城塞と化した関所にドラゴン達を集めて迎撃することで他への被害を抑える。
ドラゴンは性質上、人間を見つけたらそこから逃げることが出来ない……であるならばとにかく目立てば、気を引けば他へ向かうことを防げるはず。
セナイ達の祈りが込められた畑はもちろん、鬼人族の村や隣国への被害もこの関所を預かる身としては許容出来ず……とにかく全力で火と煙と音を上げさせていた。
するとモントの狙い通りにドラゴン達が一直線にやってきて……そして数え切れない程に設置されたバリスタの集中射撃を浴びてあっという間に討伐されてしまう。
「矢の消耗なんて気にしてんじゃねぇ! 関所や周囲に被害が出るよりマシだ! 武器は使ってこそ意味がある! 使い倒すくらいの気持ちでやれ!」
一匹のウィンドドラゴン相手であってもモントは10発以上の矢を叩き込めと指示を出していて、それに首を傾げる者もいたが、モントはそんなことを言ってそういった者達を引き締めて……そして自ら一番危険な歩廊を歩き回って周囲の確認をし、指示を出していく。
それに領兵達は素直に従い、そして高性能かつ高威力なバリスタでもってドラゴンを次々に倒していく。
空を舞い飛ぶフレイム、ウィンドドラゴンはもちろん、アースドラゴンもあっという間に矢まみれとなって沈み……アクアドラゴンは姿を見せず、その三種の死体だけがどんどん増えていった。
そうやって順調に事が進む中で、1人の領兵がモントの下へと駆けてきて、報告の声が上がる。
「獣人国側からの避難民がやってきたようです! 村が襲われたとかじゃなくて行商や観光に来た人達みたいで……どうしますか!?」
それを受けてモントは間髪入れずに指示を返す。
「すぐに中に入れろ! 中庭じゃなくて壁の中の客室に避難させろ!
隣国の人間に被害を出したなんてことになったら名折れだぞ! しかし中を見せすぎる訳にもいかねぇ! 常に1人か2人の見張りを立ててしっかり見張れ! どさくさ紛れの情報収集なんか許すんじゃねぇぞ!!」
「はい!」
指示を受けての領兵の動きは早かった……というよりも、そういった指示が出ることを予測していたのだろう、すぐに門が開かれ避難民の誘導が始まり……誘導していた領兵がそのまま見張りに移行する。
壁の中へと避難していく様子を歩廊から見下ろしていたモントは、あの領兵ならしっかり仕事をしてくれるだろうと頷いて、また周囲への警戒へと意識を向ける。
と、その時、散々攻撃を失敗したことを受けてか、空を舞い飛んできた3体のフレイムドラゴンがバリスタが届かない遠距離からの火球攻撃を放ってくる。
それが迫ってきて、領兵達は大慌てとなるが、モントは何も言わず動じずフレイムドラゴンだけを睨み……関所の壁に次々に火球が命中し、凄まじい音が周囲に響き渡る。
「ビビってんじゃねぇ!! この壁があの程度でやられるか! そんなことよりも連中をしっかり見ろ! 射程に入り次第ぶっ殺せ! 目を離すな!!」
直後また火球が着弾、モントから見てすぐ側……足元と言って良い壁に火球が着弾するがモントは動じず、フレイムドラゴン達だけを睨み続ける。
壁から熱気が吹き上がり、それが少ないモントの髪を揺らすが、モントは揺れることなくしっかりと立ち続けて……そして射程に入ったと確信したなら声を張り上げる。
「撃て撃て撃て撃てぇぇぇぇ!
当たらなくても良いから撃ちまくれぇぇぇぇぇ!!」
それを受けてバリスタが次々発射、外れても良いからと狙いにこだわらないためか、指示を受けてから発射までの間隔が短く……再装填からの二の矢発射もあっという間だ。
それだけバリスタを放たれるとドラゴンであっても迂闊に近付くことが出来ず、その位置からの火球攻撃となるが、命中精度が良いとは言えず、唯一有効打となったのは、一基のバリスタへの命中だった……が、バリスタは破壊出来たが、命中を悟った領兵達の避難が早く、人的被害は0のまま。
その間も次々にバリスタの発射が行われ……経験を経てか狙いが段々と定まっていって、そして命中……フレイムドラゴンが次々に落ちていく。
そうして3体のフレイムドラゴンが落ちたのを確認してからモントは、
「けが人は出たか!? 消火急げよ!! バリスタの部品はできるだけ回収して洞人族に渡す! しっかりかき集めておけ!!」
との指示を出し……そしてまた歩廊の上を歩き始めるのだった。
――――鉱山で バーナイト
「まーっはっはっは! もっとやり合おうぜドラゴン! こんな火力じゃ全然足りねぇよ!!」
と、鉱山を任された洞人族の若者、バーナイトがなんとも元気な声を張り上げる。
彼の指揮でもって行われている鉱山防衛戦は、東西の関所と比べてしまえば上手くいっていないと言えるだろう。
何度も何度も火球が各設備に着弾し、かなりの数のバリスタも破壊され……何人かの洞人族が火球の直撃を受けてしまっている。
だけども石造りの設備は火球の攻撃でも壊れることなく、破壊されたバリスタもすぐに修理されるなり交換されるなりし、洞人族達の体はドラゴンの火球程度でやられる程ヤワではなかった。
もちろん全くの無傷ではなく、相応の火傷は負っていたのだが、火の中で仕事をしている彼らにとってはそんなものは日常でしかなく、アルナーの薬や安産絨毯での治療が期待出来るということもあって、誰もその程度のことがなんだと笑い飛ばしている。
ただやられるばかりではなく、当然やり返してもいて、バリスタでの狙撃に投石機による突撃に、様々な方法でもって洞人族達は一矢報いていて……やってやられて、殴られて殴り返しての戦闘は洞人族にとってはただの娯楽、誰もが笑顔でガハハと笑い声を上げていて……そして近くに置いた酒瓶を煽ってもいる。
そうやって興奮し、気持ちを前に向かせて士気を向上させて、酒瓶がドラゴンに割られたなら怒りに変えて……洞人族達が何をされても戦意を失わない一方、そんな洞人族と戦うことになったドラゴン達の戦意はボロボロだった。
死に瀕しても笑っている、自らの身でもって突撃してくる、武器も防具もめちゃくちゃな強度で勝ち筋が全く見えない。
だと言うのに逃げることは許されず、前に進むしかなく……半ば諦めに心中を支配されながら戦いを続けるしかないドラゴン達。
あるいは神が助言をしてくれたなら、何か高度な作戦を授けてくれたなら勝てたのかもしれないが、随分前から神の声は聞こえなくなっていて……そうして鉱山に襲来したドラゴン達は、洞人族の戦いもあってジワジワと、たっぷりと時間をかけて殲滅されることになるのだった。
――――
お読みいただきありがとうございました。
次回はルフラとゾルグのあれこれの予定です
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