第476話 ルフラの悩み
分け火の焚き火とそれを祝う食事会をやって、それからルフラはイルク村で一晩を過ごした。
一晩泊まってじっくりと私に体の鍛え方を教わりたいんだそうで……ルフラの様子からすると、真剣にというか深刻に、自分の体をなんとかしたいと考えているようだった。
こちらとしては反対する理由もなく、アルナーの弟ならと村の皆も歓迎してくれて……そうしてルフラは、ゾルグのために用意されたユルトに泊まったのだった。
定期的にというか、何かある度にイルク村にやってきていたゾルグは、泊まっていくことも多く、着替えや日用品、狩りの道具なんかを持ってきては用意してやったユルトの中に置いていっていて……客人用だったはずのユルトを自分のものにしてしまっていた。
まぁ、ドラゴン狩りやら何やらと定期的に力を借りているので文句もなく、掃除などの管理は自分でやってくれているので特に迷惑でもなく、アルナーも何も言わずにそれを受け入れていた。
ルフラであれば私達のユルトに泊めても良いかなとも思ったのだけど、セナイとアイハンがいるということでそちらに泊まってもらうことになり……そうして翌日、早朝。
目を覚まし身支度を済ませた私は朝の鍛錬をしていると、そこにルフラがやってきて……私の真似をしての鍛錬をし始める。
私の鍛錬は独特というか、あくまで私に合わせた……これまでの人生で組み上げてきたものなので、真似をしても良いことも無いと思うのだけど、あえて何も言わずに見守ることにして黙って鍛錬を続けていると……大体半分くらいの鍛錬が終わった所で、汗だくとなったルフラが何も言わずに膝から崩れて地面に横倒れになる。
そうして荒く呼吸をしていて……うん、とりあえず無事のようだ。
文句を言わずに半分までついてきたことは素直に褒めるが、そんな風になってしまう前に中断して欲しかったなぁ。
なんてことを考えながら戦斧を全力で振り回していると、いつも鍛錬終わりに砂糖と薬草を入れた水を持ってきてくれる婦人会の女性、アイセター氏族の1人が近寄ってきて……私用に用意していたらしいそれをルフラに差し出す。
「あ、ありがとうござい……げふっ……」
ルフラは声を絞り出しながら礼を言い、そして水を飲み始め……甘くて爽やかな味のそれを飲んだことで落ち着きを取り戻したのだろう、立ち上がって居住まいを正し……そして今度は無理をしない範囲で私の鍛錬の真似をしてくる。
それを見て私は少しだけ力を抜いて鍛錬してやることにし……ある程度鍛錬を進めた所で、朝の食事を終えてなのかハルジャ種の一団が村へと戻ってくる。
ハルジャ種の側にはイルク村で暮らす鬼人族の女性達の姿があり……女性達はハルジャ種の背に跨っていたり寄り添っていたり、例外なくハルジャ種にぴったりとくっついている。
彼女達はジョー達と結婚してからずっとあの調子だ。
結婚祝いという訳でもないけども、11家庭にハルジャ種1頭ずつが振り分けられることになり……頭がよく働き者で力強いハルジャ種に夢中になっている。
ジョー達は関所で働いていて、関所暮らしなのだけど、ハルジャ種の世話のためにイルク村にいることが多いくらいで……夫婦としてどうなのかとは思うのだけど、10日のうちの半分くらいは関所で過ごしてもいて、ジョー達は特に気にしていないようだ。
むしろハルジャ種の世話や、イルク村のユルトの管理などをやってくれているからと感謝をしているらしく、夫婦仲に問題はないようだ。
そしてハルジャ種達は、そんな彼女達に世話をされた分、よく働いていて……畑を耕したり、鉱山周辺での荷運びをしたり、森から木材を運んでくれたりと、かなりの大活躍をしてくれている。
特に荷運びに関しては圧倒的で、普通の馬であれば2・3頭で運ぶものを1頭で運べるし、自分で体力配分を行ってくれるしで本当に文句のつけようがない。
この重さの荷物ならこれくらいの食事と休憩でいけるだろうと自分で調整したり、この重さだと夜までに村に帰れないからと運搬を拒否したり、驚かされる程の賢さだ。
そんなハルジャ種を目にしたルフラの反応は……アルナー達に比べると少し薄いものだった。
大きさや力強さに驚いてはいるが、それ以上の感情はないようで……私が鍛錬を終えると、同じく鍛錬を終えたルフラが息を整えてから声をかけてくる。
「……さっきの馬、凄い大きさでしたけど、早駆けには向かなそうですね。
餌の量もとんでもないことになりそうだし……顔が可愛すぎるのも少しなぁって感じです」
「まぁあの大きさだとどうしてもそこら辺はなぁ……。
……顔についてはよく分からないな、他の馬と同じように見えるが……?」
「全然違いますよ、目の感じとか……優しすぎて戦場に連れていくのには向いてない感じですね。
闘争心がないって言うんですか? 気が強い馬だとあんな風に人がくっついた瞬間蹴り飛ばしてきますし、やっぱり馬はそのくらいじゃないと」
「ふぅむ、そういうものなのか?」
「はい、義兄さんのベイヤースなんかは良い顔と目をしてますよね、戦場につれていっても問題のない強い馬の顔と目です」
……アルナーはハルジャ種のことを気に入っていて、ゾルグも悪くは言っていなかったはず……。
ルフラだけの価値観なのか、若者の価値観なのか……ゾルグも絶賛まではしていなかったから、鬼人族の男女の価値観の違いみたいなものなのかもしれないなぁ。
なんてことを考えているとルフラは、何故かもじもじとした様子を見せて……それからどこか申し訳なさそうに声をかけてくる。
「……義兄さんとこの村は本当に凄いですよね、どんどん建物が増えて家畜も増えて、あんな馬まで。
異国の本や武器、芸術品なんかも手に入れてるのでしょう? その上……ドラゴンを余裕で狩れてしまう。
本当に凄くて……その分だけ自分達も変わっていかなきゃって思うんです。
このままじゃ駄目っていうか……何度も何度もドラゴンがやってきているんだから、少なくてもドラゴンを倒せるくらいにならないと駄目だと思うんですよ。
そのために体を鍛えて……それと何か、ドラゴンを倒せるようになる新しい何かが必要だと思うんです。
武器とか戦い方とか、新しい時代の鬼人族の家長として、それを見出したかったんですが……考えても考えても全然わかんなくて、それで義兄さんに相談できたらと思って分け火の担当に立候補したんです」
……なるほど、そういうことか。
昨日からずっと何か悩んでいるというか、苦悩している様子だったが、家のこと鬼人族のこと、これからのことを将来の家長として考えていたという訳だ。
ふぅむ……。
しかしそんなに悩むようなことなのだろうか?
アルナーもゾルグもドラゴン狩りの際には活躍をしていて、ドラゴンの硬い鱗をその矢でもって貫いたこともある。
あれが出来るのなら鬼人族が得意としている騎乗弓でどうとでもなると思うのだけど……ルフラはそれでは足りないと考えている……と。
その辺りのことを言ってルフラの考えを否定することも出来たのだが、ルフラの目はどこまでも真剣で深刻で……未来の義弟がそこまで悩んでいるのだからと私も腕を組み首を傾げて頭を悩ませ……そうして悩んでも答えが出なさそうだと諦めた私は、
「なら皆に相談してみるか」
と、そんな言葉を口にするのだった。
――――
お読みいただきありがとうございました。
次回はメーアバダル流ドラゴン対策のお話となります
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