第475話 二度目の分け火


「相変わらず仲睦まじいようで、羨ましいです」


 アルナーと弓の練習をしていると、誰かからそんな言葉をかけられる。


 声変わりしたばかりといった感じの若い声で、そちらへと視線をやると鬼人族の若者が立っている。


 大きな松明を持っていて、鬼人族には珍しく髪の手入れをしていないのか、短い髪がボサボサになっていて、よく鍛錬しているのか体はがっしりとした筋肉質。


 声から予想した通り若く、13・4歳に見えるその若者の顔は、どこかで見たような顔で……んん? 誰だったかな? と、考え込んでいるとアルナーが声を上げる。


「ルフラ! なんだその髪は! 少しは手入れをしたらどうなんだ!」


 そう言ってその若者の側に駆け寄ったアルナーは、懐から出した櫛で若者の髪を漉こうとし、若者はそれに抵抗しながら


「ね、姉さん、これが今の流行りなんだよ! っていうかもう子供じゃないんだから勘弁してくれよ!」


 その言葉でようやく若者が誰であるかに気付く。


 アルナーにもゾルグにも似たつり上がった目に、力強い眉……アルナー達の末弟のルフラだ。


 以前見かけた時は、もう少し髪が長かったのと幼い顔立ちをしていたのですぐに気付けなかったが、一度気付いてみればなるほど、成長したことでよりアルナーやゾルグに似た顔つきになったようだ。


「ルフラか、久しぶりだな……今日はどうしたんだ?」


 と、私が声をかけるとルフラは、手にしていた松明を大きく掲げながら言葉を返してくる。


「お久しぶりです、義兄さん。

 これは分け火ですよ、分け火……仲間が無事に冬を越せたのか確認するために火を分けるんです。

 これで冬を追い払い、冬営地を浄化する……去年はゾルグ兄さんが持っていったはずです、覚えてませんか?」


 ああ、そう言えば去年ゾルグがそんなことを言っていたな。


 そして分け火を持ってきてくれた使者に対しては……。


「酒とごちそうで歓迎するんだったな、すぐに用意するから広場で待っていてくれ。

 えぇっと……分け火を受ける大きな焚き火もいるんだったな」


「はい、そうです。

えっと、それと……その、体の鍛え方とか教えてもらえませんか?

 最近鍛え始めたんですけど、義兄さんみたいにはいかなくて……。

 うちの村の若い連中の仲で、今体を大きくするのが流行ってて……皆義兄さんに憧れてのことだったりするんですよ。

 あ、この髪型とかも義兄さんが昔、ナイフで刈ってたって話してたのがきっかけで流行ったんですよ。

 その方が男気あるように見えるんじゃないかって、皆そう言ってますよ」


 ルフラにそう言われて私は、なんとも言えず冷や汗をかく。


 それはまた変な流行が出来上がってしまったものだというか……ナイフで髪の毛を切っていたのは戦場での話で、今はアルナーに手入れしてもらっているのだけども……。


 と、そんなことを考えながらアルナーの方へと視線をやると、アルナーはなんとも言えない……喜んでいるような苛立っているような、初めて目にする表情をしていた。


 末弟が男気のために体を鍛えていることは嬉しいが、目指す先が少しおかしいというか、ズレているように思えるのがその表情の理由だろう。


 私に憧れていることは嬉しいが、憧れ方がズレている……というのも理由かもしれない。


 うぅーむ……どうしたものか……。


 とりあえずは……、


「毎日の鍛錬の仕方を教えるくらいのことは出来るが、体を大きくするとなるとなぁ……よく食べてよく働くくらいのことしか私には思いつけないかな。

 だがそうした話をする前にまずは、その分け火を焚き火台に移すとしよう。

 ……すぐに組み上げるから待っていてくれ」


 と、そう言って倉庫へと足を向けることにする。


 色々と頭を抱えたくなる話ではあるが、まずは分け火だ、これが消えてしまったとなったら大事なので、まずはこちらからだ。


 それからアルナーと話し合うつもりだけども、若者の流行り廃りっていうのは大人が注意してもどうにもならなかったりするからなぁ……アルナーを納得させるかというか、諦めさせるかという話になりそうだ。


 まぁ、うん、悪事に手を出したとか、そういう話ではないのだから、そこまでの問題にはならないだろう。


 そうして私達は鬼人族の村からの分け火を迎えての食事会を盛大に楽しむのだった。



――――一方その頃、とある山の中で 



 王都から片田舎へと左遷され、二度と表舞台に立つことはないだろうと何もかもを諦めていたその騎士は、突然目の前に転がり込んできた表舞台への入場券を前にして興奮を隠せないでいた。


「てめぇら! 死ぬ覚悟は出来てんだろうな!!」


 そう声を張り上げるのは、本来であれば見目麗しい高貴なはずの薄汚れた女性、継ぎ接ぎの鉄鎧を身にまとった第三王女ディアーネで、それは全く王女らしからぬ姿と態度と声だったが、今は逆にそれが良い効果を発揮していた。


 彼女が集めた戦力の大半がごろつきだ、神殿を襲撃した盗賊を討伐するためにどうにか集めた戦力だからそれも仕方ないのだが……そんな連中がどういう訳か、うら若い王女様と抜群の相性を発揮してしまっていた。


「ここで死んだなら家族の世話はしっかりしてやる!

 もし生き残ったら喜べ! てめぇら全員王女付きの騎士様だ! 金と地位と名誉が手に入って、今まで以上に好き勝手に生きられるぞ!!

 王族も貴族も神官も無視出来ないほどの手柄を立ててやれ!!

 このアタシが許す! 暴れに暴れてあの男のように大出世しやがれ!!」


 更に王女がそう声を張り上げると、王女の前に立つ荒くれ者達がこれでもかといきり立って雄叫びを張り上げる。


 その中には騎士や神官、この辺りを任された代官もいるはずなのだが、そうした者達までが荒々しく雄々しく声を張り上げていて……王女の脇に控えた騎士はなんとも言えず苦笑をする。


 前例が……救国の英雄ディアスという前例が、彼女の言葉の信頼性を高めていた。


 平民で孤児で、そんな男が戦争で活躍したからと今や大領地を有する公爵だ。


 そんな前例があるのだから自分達もきっと……という夢と希望を利用してなんとも巧妙にこの状況を作り上げていた。


 この戦いに勝ったとして、この辺りの盗賊全てを討伐したとして、ディアスのように出世出来るはずがないのだが……それでもディアーネ付きの騎士か従騎士にはなれるかもしれず、本来であれば自分達のような荒くれ者を相手してくれるはずのない、王女様がそうやって自分達の流儀に合わせてくれているという非現実的な現状も、荒くれ者達の背を押してくれていた。


 夢が夢ではなくなるかもしれない、下り坂の人生がここで逆転するかもしれない……勝ち組になれるかもしれない。


 そんな夢と希望が荒くれ者達を狂信的にさせ、死への恐怖を忘れさせ……王都の正規軍さえも粉砕出来るのではないかという精強さを手に入れてしまっていた。


 相手の武具の方が優れているのなら奪ってしまえば良い、相手の方が数で勝っているのなら1人で10人を倒せば良い、相手がこちらを包囲しているのならまっすぐに突き進んで包囲を食い破れば良い、相手が砦に籠もっているのなら砦ごと粉砕したら良い。


 その先に夢と希望があるのだから……略奪などと違った正しい道があるのだから、何も恐れるものはない。


「よぅし! あそこの砦で最後だ! あそこを潰せば連中の逃げ先はもう残ってねぇ!

 ……行け、行け行け行け!! アタシがあんたらの面倒、最後まで見てやるよ!!」


 そしてその合図で、夢と希望を胸に荒くれ者共が駆けていく。


 喉が張り裂けんばかりの雄叫びを上げて、それでもって山中の砦の壁と周囲の木々を震わせて……そうしてその盗賊達の砦はあっさりと、ろくな抵抗もできないままに陥落することになるのだった。


 


――――


お読みいただきありがとうございました。


次回はルフラのあれこれとなる予定です。


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