第432話 使い道とか馬とか
・登場キャラ紹介
・鬼人族の女性達
ジョー、ロルカなどディアスの元戦友で領兵である人間族達と結婚した女性達、アルナーより年上ばかりだが、族長(領主)の妻(婚約者)であるアルナーの指示に従っている。
・コルム
犬人族の小型種、アイセター氏族長、犬人族の氏族長の中では最高齢、慎重かつ大人しい性格で、そういった面からイルク村に来るのが少し遅れた。
主に家畜の世話を仕事としている
――――
あれから色々なことが前に進み始めた。
まずアルハルのこと。
アルハルを故郷に帰すにしろ、ニャーヂェン族に来てもらうにしろ、まずは連絡を取らなければ始まらないということで、鷹人族の巣に依頼して手紙を運んでもらうことが決定し……アルハルが書いた手紙を、ニャーヂェンの町があるという一帯に落としてもらうことになった。
私の依頼で鷹人族が帝国人に接触するというのは、国際的な問題となる可能性があるとかで、捕獲されたり攻撃されたりなどなど、おかしなことにもなり兼ねないこともあって禁止されることになり……ギリギリ許される範囲は空から手紙を落とすだけ、になるそうだ。
ただでさえ遠方への配達で大変なのに、危険なことをさせられないというのはその通りで……あとは運良くニャーヂェンの誰かに拾ってもらえることを祈るしかないのだろう。
そんな不確実な方法に頼る関係で、アルハルには同じ内容の手紙を何通か書いてもらうことになっていて、それらをばらまくことで拾ってもらえる確率を上げるとかで……アルハルが言うにはそこまでしなくても問題ないそうだが、そう何度もいける距離ではないし、出来るだけのことはすべきなのだろうなぁ。
次に始祖の銀について。
こちらは基本的にはヒューバートの案通りとなる。
棒を用意し、その先端に始祖の銀を固定し、それを草原の各地に立てることでモンスターの接近を感知させ……鷹人族の見回りや見張り塔を組み合わせることで出来るだけ早く対応する、ことを目指す形だ。
何しろ初めてのことなので上手く行くかはやってみないことには分からないが、大した手間がかかる訳でもないし、やってみる価値はあるだろう。
見張り台に関してはそれなりの建材と手間を使うことになるが、始祖の銀がなくても色々と使い道はあるんだろうし……無駄にはならないだろう。
そして始祖の銀の使い道はもう一つあり……それはアルナーが提案した矢に使うというものだ。
鏃や矢の装飾に始祖の銀を使い、それをモンスターに打ち込めば、強い光を放ってくれるはずで……それを目印にしたなら暗闇の中でも攻撃することが可能になり、モンスターの攻撃を回避する際にも役に立つだろうし、仮にモンスターがどこかに移動したとしても追跡が容易になるはず、とのことだった。
モンスターは基本的に人間を前にして逃げることは無いそうだが、更に先に……前に立つ私達を無視して村などを襲うために移動することはあり得る訳で、そういった時のための対策ということらしい。
他にも始祖の銀を編み込んだ投げ縄や投網を作ってはどうかとも提案していて……どれも大した手間もなく作れるということで、洞人族達と協力しながら作ることになったようだ。
アルナー以外の鬼人族の女性達もそれに協力してくれるそうで……女性達はモンスターの脅威が減る上に、狩りやすくなるなんてと大喜びで協力してくれている。
東西の関所で働き、イルク村で仕事を手伝い、ついでに馬達の世話をし……と、働き過ぎではないかというくらい働いてくれていて……少しは休んで欲しいと思ったりもするが、アルナーが言うには今だけのはりきりだから放っておいて構わない、とのことだ。
結婚したかと思ったら夫が出兵し……大成功して帰ってきて、そしてかなりの稼ぎを得て……と、順調な新生活に気持ちが盛り上がりすぎているだけ、とかなんとか。
そういうことならと変な口出しはせずアルナーに任せることにし……そうこうするうちに数日が経った。
昼を少し過ぎた頃、やることがなくなり、ぽっかりと時間が空いてしまい……一応私の目でも鬼人族の女性の様子を確認すべきかな? と、そんなことを考えて馬の放牧地へと足を運ぶ。
そこではイルク村の馬達のほとんどが放牧されていて……以前から居る馬の群れはベイヤースが率いている。
ベイヤースが中央に立ち、敵がいつ来ても良いようにと周囲を警戒して群れの馬を守り……他の馬達は安心した様子で雪を掘り返して食事をしたり、雪の上に寝転んで休憩したりと、思い思いの過ごし方をしている。
そんな風にベイヤースが見張らなくても、周囲には犬人族達の見張りが立っているのだが……それでも群れの長としての仕事はしっかりするということなのだろう。
ベイヤース達の隣にはハルジャ種の群れがあり……こちらもまた群れの長になる一頭がベイヤースのように周囲を警戒している。
ベイヤース達もハルジャ種も同じ馬であり、同じ群れを作るのかな……なんてことを思っていたが、流石に体の大きさが違いすぎるのか、それぞれ別の群れを形成していた。
それでも喧嘩したり餌を取り合ったりすることはなく、良いお隣さんと言ったら良いのか、違う群れながら同じ村に所属する仲間としてお互いを認識しているようで、馬達なりに良い関係を築いているようだ。
そしてアルナーと女性達は、そんな馬達の手入れをしてくれていて……ブラッシングをしたり、蹄の手入れをしたり、たてがみの手入れをしたり、尻尾の毛の手入れをしたり、とそれぞれ様々な手入れをしていた。
鬼人族の価値観によると、馬はとても大事な家族であり財産で……その馬の見栄えの良し悪しは、そのまま自分達の評価に繋がることであるらしい。
自分達の身だしなみと同じくらい大事なことだとかで……特にたてがみや尻尾の手入れには神経を使うようだ。
そうした手入れが一通り終わると、馬達に跨って馬達を走らせ始めるが……アルナーを含めた全員が馬具を使用していない。
馬銜も手綱も鞍もなし、そのまま跨り首辺りに手をやって駆けさせていて……その方が馬達への負担が少ないらしい。
いくら負担が少ないと言っても、あれでは落馬の危険があると思う……のだが、子供の頃から乗馬をしているからか、馬具がなくても全く問題ないようだ。
「いやぁ、我輩でもあれは無理ですなぁ。
背中に乗って歩かせるくらいは出来ますが、駆けさせるのはとてもとても……流石でございますな」
と、そんな声をかけてきたのはアイセター氏族のコルムだった。
アイセター氏族達もアルナー達と一緒に馬の手入れをしてくれていて……そして今コルムは、ハルジャ種のうちの一頭、大柄なオスの背に乗っていて……馬にそっと触れて指示を出し、私の側へと近寄ってくる。
「王国のベテラン騎兵を連れてきてもああは出来ないと思うぞ……あんなのが出来るのはアルナー達と、セナイ達くらいのものだ」
と、私が返すとコルムは、私にブラシを渡してからハルジャ種の首をブラッシングし始め……私がそれを手伝うとにっこりと微笑み、言葉を返してくる。
「馬の扱いに長けているだけでなく馬を心から愛してもいて、身体能力も高いからこそ、という訳ですかなぁ。
更に言うならあの魔法……魂鑑定も上手く活用されているようですな。
荒馬なのかそれとも大人しい馬なのか……魂を見てそれに合わせた世話や騎乗をされているようで、あれに関しては他者には真似できんでしょうなぁ。
……ところでディアス様、ディアス様もハルジャ種に乗ってみますか? ディアス様の体格と身体能力があれば馬具がなくとも乗りこなせると思いますが……」
「ああ、いや……うん、私は止めておくよ。
乗りこなせるとかどうとかの話ではなくて……前にちょっと乗ろうとした時も、ベイヤースが物凄い目でこちらを見てきてなぁ……。
自分を満足に乗りこなせないのに他の馬に乗るのかと……新参のハルジャに手を出すのかと、そんな目をしていたんだ……」
「おっと……それはそれは……。
確か以前、ディアス様が別の馬の世話をする際に乗っていた時は平気な顔をしていたはずですが……。
自分の群れの馬に乗るのは良いが、ハルジャ種は許せないと……なるほど、なるほど。
どうやらディアス様は愛の深い方に好かれる性質のようで……アルナー様と言い、気は抜けませんなぁ」
そう言ってコルムは「はっはっは」と声を出して笑う。
本人は面白い冗談を言ったつもりのようで……確かコルムも何人かの奥さんがいるんだったか……。
そういった家庭の多い犬人族の中では面白い冗談なのかもしれないが……私にはあまり笑えない冗談だった。
私の信条としても神殿の教えとしても笑えないし……何よりコルムの背後にいつの間にか近付いてきていたアルナーの姿があるのも笑えない。
嗅覚も聴覚も鋭いコルムが何故それに気付けないのか……なんてことを考えていると、それらの感覚よりも私の表情から状況を読み取ったらしいコルムが、笑い声を引きつらせ「ひぇっ」と声を上げて硬直してしまう。
「……ディアス、久しぶりに2人で遠駆けでもどうだ?」
そしていつもの声のようでどこか違う……少し冷たく聞こえるような気もする声で、そう言ってくるアルナー。
「いや、私は馬具がないと遠駆けは難しいんだが……」
と、私が返すとアルナーは、それなら取りに行けば良いと、笑顔でもってクイっと顎を上げて倉庫がある方向を示し……私は分かったと頷いてベイヤースに声をかけ、ベイヤースと共に倉庫に足を向ける。
すると私の背後から、コルムの悲鳴……のように聞こえないこともない謝罪の声が聞こえてきたりもしたが、それでも私は足を止めることはなく……コルムに呆れているような、憐れんでいるような、そんな表情をしているベイヤースと共にその場を立ち去るのだった。
――――
お読みいただきありがとうございました。
次回は出産関連のあれこれになる予定です
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