第431話 未来に向かって


登場キャラ紹介


・12人の婆さん達。

 イルク村最古参の婆さん達、いずれも高齢ながら病気知らずで皆元気、普段は織り機でメーア布を作っている。

 マヤ、チルチ、ターラ、セリア、アリダ、チーマ、ピソン、ジメチ、スーク、メイアまで名前が出ている。


・セドリオ・バー・センジー

 犬人族の小型種、センジー氏族の氏族長、毛が短く寒さに弱いが、忠実で真面目でよく働く。

 むしろ仕事がないとストレスになるタイプ、常に元気いっぱい



――――




――――織場で マヤ婆さん達



 木材で高い床を作り、しっかりとした壁と屋根を作り……その上で床や壁に厚めに編んだメーア布を敷いたり掛けたりし、織り機を並べた施設……最近出来たばかりの織場でマヤ達は懸命に仕事に励んでいた。


 織り機で布を織り、洞人族達が揃えてくれた多種多様な針を使って仕立て……そうやって何着もの産着を作り上げていく。


「産着を作る時というのは、たまらなく心が沸き立つもんだねぇ。

 どんな可愛らしい子達がこれを着てくれるのか……今年の子達も元気に育ってくれると良いねぇ」


 と、器用に針を操っていたマヤがそう声をかけると、周囲の婆さん達がうんうんと頷き……婆さん達の一人、くしゃくしゃ顔で細目のピキア婆さんが声を上げる。


「犬の子達は赤ん坊が産まれると毎日のように見せにきてくれて……あの可愛らしさにどれだけ力をもらえたことか。

 ……子供自慢に見せにくるのか、私達が喜ぶから見せにきてくれるのか……どっちにしてもありがたいねぇ」


 その声を受けて婆さん達がまたもうんうんと頷いていると……織場の出入り口のドアをカリカリと何かがひっかくような音が聞こえる。


 それを受けてドアに一番近い位置で作業をしていたメイヤ婆さんが立ち上がってドアを開けてやると、犬人族の子供達が……去年生まれたばかりの子達がなんとも元気に「わーい!」なんて声を上げながら織場に駆け込んでくる。


 去年生まれたばかりの子供達だったが、成長が早い犬人族だからか既に村中を駆け回って遊んでおり、簡単な言葉も話すことが出来て……人間族で言う所の3歳か4歳か、それ以上といった成長を見せている。

 

 そんな子供達が婆さん達の所に遊びに来るのはいつものことで……婆さん達の膝に顔を置いて作業の様子を見上げたり、隣に座ってじぃっと織り機の動きを見つめたり……婆さん達のためにとアルナーが用意してくれた砂糖パンに熱視線を送ったりとしてくる。


 すると婆さん達の顔が一気にほころんで……作業よりも子供達に意識を向け、撫でてやったり構ったり、砂糖パンをあげたりと、子供達とのひとときを楽しみ始める。


 そうなると当然作業の手が止まるのだが……ここにそれを咎める者はいない。


 自由に、働きたいだけ働いて……たとえ一切働かなくても何かを言われることはない。


 誰あろう領主ディアスがそれを許しているので、いっそ全く働かなくても良かったりもするのだが……子供達を十分に構い、その元気を分けてもらった婆さん達はまた手を動かし始め、仕事を再開させる。


 日に日に住心地が良くなっていくこの村を、自分達も良くしたいと……皆の力になりたいと励み……その動きは全く老いを感じさせない。


 それから歌を歌ったり雑談をしたりとしながら作業をしていると、今度はドアをノックする音が聞こえてきて……メイヤ婆さんがドアを開けると、今度はセナイとアイハンが姿を見せる。


「はい! 今日の薬湯!」

「いれたてだよ!」


 そう声を上げた二人は、それぞれ大きなティーポットを持っていて……婆さん達の側にあるコップに、その中身をゆっくりと注いで回る。


 ほんのりと甘くて美味しいその薬湯を飲むのは、これで何度目か……定期的にセナイ達が淹れてくれるので、婆さん達にとってはすっかりと慣れ親しんだ味となっていた。


 そしてその薬湯を一口飲むと、体の奥底から元気が湧いてきて……作業の手が一段と力強く、早く、丁寧に動き始める。


 そして織場には織り機の音が軽快に響き始め……織場の隅に座ったセナイ達は、犬人族の子供達のことを撫でながら、その音に合わせて体を左右に揺らすのだった。


 

――――鳥小屋で サーヒィ


 

 久しぶりの我が家である鳥小屋の奥の、天井近くにある……鷹人族の大きさのドアのある巣箱の中にサーヒィが入ると……メーア布製の巣で卵を温めているビーアンネの姿が視界に入り込む。


 本来、鷹人族の巣は、そこらで集めた巣材で作るものなのだが……そんな巣で卵を温めるのは大変だろうと、気を利かせたアルナーが作ってくれたのがメーア布の巣だった。


 丸く、巣のような形に編まれたメーア布の中に、太陽の光をたっぷり吸い込んだふわふわのメーア毛が詰めてあり……変に卵が転がらないようにと卵を収めるためのへこみがあり、いざという時のために巣ごと逃げられるようにと、クチバシで咥えやすいよう工夫された取っ手までが用意されている。


 そこに一応伝統だからと木片などの巣材を少しだけ張り付けたものとなっていて……その木片すらもアルナーが、


『変な病気をもらっては困るだろう』


 と、そう言って薬湯で煮込んで病毒除けをしたものとなっていた。


「……ど、どうだ、卵達は、皆元気か?」


 そんな巣を前にしてサーヒィが声をかけると、ビーアンネは嬉しそうにこくりと頷き……すっと立って卵を温める役をサーヒィに譲る。


 するとサーヒィはまず卵をクチバシでそっと転がしてやってから、ゆっくりと腰を下ろして羽を震わせて包みこんで温め……同時に卵から感じる小さな生命の鼓動を存分に堪能する。


 これから産まれる子供達、一体どんな子に育ってくれるのかと胸を高鳴らせながら卵を温めていると……隣に寄り添ったビーアンネがクチバシを開く。


「ところで帝国のニャーヂェン達に手紙を送る任務はどうするつもりなんだ?」


 するとサーヒィはぎょっとしながらクチバシを開いて言葉を返す。


「い、いやいや、勘弁してくれよ、獣人国に行ってきたばっかりじゃねぇか。

 ……それに今回、我が家はずいぶんと稼がせてもらったからな……ここらで皆に譲ってやるのも器量だろ?」


 サーヒィにそう言われてビーアンネは、それもそうだと頷き、サーヒィの言葉を受け入れる。


 獣人国でのあれこれ、それによって得た稼ぎのほとんどは、獣人国に行った者達で山分けとなっている。


 協力してくれたペイジン商会やゴブリン達もその山分けに参加していて……一応税のような形でメーアバダル領に……ディアスにも納めているが、それらはほんの一部であり、かなりの大金が実働部隊の中で山分けされることになった。


 結果サーヒィはかなりの稼ぎを得ることが出来ていて……それで干し肉を買ったなら、サーヒィと妻達と子供達が2・3年は食うに困らない生活が出来てしまうことだろう。


 この上更に稼ぐというのは余計な嫉妬を招きかねないし、何より卵の世話をしたいしで……サーヒィがそう決めたならとビーアンネはそれ以上何も言わずに、ただ静かに寄り添う。


 それを受けてサーヒィはビーアンネの温かさを感じながら、卵からの鼓動も感じ……ついでに振り返って巣の奥に積み上げてある金貨の重みも感じて、これ以上ない幸福感を堪能するのだった。



――――荒野南の大入江で ゴブリン達



 荒野南の大入江……川から流れる真水と海から押し上がってくる海水が混ざるその一帯で、何十人ものゴブリン達は穏やかな時を過ごしていた。


 ゴブリン族の勇者であるイービリス、彼が陸上で暮らす人間族と約定を交えたことで、この一帯の陸地を自由に使って良いということになり……冬の荒れる海に疲れた者達がやってきては入江から陸上に上がり、その体を癒やしていたのだ。


 荒野に吹く風はひどく乾いていて、彼らの潤う肌には厳しいものであったが……定期的に水に入り直すか、人間族が贈ってくれた乾きを抑える塗り薬があればそれも耐えることが出来て……今となってはその風すらも、ゴブリン族にとってはちょっとした刺激……今までにない感覚を味わえる娯楽のようなものとなっていた。


 何しろ陸に上がれば荒波に流されることがない、シャチなどに襲われる心配もない、穏やかに静かに子育てが出来て……肌が少し乾くくらいのことが何だと言うのか。


 陸上で眠れば揺れない眠りという不思議な経験をすることも出来て……この一帯にやってくるゴブリン族の数は日に日に増していた。


 そしてそんなゴブリン族のためにと、川上にある人間族の村からは様々なものが送られてきていて……この日もゴブリン族に宛てた品が、川を流れて大入江へとやってくる。


 まずは布の塊、これはユルトという彼らの家を作るための代物らしい。

 

 その家を作るための木材は何日か前に受け取っていて……陸上で十分に乾燥させてある。


 あとはこの布が乾けば組み立て作業となり……それが終われば、子育てのための家が、陸上での巣が出来上がるという訳だ。


 数日後には人間族の村で組み立て方を習っているゴブリン族の若者が戻ってくるはずで……そうしたら皆で協力しての家造りだ。


 人間族達はこうした布の家だけでなく、もう少し立派な……木造や石造りの家を建ててくれるつもりらしいが、ここまでやってきて作業をして、それから川上に帰るというのは中々の労力であるらしく、もう少し時が経ってから……十分な準備が出来てからの話になるらしい。


 そのくらいの移動であればゴブリン族の力と川があればあっという間だと思うが……建築を得意としている職人が水上や水中をひどく嫌っているとかで、簡単に行く話ではないらしい。


 そういうことであれば仕方ない、自分達だって陸上は苦手なのだから無理を言っても仕方ない。


 そう考えてゴブリン達は、届いた布を木材の近くへと運んでいき……それからまたも流されてきた荷物を受け取るために、川へと駆けていく。


 すると今度はいくつもの樽が流れてきて……それを見てゴブリン達は一気に沸き立つ。


 川上からの樽にはいつも美味しい何かが入っている……陸上にしかない飲み物、陸上にしかない食べ物、それらを組み合わせた料理という名の芸術品。


 海の中では決して作り得ない存在がそこには詰まっていて……大事に大事に、先程流れてきた布の塊よりも丁寧に慎重に樽を引き揚げたゴブリン達は、大歓声を上げながらその蓋を開くべく、その腕を振り上げるのだった。


 

――――雪原で セドリオ


 

 センジー氏族長のセドリオ・バー・センジーは、日課である見回りをするために雪原を駆けていた。


 冬服を着て同族の若者を連れて……寒さを苦手とするセンジー氏族としては真冬の見回りはきつい仕事だったが、それでも嫌な顔一つせず真面目に雪原を見回っていく。


 つい先日、ドラゴンに追いやられる形で狼達がやってきていた……下手をするとその狼達がこの雪原で……自分達の縄張りで狼藉を働くかもしれない。


 仲間のメーアはもちろんのこと、野生のメーアだって襲わせないぞとピンと耳を立て、鼻をすんすんと鳴らしながら駆けて駆けて……それなりの距離を駆けたなら休憩のために腰を下ろし……寒さをしのぐため、仲間と身を寄せ合いながらの休憩を取る。


「……また子供達が産まれる、幸福の中産まれる。

 余る程の食事があって、寒さを凌ぐ服と家があって……何の憂いもなく、子供達を迎えられるのはこれ以上ない幸福だろう」


 と、セドリオが声を上げると……最近学び舎に顔を出すようになったからか妙に賢くなり、硬い言葉遣いをするようになったセドリオの様子に少し困惑しながら仲間が言葉を返す。


「こ、これも全てディアス様のおかげ、ご先祖様のおかげですね。

 正しい人についていけば、正しい未来が開ける……大昔からずっと伝えられていた言葉を信じて正解でした」


「うむ……確かにその通りなのだが……最近思う。

 仮にディアス様が正しい人でなかったとしても、それでもこの幸福があったのではないかと。

 ディアス様がディアス様であるのならば、正しい人かどうかは関係ないのではないかと……」


 セドリオがそう返すと仲間達は、お互いの顔を見合って困惑し……困惑しながらも一人がどうにか言葉を返す。


「そ、それでは言い伝えはこれからどうするんです? 我々の代で止めてしまいますか……?」


「うむ……最近それもありではないかと考えている。 

 時代が変わり、正しい人が減った……もうディアス様とベン様以外に出会えないのかもしれない。

 ならば……新しい時代に合わせた言い伝えがあっても良いのかもしれない。

 幸せはここにある、ここを……メーアバダルを守ることこそが一族の幸せに繋がるのだと」


 その言葉に異を唱える者はいなかった。


 実際ディアスと出会うまで、どんなに求めてもセンジー氏族が正しい人と出会うことは出来なかったのだから。


 次かその次の代でまた、どこにいるかも分からない者を求めて彷徨い、苦しむようなことはあってはならないと誰もが考え……そしてその場にいた全員が静かに頷く。


「うむ……あとで氏族の中で話し合おう。

 その後はシェップとマーフとコルムとも話し合おう……そして結論が出たなら、この地と……ディアス様の氏族を守るために生きていこう。

 ディアス様とアルナー様、セナイ様とアイハン様と……ベン様が守るべき氏族だ。

 今ある幸福のため、未来にある幸福のため、センジー氏族は新しい時代を生きていくぞ」


 そう言ってセドリオが顔を上げて空を眺めると……仲間達もまたそれを真似て空を眺める。


 久々の青空、雲一つ無く、日光があるのに空気が凍てついていて……鼻の先が痛くなるが、それでも気持ちはなんとも晴れやかで……そうしてセンジー氏族達は新たな時代を生きていく覚悟を決めることになるのだった。




――――



お読みいただきありがとうございました。


だんだんキャラが増えてきたので、今回みたいな村の皆の日常回は定期的にやる感じになると思います


続きは……多分ディアス視点に戻ります。

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