第416話 金言


「イービリスさんの許可はいただけましたので、後は鬼人族さんとペイジンさんとの連携ですね。

 鬼人族さんの隠蔽魔法がないとお話になりませんし、ペイジンさんとの緻密な連携なしで外国で活動なんて論外です、どちらかが不可能となった時点で今回のお話は無かったことにするのでそのつもりで。

 それらの連絡に関してはサーヒィさん達にお願いするとして、その間に匂い対策も進めましょう、隠蔽魔法は姿を隠すだけで匂いと音は消せません……音に関しては出来るだけ気をつけるとして、匂いに関してはお香や獣人国でポピュラーな食品、または香辛料を使いたいところですね。

 という訳で、セキさん、サクさん、アオイさん、協力お願いします、少なくてもセキさん達の鼻と耳をごまかせるくらいにはしておきたいですね。

 それとこういった事を始める前に大事なのはどう終わらせるかを決めておくことです……という訳で期間は最長でも二週間、内乱勢力を少しでも弱らせたと確信出来たならその時点で終了、帰還とします。

 最後まで面倒を見てやる必要はないですし、そこまでされなきゃ駄目というのならボク達がどうこうしなくても獣人国はもう駄目です。

 あ、エリーさん、そういう訳ですので二週間分の物資の試算をお願いします」


 会議が終わるなりユルトを跳び出ながらエイマがそんな声を上げる。


 エイマの後に続いたモントとヒューバートとエリーは、その指示に従って行動を開始し始め……その影響を受けてイルク村は騒がしくなっていく。


 その騒がしさがなんだか落ち着かなくて、なんとなしに騒がしさから離れていると……神殿が見えてきて、神殿側に敷かれた絨毯の上で横たわり、伯父さんの話に耳を傾けているメーア達……エゼルバルドとエゼルバルドの妻達が視界に入り込む。


 すっかり大きなお腹となった妻達、彼女らの出産予定はこの冬ということになっていて……フラン達のような元気な子供を産んでくれるに違いない。


「どうした? そんな顔をして?」


 メーア達をじっと見つめていると伯父さんがそう声をかけてきて……そんな顔とはどんな顔だろうかと首を傾げながら私が今しがたあったことを話すと、伯父さんは顎を撫でながら「なるほどな」と、そう言ってから顎を一撫で二撫でとし、それから言葉をかけてくる。


「ディアス、お前はどうやら顔を見知っている誰かを守る戦いでないと気持ちが乗り切らんようだな。

 先の大戦では国を……ゴルディアを始めとした仲間を守るため、ドラゴン退治では村の皆を守るため、隣領の騒動では友人であるマーハティ公を守るためだった。

 今回の騒動もペイジン商会を守るためだ……と、言えなくもないが直接彼らが狙われている訳でも被害にあっている訳でもない。

 隣国の人々を守るため……と、言うのもしっくり来てはいない、それもそのはず内乱というのも隣国の人々が選んだ一つ道であり、それを無関係の余所者が邪魔しようとしているのだからな。

 ペイジンさんやキコさんを助けたいと……隣国に平和であって欲しいという思いがありながらも、そもそもにおいてまだ内乱は起きていないし、未然に防ぐのだとしても、それはあくまで彼ら彼女らが成すべきことだ……と、お前の心はそう思っているのだろう。

 心の奥にそんな燻りがあるのに頭がそれを理解できていない、言語化できていないからなんとも曖昧な態度を取ることになったのだろう。

 お前が隣国に行ったことがあったならまた別の結論となっていたのだろうが……今のお前にとってはそれが結論であり、心の在り方だという訳だ」


「そう……なのだろうか。

 伯父さんにそう説明してもらってもまだ、心がすっきりとしないのだが……」


 私がそう返すと伯父さんは、どういうつもりなのかニヤリとした笑みを浮かべて言葉を続けてくる。


「合理的に考えるのならば……自分達の利益だけを考えるのならなんらかの行動を起こした方が良いが、心はそうは思えない。

 今までの戦いは悩むことなくさっぱりとしたものだったのに、今度はそうではない。

 誰かに黙って……隠れて行動を起こすというのも、燻りの原因の一つなのかもしれんな。

 ……お前が領主でなかったのなら、そんな個人的な……気持ちが乗り切らないという理由で拒否をしたのかもしれないが、今のお前は領主で、皆の意見を尊重しなければならない立場で……その辺りがお前の心を未だ悩ませているのだろう。

 そんなお前に金言を与えてやろう……お前の美点はあれこれ悩まないことだ、気が進まないというのなら、その心に従うが良い。

 それでも納得しきれんと言うのなら……ほれ、このメーア達の腹と目を見ると良い。

 出産の時にはお前に守って欲しいと、側にいて欲しいと、そう言っているぞ? お前が忙しいなら儂が代わりになってやっても良かったんだがな……どうやらお前でないと駄目なようだ。

 だからお前はここに残って、メーア達の世話に専念すると良い、他のことを考える暇もないくらいにあくせく働くと良い……安産絨毯の準備もしておけよ?」


 伯父さんのそんな言葉を受けて私が視線をやると、エゼルバルドの妻達……エゼルティア達がなんともわざとらしい表情を……涙ぐんでいるかのような顔を作り上げ、


「メァ~~」

「メァメァーメァ」

「メ~ア~」

「メァメァ~~メァ」

「メェア~~」


 と、泣き声……のように聞こえなくもない、演技がかった声を上げる。


 すると不思議なことに妙に胸がすっきりとして……同時になんだか笑えてきて、エゼルティア達の下に向かい、一人一人丁寧にその頭を撫で回していく。


「分かった……伯父さんの言う通りにするよ」


 私がそう言うと伯父さんは、満足そうな表情となってうんうんと頷き、


「隣国のことは仲間達に任せておけば良い、お前よりは上手いことやってくれて、良い具合に解決してくれるだろうさ」

 

 と、そんな事を言ってくる。


 それはその通りなのだけど、そう言われてしまうと身も蓋もないなぁ……と、そんなことを考えていると、アルナーがこちらへと駆けてくる。


「ディアス、集会所を出てから少し様子がおかしかったが、大丈夫か?

 何か無理をさせていたならごめん……。

 話し合いの結果が気に入らないのならこれからまた話し合って別の道を考えても……。

 って、妙にすっきりした顔をしているな? 本当にどうした?」


 駆けてくるなりアルナーがそう言ってくれて、どうやら心配をさせてしまったらしいな。


「いや、大丈夫だよ、ありがとうアルナー。

 獣人国のことはエイマ達に任せるとして……私はこっちを頑張ろうと思う、エゼルティア達の出産だ。

 それに犬人族の何人かの出産もあるのだろう? 他にも色々とやることがあるだろうし……そっちの方が私向きのようだ」


 そう言ってアルナーの頭を撫でるとアルナーはきょとんとした顔をしてから、とてもうれしそうに目を細めるのだった。



――――


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