第374話 それぞれの問答
――――ディアスの前に立ちながら 猪人族のグリン
主であるエルダンに盟友と呼ばれ尊敬され、あの獅子人族のスーリオと力比べをし勝利したディアスという人間族。
一体どれほどの人物なのかと前に立ち睨みつけて……そこで初めて猪人族のグリンはディアスとの恐ろしさを知ることになった。
(……なんという威圧感だ、一言二言かましてやろうかと思っていたが全く言葉が出てこんぞ、スーリオはこんなのと正面切ってやり合ったのか……!
あの敗北をなんと情けないのだと笑っていた者もいたが、これは……挑むだけでも相当な胆力が必要になるぞ……)
そんなことを考え……考えながらどうにか口を開こうとするが、どうしても開くことが出来ない。
前に立った瞬間はそこまでの威圧感は無かったのだが、少しだけ驚かしてやろうと睨みを効かせ怒気を放とうとしたその瞬間、ディアスから凄まじい威圧感が放たれ……それを受けたグリンはすっかりと萎縮してしまっていた。
(先程の態度を見るに、そこまで苛烈な人物ではないと思ったのだが……味方には甘いが敵には真逆ということか……?
いきなり敵意を見せたのは間違いだったか……? いやしかし、人間族に舐められる訳には……)
そんなことを考え苦悩し……ここは一旦引いた方が良さそうだと結論を出したグリンは、敵意を抑え笑みを浮かべ、ディアスに向けての挨拶を口にする。
「メ、メーバダル公、お初にお目にかかります。
かの英雄にお会い出来るとは大変光栄で……光栄がゆえに思わず緊張してしまい、無礼な態度を取ってしまいました。
どうかご容赦いただければ幸いです」
グリンがそう挨拶をした途端、ディアスから放たれていた威圧感が弱まり、ディアスの顔に笑みが浮かび……ディアスから返ってくる気さくな挨拶を受けながらグリンは、更に頭を悩ませる。
(この人間族を一体どうしたら
未だ領内には人間族至上主義者が多く、その旗頭になるような存在を許しておく訳にはいかん。
放置したならば最悪……マーハティ領を乗っ取られるなんてことなりかねん。
そんな最悪がありえる中で神々までがこの人間族の前にご降臨なされるなどと……一体神々は何をお考えなのか。
帰還したスーリオ達の口からそのことが語られた時、どれだけの恐怖を覚えたか……またあの頃のような日々が戻るなどあってはならんことだ。
なんとしてでも手を打たねば……なんとしてでも……ディアス当人が駄目だというのなら、周囲から手を回してみるべきか……?)
そんな思考を巡らせながらも口では朗らかな挨拶を返し、ディアスとの交流を続けていったグリンは……周囲を見回し、村のあちこちにいる犬人族に目をつけて、それからまたあれこれと……具体的にどういう手を打っていくべきかと頭を悩ませるのだった。
――――神殿の休憩室で エルダン
イルク村に連れてきた妻達がセナイ達双子と、フェンディアという神官と共に神殿の奥にあるという祈祷室に入っていき……祈祷が終わるまでの間、広く厚く敷かれた絨毯と、大きく開かれたドアとよく風を通す大きな窓がなんとも特徴的な休憩室で待機することになったエルダンは、絨毯の上に胡座をかき、出された茶をゆっくりと飲みながら周囲を見渡す。
そんなエルダンの後ろには護衛ということでついて来た獣人二人と、以前マーハティ領に数日滞在した神官、温和な表情をしたピエールが神殿側の護衛ということで立っていて……更には神殿で下働きをしているらしい犬人族が、忙しそうにそこらを駆け回っている姿もチラホラと見える。
そしてエルダンの前にはディアスの伯父、ベンが座っていて……目を見張る程の洗練された所作でもって、エルダンのことを歓待してくれていた。
その所作の見事さはこの人物がいれば教育係など必要ないのではと思う程だが……神殿の外と言うか、ディアスの前では至って普通の……神官かどうかも分からなくなる程の普通の所作を見せていて、そこに何か思惑でもあるのだろうかとエルダンは一瞬頭を悩ませる。
恐らくベンは今回の来訪の目的を……妻達にサンジーバニーをと求めてやってきたことに気付いているのだろう。
先程の会話でそれを匂わせてきていたし、今の態度からもそんな意図を読み取れる。
かなりの量の贈り物を用意したとはいえ、迂闊に使えば枯れるかもしれない代物を頼ってやってきたということは、エルダンにとって後ろめたいことでもあり……思わず冷や汗をかいてしまう。
だけども妻達のことを思えば……これから生まれてくる子供達のことを思えば申し訳ないと思いながらも、かの薬草に頼りたいというのが本音でもある。
そんな自分達のことをディアス達はどう思っているのか……いや、ディアスはどうやらそのことには気付いていないようだし、気付いていたとしても家族のためという理由なら笑って許してくれるのだろうが……他の人物はどうだろうか? 目の前のベンはどうだろうか?
そんなことを考えに考えてからエルダンは……いくら考えても答えが出ないことだろうと考えるのをやめて、そんなことよりもこの人物と交流を深めるべきだろうと口を開く。
「……ディアス殿の側に貴殿のような人物が居てくれることを、盟友として嬉しく思います。
ディアス殿はとてもとても、心配になる程心優しいお方で……貴方のような方の支えを欠かすことは出来ないでしょう」
外向けの、格式張った口調でエルダンがそう言うとベンは少し驚いたというか、意外そうな顔をしてから言葉を返してくる。
「お褒めいただき光栄ですが……アレはアレで、優しいだけの男ではないですからな、ご心配の必要はありませんとも。
儂もあくまで話を聞いただけではありますが……二十年、過酷な戦場を生き抜いてきたのは伊達ではないのでしょう」
「……そういった話はうちのジュウハからもよく聞きますが……実際ディアス殿と交流を深めていると、ディアス殿がどうこうしたというよりも周囲の人物がよく支えた結果だと思ってしまいますが……」
「ふむ……? まぁ確かに今のディアスはそう見えるのかもしれませんが……ああ、ちょうど良かった。
モント、マーハティ公に戦場のディアスの話をしてやってくれんか」
ベンは開かれたドアの向こうにある廊下の方を見やりながらそう言い……神殿内で何かをしていたらしい義足の男が、少しだけ渋い顔をしながら休憩室に入ってくる。
「セナイ様とアイハン様の手伝いで忙しいんですがねぇ。
……まぁ、ベンディア殿の願いであれば構いませんが……俺なんかに公爵様を楽しませるような上手い話を求められても困りますな」
そう言ってからモントと呼ばれた男は休憩室の隅に腰を下ろし……それからベンといくらかの会話をし、事情を知ると顎を撫で「ふぅむ」と唸る。
それからしばらく考え込んだモントは……エルダンに向かってゆっくりと口を開く。
「マーハティ公、戦争の前半中盤、ディアスをどうにか排除しようって連中は帝国内にかなりの数いました。
が……後半にはいなくなってました、なんでかって言えばディアスに排除されたからです。
ディアスの野郎は正面から向かってくる野郎にはまぁまぁ優しいんですよ、戦争ってもんは何もお互い全てを殺し合う訳じゃぁねぇんです、相手の士気を砕けばそれで終わり……逃げる連中降参してくる連中まで殺すってのは無意味な上に面倒が過ぎますからな。
だから降参してくりゃ許すし、逃げた相手もわざわざ追いかけたりはしない……だけども裏であれこれやってくる連中には苛烈です、そこに優しさは微塵もない、それが戦場のディアスってぇやつです。
以前ここにやってきたとかいう王国王女も見逃されて存命だそうですが、そいつは正面から堂々と挑んだから見逃されたんでしょうな。
運が良いと言うかなんと言うか……下手な工作をやってりゃぁディアスはどこまでも追いかけてトドメを刺していたでしょうからなぁ。
……そうしておかなければ被害が大きくなる、味方が大切な人達が害されるとディアスは……まぁ経験で知ってるんですよ」
そんなモントの言葉を受けてエルダンはいつになく真剣な表情となる。
今までジュウハからも似たような話を聞かされてきた、それを冗談だと思っていた訳ではないが、どうしても自分の目で見たディアスの印象とは噛み合わず、半信半疑担っている部分があった。
だけども……その根底に戦争での犠牲が、被害があったのだとしたら、ディアスであれば……身内に優しいディアスだからこそ、苛烈な手段に打って出ることもあったのかもしれないと、今更ながらの実感を得る。
「まぁ、俺なんかがとやかく言わなくともジュウハから散々聞かされているとは思いますがねぇ……優しいのと甘いってのは違いますからなぁ。
ディアスは味方に優しい……とことん優しい、だからこそ味方を害された時の怒りも大きいんです。
特に女子供や弱いものを狙われた時にはひでぇもんですよ、志願兵の中には敵がそういった手に出た瞬間、その先にある悲劇を察して距離を取っているような連中もいた程で……俺もまぁ、その手合いでしたな。
……元帝国民としちゃぁ見ちゃいられねぇってなもんですよ」
そんなモントの言葉を受けてエルダンは、思わず身を震わせ……それからディアスが敵の少ない、この草原で日々を生きているということは、ディアスにとっても誰にとっても幸せなことなんだと、そんなことを痛切に思うのだった。
―――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、グリンのあれこれです。
応援や☆をいただけると、ベン伯父さんの歯の輝きが増すとの噂です。
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