第367話 金塊を抱えての帰路



 モールは大昔に、何人もの家族を失ったことがあるらしい。


 それはとても悲しく辛い出来事だったが……家族全てを失った訳ではなく、その後に新しい家族が出来たこともあり、それらのことが今までモールを支えてくれていたらしい。


 そして新しい家族が出来たという新たな節目を迎えたモールは、族長を引退しようと考え始めたらしい。


 まだ元気なうちに引退し、新しい族長に鬼人族を任せて……新しい族長が失敗をしたり困ったりした時に助けてやって成長を促す。


 と、そんなことを最後の仕事にしたいそうで……そのためにもやり残した仕事を片付けておきたかったんだそうだ。


 それが私達との関係の整理というか精算というか、とにかくすっきりさせておくことらしく、この金塊を渡すことで完了する……らしい。


 正直私達と鬼人族の関係はそんな一方的なものではないと思うのだが、モールと鬼人族達はそう考えていないようで、今回のことはモールの独断とかではなく鬼人族の総意なんだそうだ。


 だが、そうだとしてもこの金塊はあまりにも大きかった、以前サーシュス公爵から貰った黄金の剣よりも大きく重く……かなりの価値があるに違いない。


 こんなにも多くの金塊をもらう訳にはいかないという私に対しモールは、


『良いじゃないか、これは礼みたいなもんなんだから、素直に受け取るのが筋ってもんだよ。

 それでも受け取りにくいってんなら税金みたいなもんだと思えば良い。

 貴族様ってのは税金を集めるのが仕事なんだろう? これだけ払えば当分は……10年20年は税金を払わなくても良くなりそうだねぇ』


 なんてことを言って『かっかっか』と笑い……それ以上反論は許さないとでも言いたげに片手を上げて、イルク村に帰るように促してきた。


 鬼人族と土地を分けた以上は、鬼人族は領民ではないし、税金を払う必要はないのだが……まぁ、うん、お礼だとも言っていたし、そういうつもりで受け取れば良いのだろうなぁ。


「……しかしこれだけ大きさの金塊だと、売るにしても使うにしても大変そうと言うか……城でも買えてしまいそうな大きさだよなぁ」


 布袋に入った両手で抱える程の金塊を運びながらイルク村に戻る途中、先程あったことを思い出していると、思わずそんな独り言が口から漏れる。


 かなりの価値があることは間違いないのだけど、価値が凄すぎて扱いが困るというかなんというか……なんてことを考えていると、4匹のヤギとその様子を見守るアルナーと犬人族の姿が視界に入る。


 犬人族達はヤギが逃げたりしないようにヤギを囲うように立って見張りをしていて……そしてアルナーは、腕を組んでヤギのことをじぃっと……何か見定めるようにして眺めている。


「今更ヤギが珍しい訳でもないだろうに、どうかしたのか?」


 アルナーにそう声をかけると、アルナーはじぃっとヤギを見つめたまま言葉を返してくる。


「いや……マヤ達からヤギのミルクや肉の料理の美味さを聞いてな、数を増やしても良いものか、ヤギの様子を見て決めようと思ったんだが……」


「うん? 見ていれば増やして良いかどうか、分かるものなのか?」


「ああ……食事量だけはしっかり見ておかないとな。

 ヤギを増やしすぎてメーアや馬が食べる草が足りなくなったでは話にならない。

 特にこれからは冬備えが始まって、冬がやってくる訳だからな……こういった判断は慎重に行いたいんだ」


「なるほどなぁ……それでどうなんだ? ヤギは増やしても良さそうなのか?」


 私がそう問いかけるとアルナーは、首を傾げて……傾げたまま言葉を返してくる。


「ヤギはなんというか……他に比べて図太い性格をしているようだ。

 メーアや馬は生えたての柔らかい草を好むところがあってな……メーアは頼めば渋々ながら固い草を食べてくれるのだが、馬はとにかく嫌がってなぁ、馬のため柔らかい草を探すのに苦労するものなんだが……どうやらヤギは草であればなんでも良いらしい。

 ……白ギーもそういうところはあったが、ヤギはそれ以上で、柔らかかろうが硬かろうが……森の中に生えているゴワゴワの葉でも構わないみたいで……これならメーアや馬と草を取り合うようなことはないだろう。

 ならば数を増やしてもかまわないと思うのだが……冬はどうだろうなぁ、ちゃんと乗り越えてくれるだろうか。

 草のチーズや雪の下の草でも食べてくれて、しっかり乗り越えてくれるなら増やしたいな……今のうちに増やして子供をうんと産んで欲しいな、そうしたら来年はもっと数を増やせるからな」


 そう言うアルナーはどこか楽しげに見えた。


 あれこれ悩んではいるが、それが楽しいというか……贅沢な悩みが出来て嬉しいというか、そんな様子に見える。


 ……そう言えばアルナーは昔、色々と苦労していたんだったか。


 真冬に備えが尽きたこともあったとかで……去年の冬備えの時は、冬越えの食料がぎっしり詰まった倉庫を見てとても嬉しそうにしていたしなぁ。


 アルナーが好きなものと言うと馬なのだろうが……もしかしたら同じくらいに備えとか貯蓄とかが好きなのかもしれない。


 ヤギが増えれば子供を産んで増えてくれるし、ミルクが手に入るようになるし……たくさん増えてくれたら肉も手に入る。


 ヤギそのものが生きた備えとも言えるし……それを増やせるかもしれない、増やしても良いかもしれないと悩めることは、幸せなことなのかもしれないなぁ。


 そういうことなら……、


「これがあればヤギやその餌を買うことも出来るだろうし、増やしても良いのではないか?

 増やせるうちに増やして、何かあったら肉にするなり売るなりしたら良い。

 ……ついでにロバや白ギーも買い足して、来年以降に備えても良いかもしれないな」


 と、私がそう言って布袋の口を開いて中を見せると、金塊のことを知っていたのかアルナーは、小さく驚いてから納得したような顔になり……うんうんと頷き、言葉を返してくる。


「ようやく族長の肩の荷が降りたということか……そういうことならありがたく使わせてもらって、エルダンの家畜市場でヤギを買い付けるとしようか。

 白ギーは……結構な大食いだからな、今回は白ギーはなしにして……ロバはどうにも寂しがり屋のようだから2頭か3頭買い足すとしよう。

 それでヤギは……4頭、いや5頭……んー、やっぱり4頭に……」


「いっそ10頭とか20頭でも良いと思うぞ、イルク村と鬼人族の村に10頭ずつとかでも良いし、この金貨ならそれでも余るくらいだろう。

 それで多すぎたら……肉にするとか、また隣領に売るとか、野生に返すのはまずいだろうからそこら辺かな……まぁ、何にせよ問題はない、アルナーの好きにやると良い。

 ……まぁ、そもそもこの金塊をどう処理するかって問題もあるんだが……これだけ大きいと売るのも大変そうだからなぁ……」


 私がそう返すとアルナーは目を丸くしてキョトンとした表情を浮かべる。


 数秒後、小さく笑ったかと思ったら柔らかな声を上げる。


「ふふっ……そうだな、ディアスはそうだったな。

 男気があるし、いざという時になんとかしてくれるし……私がやりたいようにさせてくれる。

 ……酒以外のことで文句を言われたこともないしな? うん、ディアスがいるなら大丈夫だからヤギとロバを増やすとしよう」


 そんなことを言ってからアルナーは、私の側へとやってきて……そして何故だか犬人族達がヤギを連れてこの場を離れていく。


 そんなアルナーと犬人族へ何と言ったら良いのやら、困ってしまった私はしばらくの間、どうしたら良いのか分からないまま頭を掻き続けるのだった。




 



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回も金塊についてのあれこれの予定です。


応援や☆をいただけると、二人の時間が増えるとの噂です。

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