第319話 確認と邂逅
領内に出来上がった東西を繋ぐ街道を、領外の人達が行き交うようになるかもしれない。
これまではそのことを深く考えてこなかったのだが、領民の皆にとってもこの草原で暮らす鬼人族にとってもそのことは重大なことで……そうなる前にきっちりと確認をしておこうとなった。
ナルバント達が建造……というか改築を進めている西側関所からスタートし、街道を東に向かってまっすぐに進んで、その途中に作られている休憩所で一旦足を止めて……馬達に水を与えて草を食べさせてそれから、ゆっくりと休ませてみて、不便などがないかをしっかりと確認していく。
街道脇の休憩所には石製の椅子やテーブルがあり、それらを覆う大きな屋根があり、側に井戸や厠があり……馬に水を飲ませたり食事をさせたりする場や、馬を繋いでおくための簡素な厩舎や、石組みの竈なんかも用意されている。
椅子やテーブルが何故石製かと言えば盗難を防ぐためだからだそうで……外の人間が来るということはそういうことなのだろうなぁ。
厩舎や井戸や厠も壊されて良いように本当に簡単な作りとなっていて、簡単な作りのおかげで修理や増築は簡単に出来るはずだ。
そんな休憩所を使うのはベイヤースに乗った私と、カーベランに乗ったアルナー、シーヤとグリに乗ったセナイとアイハンで……今回のことは確認ついでの家族でのお出かけでもあったりする。
遠乗りと言うんだったか……たまには家族でこうするのも良いだろうと皆に言われたのもあってのお出かけとなっていて、アルナーもセナイもアイハンも、そして馬達もなんともご機嫌で楽しそうにしている。
「馬の水飲み場は汚れていると馬達が嫌がるから、毎日掃除したほうが良いかもしれないな。
そのために人手を割くのは大変だが、その大変さは通行税という形で取り返せるだろう」
「ゴミ捨てるとこ、欲しい! じゃないと皆そこら辺に捨てそう!」
「きゅうけいじょに、ばんごうをふって、わかりやすくしたほうがいい!」
楽しそうにしながらもそんな意見を、アルナーだけでなくセナイとアイハンまでが出してくれて……色々な仕事を手伝ってくれているからか、エイマの授業を受けているからか、なんとも利口というか鋭い意見になっている。
二人も少しずつ成長しているんだなぁと感慨深い気分になりながら、それらの意見を忘れないように持ってきた紙に書き込んで、それからまた移動を開始し……すると今度は西側迎賓館が見えてくる。
迎賓館のユルトと、先程とは違ったしっかりとした作りの休憩所と、見張りの犬人族達のためのユルトなどがあり……ついでに地下室への階段を覆っている小屋なんかもその一帯に建っている。
地下室……というか地下倉庫にはかなり減ってしまっているが氷や雪が詰め込んであり、食料などが詰め込んであり……今のところはそれらの食料などは犬人族達用となっている。
そんな西側迎賓館へと私達が近付くと、今日の見張り当番のシェップ氏族の若者達がこちらに気付いて尻尾を振ってくれて……そんな若者達の手にはそれぞれの名前が刻み込まれた陶器のコップが握られている。
入れた水を冷やしてくれる不思議な水瓶と一緒に作られたそれは……まぁ、言ってしまうと普通のコップなのだけど、木製のものより中に入れた水の冷たさを維持できるんだそうで、夏場は皆がそのコップを愛用している。
地下倉庫でうんと冷やした水を、そのコップに入れて仕事の合間などに飲んでいて……中にはエリーが隣領でしていた商売の話をどこかで聞きつけたのか、ハチミツや薬草、香辛料や塩などそれぞれ好みのものを入れて、味付き香り付きの冷水を作り、飲んでいる者達もいる。
領内を見回りする者、鍛錬する者、砦関係で力仕事をする者、家事を手伝っている者、その全員がそれぞれの方法で冷水を楽しんでいて……夏の暑さで火照った体が冷やせるだけでなく、結構な滋養があって美味しくて、不思議な水瓶と地下倉庫は思っていた以上の恩恵を与えてくれているなぁ。
「あんまり飲みすぎると腹を壊すそうだから気をつけるんだぞ!」
と、若者達にそんな声をかけたならまた移動をし……イルク村に到着したら一日目は終了となる。
二日目はイルク村からスタートをし、街道を東に進み……迎賓館、休憩所を通ったなら森へと入っていく。
森を貫く街道は木々が少なくなっているからか、爽やかな風が吹いていて……その風からは森の香りというよりは、薬草のものに近い爽やかな香りを感じることが出来る。
「街道の側にね、ばーっとたくさん良い香りのする薬草植えた!」
「むしよけにもなるんだよ!」
その香りに鼻を鳴らしていると馬上のセナイとアイハンがそう言ってきて……私はそんな手があったとはと驚きながら二人に言葉を返す。
「森の中の虫は鬱陶しいからなぁ……それが寄ってこないとなったら旅人も商人も、馬車の馬達も喜ぶに違いない。
二人共、とっても良いアイデアだと思うぞ、ありがとう」
するとセナイとアイハンは満面の笑みで喜んでくれて……それから二人でもっと良いアイデアはないかと、こんな手はどうだろうかと話し合い始める。
そんな二人の様子を私とアルナーは微笑ましげに眺め……爽やかな風が吹き、良い香りがし、その上虫が寄ってこないという快適な道中を堪能する。
そうやって街道を進むと森の中にも休憩所があって……それを通り過ぎると改築が進んでいる東側関所が見えてくる。
東側関所の手前にはそこから木材を調達したのか木々のない開けた一帯があり、その奥にはイルク村で見たセナイ達の畑によく似た場所があり、そちらへと視線を向けているとセナイ達がそこについての説明をしてくれる。
「木を伐ったらその分だけ植えるんだよ! 植えるまではあそこの畑で育てる!」
「おいしいきのみがとれたり、いいもくざいになったりする、きをうえる!」
「そうしたら食料もたくさん手に入るし、売れるようになるかも!」
「じかんがたくさんかかるから、いまからやっておかないと!」
なるほどなぁと感心しながらその畑を通り過ぎると実際に植えているのだろう、小さな木々が等間隔に並んでいる一帯が見えてきて……そこを通り過ぎると作業員のためのユルトと作業場と、改築が進んでいる関所が見えてきて……木杭の壁をより大きくして見張り台を増やし、少しずつ石を積み上げての石壁作りも進んでいて……旅人用のユルトなのか、刺繍した布や木の門というか柱というか、イルク村では見ない品々で飾り立てられたユルトも何軒か建てられている。
「……なんか騒がしいな?」
そんな関所へと近付くと何人かの犬人族達が尻尾を振りながら歓迎してくれて、作業員達も興味深そうにこちらに視線を送ってきていて……だがクラウス達の姿がなく、関所の向こう、門の向こうから何人かの話し声が聞こえてくる。
すると長い耳をピクリと反応させたセナイとアイハンが、
「女の人……かな? 丁寧に挨拶してる?」
「たぶんおきゃくさま、くらうすはそっちにいるとおもう」
と、そんなことを言ってくる。
……女性と言うとヒューバートやベン伯父さんが呼んだという人達だろうか? 確かにそろそろ到着してもおかしくはないが……。
セナイ達の言葉を受けて私がそんなことを考えていると、関所勤めのマスティ氏族の一人がこちらに駆けてきて、
「なんか凄い感じの客様です!」
そんな報告をしてくれる。
凄い感じとは一体? と、首を傾げながらも、ここであれこれ聞くよりも、そのお客様と直接話した方が良さそうだとベイヤースから降りて、犬人族に手綱を預けてから、関所の門の方へと足を進めるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はついにあのキャラ達との邂逅です。
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