第308話 荒野の使い



――――南の荒野で セナイとアイハン



 セナイはシーヤに乗り、アイハンはグリに乗り、エイマはアイーシアに乗り、そして3人のシェップ氏族達が護衛ということでそれぞれの馬に相乗りし……そんな組み合わせの一団が、荒野の岩塩鉱床から少し離れた一帯を進んでいく。


 朝早く食事を済ませて荒野に向かい、少しの調査をしたらイルク村へと帰って。

 どこかで泊まることが出来ればもう少し長く調査が出来るのだけども、まだまだ幼いセナイ達にそれは難しく、しょうがないからと毎日毎日少しずつ……一歩一歩着実に調査を進めていく。


 そんなセナイ達が進めている調査の目的は、川を流すのに適した土地を見つけることだ。


 洞人族のサナトがなんとなしに始めた小川の整備、それが偶然に近い形でなんとか進められないものかと考えていた荒野の開拓に繋がって……だが小川の水量は決して多いとは言えず、洞人族達が整備をしたとしても限界がある。


 限界があるのであれば出来るだけ効果的な場所に川を流すべきだという話が出てきて……セナイ達ならば、植物と大地の力に詳しい二人ならばそこを見極められるだろうとなって……二人にとっても森や自然が増えることは嬉しいことであり、満面の笑みで調査することを了承した二人は、その時のものに負けないなんとも楽しげな笑みを浮かべながら荒野の中を進んでいく。


 大地を見て土を見て、風の吹き方を見て、魔力の流れを見て……。


 時折足を止めて馬達を休憩させ、シェップ氏族達が鞍に吊るしておいた革袋の中身……馬用の水や、枯れ草と野菜を混ぜたものや、岩塩や砂糖を与えている中、乾燥に強い種を蒔き少しの水をかけて発芽するようにと祈りを捧げて……。


 そしてまた荒野を進み、周囲を見回し……と、調査を進めていると、これまでの調査の間、ずっと難しい顔をしていたエイマが声を上げる。


「……この荒野、なんで生き物が一匹もいないんでしょうねぇ……?

植物もですけど、これくらいの大地であれば、それなりの生態が出来上がるはずなのに……?」


 そんなエイマの言葉にセナイが「地面がカラカラだからじゃないの?」と返すと、エイマは首を左右に振ってから更に言葉を続ける。


「ボクの生まれ故郷はここよりももっともっと熱くて渇いていて、地面がサラサラの砂になってしまうような場所なんですけど、それでも小さな虫とかトカゲとかは夜露で乾きを癒やしながら暮らしていて……ボク達はそれらを捕まえて日々の糧としていたんですよ。

そんな故郷から少し離れた場所にはここみたいな荒野もあったんですけど、小さくて数も少ないですけど木とか草とかちゃんと生えていて、そこに集まる動物もいて、鳥なんかもいて、虫だって当然いましたし、それがここには全く居なくて何がどうなっているのやら……。

 詳しく調査をする前は岩塩鉱床の影響かなと思っていたんですけど、ここは鉱床から結構な距離がありますし……ここまで気配が無いと、そういう土地だからとかそういう感じじゃなくて、何か他の力を感じると言いますか……草原のように何かが邪魔しているって可能性もあるのかなって、思っちゃうんですよね」


 そんなエイマの言葉をシェップ氏族達が首を傾げる中、セナイとアイハンは真剣に受け止めて……どんな可能性があるのだろうかと、二人なりの考えで模索し始める。


 セナイとアイハンは森人だ、森を作り出す植物のことに詳しくそのための魔法を習得していて、森を守り育てるための知識を両親から今も受け取り続けている。


 そこに砂漠という異邦生まれのエイマからの教えが加わって、歳の数だけ知恵を蓄えたベンやマヤからの教えと、ヒューバートが王都で学んだという最先端の学問までが加わって……それらを持って生まれた利発さでもって素直に学んだセナイ達は、かなりの知恵を獲得しつつある。


 経験など幼いがゆえに足りない部分はあれど、その知恵は油断ならないものとなっていて、エイマは自らも思考を巡らせながら二人の様子を静かに見守り……そしてセナイとアイハンは二人なりの答えを導き出そうと、その考えを言葉にする。


「うーん、多分草原ほどの邪魔はしてない、そんな感じの気配しないし」

「けど、すこしだけ、ほんのすこしだけなにかしてるのかも、ここはもともとかわいてるから、ほんのすこしでじゅうぶんなのかも」


「このくらいなら私達でもできちゃうかも、そんなことやろうとは思わないけど」

「ならもりびとが、なにがしたのかも、わたしたちいがいの」


「もちろん、草原と同じ何かがしてるのかもしれない」

「おなじかもだけど、もくてきはたぶんちがう……もしかしたらここをまもろうとしてるのかも、くさもきもぜんぶなくして、そこまでしてだれにもきてほしくないのかも」


「岩塩鉱床に埋まってたナイフも、きっと同じ理由」

「……きじんぞくだけはここにきてよかった? なんでだろ?」


 と、そんな会話を馬上で行い、思考が行き詰まったのかシェップ氏族達のように首を傾げ……そんな二人を見てエイマが声をかけようとした瞬間、馬達の足が同時にピタリと止まり、目の前にあった小さな岩の陰からのそりと大きなトカゲが姿を見せる。


 全身を覆う鱗は分厚く、鋭く力強い棘が生えていて、色は茶色く荒野の光景によく馴染むもので……瘴気をまとっていないことからモンスターではないようで。


 そんなトカゲの姿を見てエイマが、この荒野にも動物がいたのかと小さく驚いていると、そのトカゲがゆっくりと口を開き……太く響く声で、まさかの言葉を発してくる。


「概ね、その通りだ森の娘達よ。

 ……そして尋ねるが、お前達は只人の使いか?」


 概ねその通り。

そんな言葉を受けてセナイ達は、目の前のトカゲがメーアモドキの類であるのだろうと察する。


自分達が先程発した言葉の大体は間違っていなかったらしい、草原と同じで何かが荒野のこの状況を作り出していたらしい。


草原で力を吸っている何かと似た存在がこの地にいて、その使いをメーアモドキがしていたように恐らくはこのトカゲがその存在の使いで……


目の前のトカゲはどう見ても森人に関わるものではないし、獣人の一種という訳でもないだろうし……先程の会話を聞いた上で「概ねその通りだ」との言葉を発するのであれば、恐らくはそういうことなのだろう。


 そんなトカゲが尋ねてきたは只人の使いか? ということで……セナイ達は只人と言う言葉を以前ナルバントと出会った時に聞いていた、只人という言葉は魔力を持たない人間、ディアスのことだとセナイ達は知っていた。


 セナイ達が只人ディアスの使いかと言われると、ディアスやイルク村の皆のためにと調査に来ているセナイ達にとってはその通りで……二人は緊張した面持ちでトカゲに向かってこくりと頷く。


「そうか……やはりそうか、ようやく戻ってきたのか。

 であれば我らの余計なお世話もここまでなのだろう……我らは草原のアレ程優しくはないのでな、愛し子を抱えることはせなんだが……そのおかげでこの土地を問題なく守れた、只人に返せる。

であれば無駄ではなかったのだろうなぁ……。

 幼い使い達よ、川を引くのであればここにするが良い、この先であればそのうち地下水も湧いて出てくるかもしれん。

 ……古の約定通り、その水で森を造り只人を守ってくれよ……」


 するとトカゲはそう返してきて……セナイもアイハンもエイマも、シェップ氏族も馬達までもが首を傾げる中、目を伏せて何かに満足しているような、そんな表情を浮かべる。


 直後風が吹いて砂埃が巻き起こり、セナイ達が思わず目を閉じているとその一瞬でトカゲが姿を消してしまい……残されたセナイ達はぽかんとした表情を浮かべる。


 そうしてしばらくの間、呆然とするセナイ達だったが、ああいった存在に出会うのはこれで二度目で、その力の凄まじさを知っているだけに疑うことは一切なく、ただただ確信を得る。


 ここならば川を引いても大丈夫そうだ、トカゲの言葉を信じて井戸を掘ってみるのも良いかもしれない。


 そうしてセナイ達はいつもよりも早く調査を切り上げて、いつも以上の速さで馬達を駆けさせて……得た情報と確信を伝えるためにイルク村へと帰還するのだった。




――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


ちなみにですが過去の遭遇歴を記載しておきます。


1回目、ディアス メーアモドキと出会いサンジ―バニーを得る

2回目、セナイとアイハン メーアモドキと出会いオリハルコンを得る。

3回目、ヒューバート メーアモドキと出会い白い草の情報を得る。


そして今回……という感じです。


次回は今回やれなかった、ディアスのあれこれとなる予定です。



そしてお知らせです。

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クラウス大活躍な一話となっていますので、ぜひぜひチェックしてみてください!!

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