第299話 酒場
モールのユルトを出ると、入る時にも見た鬼人族の村の光景が視界に入り込んでくる。
去年初めて目にした時よりも活気に満ちて、生まれたばかりといった様子のメーアの子供達も多く、あちこちを駆け回っていたり遊んでいたりして……鬼人族の子供も何人か生まれたのだろう、そこら中から子供の元気な笑い声や泣き声が聞こえてくる。
定期的に村を移動させている関係で、すぐには分かりにくいが明らかに村の規模も大きくなっていて……視界に入り込む人々の表情には余裕の色が見て取れる。
土地を分けたことでこの余裕が生まれたというのなら、ただの思いつきではあったけども、意味があったんだなと思うことが出来て……少しだけ誇らしい気分になりながらイルク村の方へと歩いていく。
それなりの距離を歩いて、遠くに見えてきたイルク村もまた大きく広くなっていて……たったの一年で色々な施設が出来たものだなぁと改めて思いながら足を進めていって、イルク村に入ったなら近くの犬人族に声をかけ、ゴルディアがどこにいるかを尋ねる。
するとイルク村の西側……それなりに歩いた辺りに行っているらしいとの答えが返ってきて、そんな場所で一体何をしているやらと首を傾げた私は、犬人族に礼を言ってからそちらへと足を進めると……イルク村を出て少し進んだ街道の脇に立つゴルディアの姿が視界に入り込む。
紙とペンを手に何かを書いていて、恐らくは土地の測量とそこに建てるつもりの建物のための縄張りをしていて……その様子から何をするつもりなのか大体察した私は、そちらの話を置いておいて、まずは山羊の話だとゴルディアに声をかける。
「ゴルディア、鬼人族の村の方で山羊なんかを必要としているんだが、仕入れられるか?
例の草のおかげで余裕が生まれるだろうから、牧畜の手を広げたいようだ」
するとゴルディアはペンを走らせたまま、そちらに視線を落としたまま声を返してくる。
「山羊くらいならなんとでもなるだろうさ、代金さえ支払ってくれるなら何十匹だろうと何百匹だろうと揃えてみせらぁ。
具体的な話は俺が直接行って聞いた方が良いだろうから……後で時間を作って行っておくよ。
……で、ディアス、俺がここで何をしようとしているか、お前に分かるか?」
「……以前にも口にしていたが、酒場を作りたいんだろう? 夜に騒がしくなるから村の外れ……というか外に建てて、迎賓館に来る客も狙いたいって所か?
街道沿いだから宿屋も兼ねるとか言い出しそうだな」
「……おお、宿屋まで見抜くとはなぁ……驚いた。
いや、まさかそんなにすんなり答えが出てくるたぁなぁ……お前もここで変わったっていうか、成長したってことなのかねぇ。
……まぁ、そういう訳でここに酒場を作らせてもらうぞ、なぁに……酒場があれば、これからのお前の仕事だって、うんと楽になるはずさ」
「酒場があることで私の仕事が、か? 領主の仕事と酒場に関係なんか無いだろう?
むしろ酒に酔って暴れる者が増えて……忙しくなりそうなものだが」
半目になりながら私がそう返すと、駄目だとは言わないんだなと、そんな笑みを浮かべたゴルディアが酒場についてを語り始める。
曰く酒場はただ酒を飲むだけの場所ではない。
酒を求めて集まった人々が、酒で寛ぎ会話を交わし、友好を深める交流の場でもあり……酔っ払って暴れる者がいたなら上手く落ち着かせ、時には取り押さえ、病人には飲ませすぎないなど、酒好きや酔っぱらいを管理する場でもある。
そういった場であるからたとえば仕事の仲介、喧嘩の仲裁、離婚など家庭内の問題解決などが行われることもあるんだそうで……
「……仕事の仲介はまだしも、喧嘩の仲裁なんかは役所とか、領主の仕事になるのではないか?」
そんな説明を受けて私がそう疑問の声を上げると、ゴルディアは首を左右に振ってから言葉を返してくる。
「イルク村くらいの規模ならまだしも、もっと大きな……数百人の村、数千人以上の町とかで、そんな細かい話まで領主が裁いていたら本来の仕事が出来なくなっちまうだろう?
だからそういった細かい話は酒場で、当人達と家族、村長やら町長、地主なんかを集めて話し合って領主に上げずに解決しちまうんだよ。
そんな訳で酒場は領主の身内、あるいは手の者……長年よく仕えた執事やその家族なんかが経営することが多いんだ。
他にも酒場の経営を許可制にして領主の管理下においたりな……質の悪い密造酒なんかを売られたりした日には領民が病気になっちまうからな、そこら辺の事情もあって、大体の領じゃぁそうしてるよ」
もちろん例外もあるし、有名無実化している所もあるし、全てがそうではないが……少なくとも王国内の7・8割の酒場はそういう仕組となっているらしい。
そんなことを説明してなんとも良い笑顔に……そんな酒場を経営していた俺は凄いんだぞと言わんばかりの表情となったゴルディアは、更に言葉を続けてくる。
「入り口近くの壁なんかにポールが立てかけられた酒場を見たことはねぇか? あれが領主公認の酒場って印で……しっかり『酒場の仕事』をやっていなかったり、質の悪い酒を出したりしたらポールが外されて……ポールが無い状態で開店したなら領主に逆らったってことになってお縄になるって仕組みなんだよ。
だからまぁ、お前の身内であるこの俺がメーアバダル領の酒場を取り仕切ってやろうって訳だよ、酒場運営の経験もあって領主の義兄弟となりゃぁ、これ以上の適任はいねぇだろ?」
そう言ってゴルディアは私の返事を待つことなく……待たずとも答えは分かっているという態度で説明を続けてくる。
酒場は酒を飲む場所なのだから当然のように多種多様な酒が置かれる。
中には酒精の強い……怪我の悪化を抑止し、病を払うとされている酒なんかもあるそうで……そこら辺の扱いに詳しい店員を雇って治療院のようなことをすることもあるらしい。
仕事の斡旋所で裁判所で治療院で、交流の場で。
ついでに宿屋で、酒を飲めて食事を食べられて……時には商売の交渉や契約の締結なんかを、酒場に来ている客……その村や町の有力者に見守られながらすることもある。
役所そのものというか、役所の出張所というか……地方によっては役所の無い村だってあるし、領主の住まう館まで数十日、数ヶ月かかるような距離の村だって存在している訳で、領主や役所だけでは管理しきれない部分を管理してくれるのが酒場……なんだそうだ。
「酒場にはガラの悪い連中や余所者が集まるからな、そういった連中の情報を集めたり……表向き普通に暮らしてる村人の口を酒の力で滑らせてみたり。
そうすることで犯罪を未然に防ぐことも出来る訳で……なぁに、俺に任せておけば万事上手くいくだろうさ。
今はそんなトラブルも起きてねぇようだが……お前の戦友達だっていつかは結婚するんだろ? そうしたら当然トラブルは起きるからなぁ……今のうちから準備はしておくべきだろうよ。
家庭内の問題ってのは、そいつがいくら良い奴でも、まともな奴でも起きるもんだからな……誰もがお前とアルナーさんみたいにはいかねぇってことだな。
ああ、ギルドとしての……商人としての仕事もしっかりやっとくから安心しろ、山羊の入手もすぐに取り掛かって、良いのを手に入れてやるさ」
そう言ってゴルディアはどんな酒場を建てるのか、酒場にどんな施設を作るのかという縄張りと計画書作りを再開し始める。
今はメーアバダル領の職人である洞人族達のほとんどが関所作りと鉱山開発に動いている。
空いている人手はなく、余裕もなく、いくら縄張りをしても計画書を作ったとしても、すぐに酒場を作ることは出来ないのだが……それでもゴルディアは、関所作りや鉱山開発が落ち着き次第に酒場を建てられるよう、準備をしておきたいんだそうだ。
縄張りや計画書作りが終わったなら建材を仕入れ、道具を仕入れ、酒を仕入れて……まぁ、うん、酒があれば洞人族はいくらでも働いてくれそうではあるなぁ……。
「……ゴルディア、酒場を作ったら当然のように洞人族達が殺到するはずだから、洞人族の体に合わせたテーブルや椅子を用意しておいた方が良いぞ」
そんな事を考えて私がそう言うと……ゴルディアはその言葉を領主からの正式な許可と受け取ったようで、子供の頃にも見たことのないにんまりとした笑みを浮かべる。
そうしてゴルディアは今まで以上にやる気を出して作業を再開し始め……それを見た私は、酒場を作るならアレも必要かなと踵を返して、ベン伯父さんの下へと足を向けるのだった。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました。
次回は……大体の人が気付いていそうな、ベン伯父さんと言えばなアレについてとなります。
そしてお知らせです。
コミカライズ最新7巻の発売まで後3日となりました!!
7巻はウィンドドラゴンの毒に倒れたディアスのその後や、公爵のあれこれ、森のあれこれとなり……ユンボさんが考えたオリジナルモンスターも登場します!
今回もオマケいっぱいの楽しい一冊となっていますので、ぜひぜひ書店などでチェックしていただければ幸いです!!
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