第298話 白い草などについての話
またも現れたメーアモドキがヒューバートに褒美だと伝えた白い花のような草。
サンジーバニーやオリハルコンのように不思議な力を持っているのかいないのか……。
今回はこれといった説明もなく、全くの謎だった訳だが……ヒューバートから話を聞き、イルク村の側にも生えたというそれを直接見に行った結果、セナイとアイハンが……というか、セナイとアイハンの両親がその草のことを知っていた。
曰く腹痛草、または肺咳草……それか赤痢草。
聞くに堪えない名前というか、とんでもない名前というか、なんかもういかにも毒草といった様子の名前なのだが……実際のところは全くの逆で腹痛や肺から来る咳や赤痢などによく効く薬草なんだそうで、あまりにも効くものだからこの病気になったらこれを飲んでおけ、という意味でそんな名前で呼ばれるようになったらしい。
他にも香りが良いからと燻製に使われたり、家畜小屋なんかでいぶすことで、虫除けになりカビ除けになったりするとかで……その場合の薬効も凄まじく、家畜の健康を守ることが出来るんだそうだ。
肌に塗ってもよく、食品や食器を洗う時にこれを混ぜた石鹸を使うと病除けにもなり……そして何よりもこれを食べたメーアや家畜達はとても元気になるんだそうで、健康で大きく育ち、ミルクや肉の味も驚く程に良くなり、普通なら臭くて食べられないような動物も、これさえ食べさせておけば臭みの抜けた美味しい肉になるんだそうだ。
そんな話をセナイ達から聞いて、こりゃぁ凄いぞとなり、これが草原のあちらこちらに生えているならと、鬼人族の村に向かいモールにも報せてやると……深い笑みを浮かべたモールの口から、予想もしていなかった言葉が出てくることになる。
「ああ、ああ、あの草のことならよーく知っているとも。
古い言葉でリンツガートル……他にも朧雪草なんて呼ばれるあれは、大体はアンタの言う通りの草で、メーアや馬なんかの大好物なんだよ。
まぁ、これだけ食っていれば良いって訳でも無いんだけどねぇ……これがあれば今まで以上に元気になってくれることに違いはないさ。
大昔……私がまだ子供の頃に見かけた草でねぇ、それがどうしてだかどんどんと減っていって、全く見なくなって……とうに滅んだと思っていたんだけど、それがまさかこんな形で蘇るとはねぇ。
朝起きて報告を受けて、見に行った時にはもう驚きすぎて腰を抜かしちまったよ。
他の老いぼれ共なんかは涙まで流しちまって……昔の草原が戻ってきたと大騒ぎさ」
モールのユルトでいつものように向かい合う私にそう言ってきて……私はなるほどと頷いてから言葉を返す。
「そうなると今回の褒美は、滅んでしまったメーア達にとってとても大事な草を蘇らせてくれたこと、そのもの……ということになるのだろうな。
草そのものが特別なのではなくて、蘇らせたことそれ自体が特別……というか奇跡というか。
……まぁ、元々この草原にあったものなら、変な問題も起きないんだろうし、良いことなんだろうなぁ」
花のように綺麗で、メーアも喜んでくれて……そんな懐かしい草原の景色が戻ってきたとなれば、涙を流してしまうのも分かる気がするなぁ。
なんてことを考えながらの私の言葉にモールは、目を鋭くさせながら言葉を返してくる。
「今回のことはただ懐かしさだけの話じゃぁないのさ。
あの草は他の草より滋養があって、すぐに生え揃う……つまりあの草があればより多くの家畜を持てる訳でねぇ……。
あの草があった頃に飼っていたヤギやらのメーア以外の家畜……あの草が滅んで飼うことを諦めた家畜、そいつらをまた飼えるとなって皆喜んでいるって訳さ。
あの草が滅んだのをきっかけに数を減らして……王国とのいざこざで完全に失った家畜達、それが戻れば食卓もそれはもう賑やかになって、子は強く育ち、大人は長生き出来るだろうからねぇ……私達にとってあの草の復活は、悲願というか宿願というか……まず叶うはずがないと諦めていたことで……その想いを表す言葉なんてこの世に存在しないんじゃないかと思う程さ」
「……そうなのか……なるほど。
ヤギ……ヤギか、ヤギは山とかにいるんだったか? 隣領の家畜市場では見かけなかったような気がするが……王国の東の方では普通に見かけたし、ゴルディア達に頼めば手に入るかもしれないな。
他にも白ギーやガチョウなんかも手に入るだろうから……こちらで何頭か用意しようか?」
力がこもった様子というか、真剣な様子というか……いつになく迫力のある表情をしたモールに私がそう言うと……モールはこれまたいつになく、怖い笑顔を作り出し、笑いを含んだ声を上げる。
「へぇ、用意してくれるのかい? それはタダでかい?」
「タダはいくらなんでも無理だ、家畜は高いものだからな。
メーア布とかの現物払いならなんとかなるはずさ」
少しでも同情するとすぐこれだ。
無理なことだと分かっていながら茶化すように、甘えているかのようにそんなことを言ってきて……間を開けることなく、きっぱりとした言葉を私が返すとモールは、やれやれと首を左右に振ってから、横脇に置いていた杖を手に取り、それでもって奥の方に置いてあった箱を引き寄せ……その中から何個かの革袋を取り出し、その中に入っている金貨をこちらに見せつけてくる。
「現物払いなんてことしなくても、金ならほれ……少し前にゾルグが稼いだからね、ちゃんとあるさ。
これだけあればそれなりの数、家畜が買えるだろうから……そのゴルディアとかいう、商人かい? 商人をここに連れてきておくれ。
連れてきてくれさえすればあとはこっちで交渉をして……家畜を手に入れるとするさ。
ヤギに白ギー、それと以前あの双子達にもらった卵が美味しかったからガチョウもかねぇ……」
見せつけながらそう言ってきて……そんなモールに対して私は、以前から気になっていたあることを思い出し、それについてを問いかける。
「そう言えば……メーアは羊によく似ているが、羊は飼わないのか? 世話とか毛の扱いだとか、大体似たようなものだと思うんだが……」
「ああ、羊は駄目だよ、メーアが嫉妬するからね。
自分達がいるのに、自分達の上等な毛があるのになんでこんなやつらに大事な食事、草をやるんだって感じでね。
ヤギも似たようなものに思えるんだけどねぇ……ヤギはギーは許せるけど、羊は駄目らしいねぇ」
「そ、そうなのか……嫉妬か。
……それともう一つ、その、聞きにくいことではあるんだが、鬼人族はその、メーアの肉を食べたりとかは、するのか?
アルナーからそういった話を聞いたことがなくて気になっていたんだが……中々聞き辛くてなぁ」
「……まぁ、気になるのは当然だね。
そしてその問いの答えは……場合による、ってところかねぇ。
基本的にメーアの肉を食べようなんてのはいないし、食べるために殺すなんてことはあり得ない。
毛をとって売ればそれ以上の食料や肉が手に入るんだから、当たり前の話で……そんなことをしようもんなら私はそいつを村から追放するだろうねぇ。
鬼人族の誰かに『メーア食い』なんて言葉を投げかけたなら、それは最大最悪の侮辱……自分の手足を食うような大馬鹿者という意味になる。
……が、絶対にあり得ないという訳じゃぁなくてね、メーアがそれを望み、飼い主がそれを受け入れたなら……メーアが寿命や病、怪我なんかで死んだ後に、食べることがあるねぇ」
と、そう言ってモールはメーアの葬り方についてを教えてくれる。
メーアは賢い、賢いからこそ死がどんなことであるかをよく理解している。
死を理解していれば当然のように死後のことを考える訳で……考えた結果遺言を残すことがある。
死後、自分の体は土に埋めて欲しい、焼いて空の向こうに飛ばして欲しい、獣や鳥に食べさせて自然の中に戻して欲しい、などなど……どう葬って欲しいのかの希望を言い残すんだそうで……その中には、飼い主、メーアにとっての家族に食べて欲しいというものもあるんだそうだ。
食べて血肉となり、家族を生かしたい、あるいは家族と一緒になって家族と共に生きていきたいと考えてのことで……それを家族が受け入れたなら、メーアを食べることもあるんだそうだ。
そうなるとそれは『メーア食い』とは全く別の、尊く誇らしい立派なことなんだそうで……そういった遺言を残してもらえる程にメーアを愛し愛され、メーアと一緒になった者は一目置かれる存在となり……鬼人族にとっての神官のような存在や、族長などに選ばれることになるらしい。
「なるほどなぁ……。
フランシス達が死んだら、なんてことは考えたくないが……その時は本人達の希望通りにしてやりたいもんだな」
説明を聞き終わった私がそう言うとモールは目を細めて……そうしてから金貨入りの革袋をつまみ上げて軽く振ってみせて……早く商人を連れてきてくれと言外に要求してくる。
それを受けて私は、
「分かったよ、今から呼んでくるさ」
と、返してから立ち上がり……モールのユルトを後にするのだった。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました。
ちなみにですが、作中でメーアが死ぬことはありません、あくまで鬼人族文化の紹介ですのでご理解ください。
そして次回はこの続き……ゴルディアやら何やらとなります。
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