第294話 モント流の討伐法



――――王国北部のとある峡谷で エーリング・シグルザルソン



「到来時期を教えてもらい、瘴気魔法への対策まで用意してもらい……それで負けたとあっては恥である!

 貴族として、民を守り導く者として、この一戦絶対に負けられん!

 我らは平和を至上とし戦争を否定してきたが、相手がモンスターとなれば話は別! 生あるもの全てを憎む邪悪を、なんとしてでも打倒してくれようぞ!!」


 深く鋭く、北から南へと長く続く峡谷を、崖の上から見下す重鎧姿のエーリングがそう声を上げると、同じく鎧姿の者達が声を張り上げそれに応じる。


 人数は数百を超え、様々な武器を手にし……普段は貴族として騎士として、特権を享受している者達が己を奮い立たせるために声だけでなく、両腕を振り上げ始める。


 そんな一同を見やり満足げに頷き、腰に下げてある鞘から先祖代々伝わる宝剣を引き抜いたエーリングは、その実用的ではないが美しい剣を振り上げ、その輝きと洗練された仕草でもって更に更に味方を鼓舞していく。


 エーリング達がそうしていると、後方に控えていたローブ姿の魔法使いの一団が何かに気付き呪文を唱え始め……それを受けてエーリング達はついにアースドラゴンがやってきたのだと気付き……声を上げるのを、腕を振り上げるのを止めて覚悟を決めた表情をする。


 エーリング達がそうしていると深い谷底を進む巨体が地響きと共に現れて……そうしてエーリング達は一世一代の戦いに身を投じるのだった。



――――王国東部のとある平原で フレデリック・サーシュス



「帝国の攻城兵器も中々どうして悪くないな」


 平原に整然と並ぶ攻城兵器をさっと見やって、戦時用ではなく外出用のマントをはためかせたサーシュスがそう声を上げる。


 投石機にバリスタ、大きな盾を貼り付けた荷車といった形をした塞門車など、数え切れない程の数が揃えられた攻城兵器の中には、帝国から鹵獲したものもかなりの数があり……まるで盾兵、槍兵、弓兵による横陣のように配置されたそれらは、全てが北へと向けられている。


「瘴気魔法を防ぐのも良いが、そこまで近付かれる前に遠距離から倒してしまうのが王道……念のため魔法使い達を集めはしたが、連中に頼るようではお前達の評価を下げざるを得ない。

 最前線地の騎士として……あの戦争を生き抜いた者として、国を守る英雄は彼だけではないということを示してもらおうか」


 更にそうサーシュスが声を上げると、側に控えていた騎士達がまず声を上げ、次に攻城兵器の手入れをしていた兵士達が声を上げ……この戦場に集まった数千の兵士達が一斉に声を上げ……そしてそれに応えるように北から黒い影がやってきて……それを目にするなり騎士達は一斉に駆け出し始め……そしてサーシュスは戦いの行く末を見守るため、本陣へと向かい、そこに用意された戦場に似つかわしくない、豪華な造りの椅子へと恭しい態度で腰を下ろすのだった。



――――ゆっくりとだが確実に迫り来るアースドラゴンを見やりながら リオードとクレヴェ



 何本もの針山のようになっている槍を背負いながら鈍い足取りでアースドラゴンが迫ってくる。


 それを受けてモントは大盾を構えろとの指示を出し……鉄枠木製の大盾を構えたジョー達が前に進み出る。


 するとアースドラゴンはそれらの大盾に向かって何発もの火球を吐き出し……火球を受けた大盾は砕けて燃えて……大盾を構えていた者達は衝撃に吹き飛ばされ、地面を転がり受け身を取り……そしてすぐに起き上がりこちらへと駆けてきて、予備の大盾を手に取るなり、それを構えて再び前方へと向かっていく。


「ありゃぁ一体何をしてんだと思ってんだろう?」


 そうした光景を唖然とした様子で見ていたリオード達にモントがそう声をかけてきて、リオード達が恐る恐る頷くとモントが言葉を続けてくる。


「ドラゴンの吐く炎や火球ってのは、瘴気や魔力を燃料にしている。

 瘴気ってのはまぁ、モンスターにとっての魔力みてぇなもんで……これが魔力と違って、中々尽きることがねぇんだ。

 洞人族の魔石炉はこの力を上手く利用してるもんで……つまりはまぁ、あの火球を数十、数百と吐き出したところでアースドラゴンの瘴気が尽きることはねぇ。

 尽きねぇんだから延々といくらでも吐き出されるのかってーと、それはちょっと違ってな、どうやら連中、火球を吐き出す度体温が上昇していやがるようで……それが限界に来ると火球を吐き出せなくなるようなんだ。

 そうなったらしばらく時間を置くか、水なんかに入る必要が出てきて……今はその隙を作り出すために、ジョー達に頑張ってもらってるって訳だ。

 なぁに、しっかり大盾で受けときゃぁ、そこらを転げることになりはするが死にゃしねぇよ」


 モントがそんな説明をする間もジョー達は火球を大盾で受けて吹き飛ばされ、また次の大盾を構えてと、リオード達から見て正気とは思えないようなことを繰り返していく。


「次の一手は野郎に接近する関係で危険度が高くてな……しっかりと火球を封じておきてぇ、封じておかねぇととんでもない被害が出ることになる。

 だってのにアースドラゴンってのは賢くてな、こっちの狙いが火球封じだと気付くと、火球を吐き出せなくなったっつうフリをしやがるんだ。

 だから良いか……? お前らが戦う時には、その点によーく気をつけておけよ?

 相手の様子を、目の動きを息遣いを、足や首の動きなんかもしっかり見て、それがフリなのかそうでないかを見極めろよ。

 この判断を失敗するようなら指揮官としての資格はねぇ……軍人として禄を食んでいる者としての最大の恥だ。

 ジュウハはそういった判断が大の得意でなぁ……隣領に帰ったらあいつからそこら辺を学んでも良いかもしれねぇな。

 ちなみにだが瘴気は―――」


 と、そう言ってモントは説明を続けていく。


 瘴気は燃やせば浄化される、燃やせば燃やしただけ失われる、瘴気が失われれば炎は鎮火する。


 ゆえにドラゴンの吐き出す炎は燃え広がらないことが多く、火災が起きる危険性は少ないとされている。


 少ないとはされているが、燃料になるものが周囲にあれば当然のように火災になる訳で……それなりの草が生えていたこの辺りの地面を掘り返し、踏み固めていたのはこのためかと、リオード達は周囲の光景を見やりながら納得する。


 そうやってその点については納得出来たし、モントの作戦の目的を理解することも出来たのだけども……それでもやはり目の前で起きている光景は異様と言えて……ジョー達もよく文句を言うことなく、吹き飛ばされ役に徹しているものだとリオード達は感心するやら戦慄するやら複雑な気分になる。


 そうして同じことが何度も繰り返されて何枚もの大盾が砕けて、ジョー達の鎧が泥にまみれて……何人かが負傷し、後方に撤退した頃、アースドラゴンがその口を天へと向けて……黒煙のような何かを、まるで煙突の排気のように吐き出し始める。


 その様子を見て、半目で睨んで……少しの間、硬直したモントは、それがフリなのかそうでないのかの判断を下し、大きな声を張り上げる。


「今だぁ、大網をかけろぉ!!」


 その声を受けて後方に控えていた4頭の軍馬が駆けてきて……その背に乗った4人の領兵達がそれぞれ大網……アースドラゴンを包み込む程の大きさの網をしっかりと掴み、アースドラゴンの下へと引きずっていく。


 鼻息荒く、ドラゴン相手でも怯むことなく駆ける4頭の軍馬でもって引きずり運ぶその大網は本当に大きく、驚く程に太い縄を編み上げることで作られたもので……その太さから見てアースドラゴンに噛まれたとしてもそう簡単には破られないだろう。


 そんな大網を引きずる軍馬達は2頭と2頭で左右に分かれて、黒煙を未だに吐き出し続けているアースドラゴンを挟み込むように駆けていって……そしてその大網を領兵達が全力で振り上げ、針山のようになった甲羅に向けて、駆ける勢いを利用しながら投げて覆い被せて、被せたならすぐさま手を放し、軍馬達はそのままアースドラゴンの後方へと駆け抜けていく。


「ジョー! ロルカ! リヤン! 今だ、行け行け行けぇ!!」


 直後モントがそう叫び、いつのまにやら大盾を手放し大槍を構えていたジョー達3人が、どうにか大網を振り払おうともがくアースドラゴンの下へと駆けていく。


 アースドラゴンにかけられた大網は、甲羅に刺さった槍に上手い具合に引っかかっていて、アースドラゴンの怪力であっても簡単に振り払うことは出来ず……そうして生まれた大きな隙をついてジョー達はアースドラゴンの甲羅へと駆け上る。


 両足が大網をしっかりと踏み、片手が甲羅に刺さった槍を握り、そうなったらもうアースドラゴンが暴れようがもがこうが、ジョー達を振り落とすことは出来ず……ジョー達のもう片手が大槍を振り上げ、アースドラゴンの首や手足に狙いをつけて……それを受けてアースドラゴンは大慌てで首と手足を引っ込めて、甲羅を蠢かせそれらの穴を完全に塞ぐ。


「ようし、かかりやがったぞ!!

 無事な奴らは網の端縄を引けぇ!! ジョー! ロルカ! リヤン! ビビって首を出しやがったらすぐに槍で貫けよ!!」


 それを見てモントは指示を出し……大盾を構えていた領兵達の中の何人か、負傷もなく体力を残している何人かが大網の端にある縄の方へと駆けていき……その縄を掴み引っ張り、甲羅に籠もるアースドラゴンを引きずり始める。


 そんな状況の中でもジョー達は甲羅の上に立ったまま、大槍を構えたままいつ首や手足が出てきても良いように構えていて……そこに後方に控えていた洞人族や、駆け抜けていった軍馬が合流し……その全員での大網引きが始まる。


「……ジョー達の槍の先端にはドラゴン素材が使ってある、何も槍全体に使うこたぁねぇ、先端にだけ使っておけば槍としちゃぁ十分よ。

 それでアースドラゴンの首や手足をついたなら、簡単に骨まで貫けるって訳だ。

 同じような加工が投げた槍にもしてあって……あの硬い甲羅にあんなにも深々刺さったのはそのおかげって訳だな。

 鉄だけでも刺さるには刺さるんだが、確実性が違ってきて……まぁ、何本もそんな槍を作ったせいで、領内に残ってたドラゴン素材を端材含めて全部使い尽くしちまったが……これで新しい素材が手に入るんだから文句もねぇだろうさ」


 そんな光景を見てモントがそんな説明をし始めて……リオード達はまだ決着してもいないのに気が早いのではないかと、そんな表情でモントを見やる。


 するとモントはリオード達が何を言いたいのかを察し……アースドラゴンが引きずられていっている先にある、リオード達も掘るのを手伝わされた、アースドラゴンよりも大きく深い穴を指で指し示す。


「アースドラゴンは賢い、落とし穴なんか掘ったって、どんなに巧妙に隠したって、その賢さで回避しちまう。

 ならもう無理矢理落とすしかねぇってんで、こういう手に出たって訳だ。

 落としさえすれば自重やらで這い上がるのは困難……落とし穴の底でもがいてる間に岩を落として埋めてやりゃぁ身動きはまず取れねぇ。

 後は根気よく甲羅から首が出てくるのを待って一突きすりゃぁ良いんだが……面倒な時にはもう一手加えてやって、嫌でもその首を出さざるを得ない状況を作り出してやりゃぁ良い」


 指し示しながらそんなことを言い……そうこうしているうちにアースドラゴンが大穴へと近付いていって……そろそろかとジョー達が甲羅から降りて距離を取ってその直後、アースドラゴンが凄まじい音を上げながら大穴へと落下していく。


「よしよし……後は岩で埋めてやって、水を流し込んでやればモンスターも呼吸はするからなぁ、そのうち首を出してくるだろうよ。

 それでも首を出せねぇなら岩塩を砕いて水に混ぜてやりゃぁ良い……亀に似てるからなのか、真水の中はある程度平気のようだが、塩水は苦手としているようでな……あっという間に首を出しやがるぞ。

 他にも毒を使うなんて手もあるが、そうなると今度は解体の時に余計な手間がかかるからな、あまり良い手とは言えねぇな」


 落下していく様を見て安堵のため息を吐き出したモントがそう言ってきて……リオードとクレヴェは恐怖と様々な感情が入り混じった表情でモントを見やる。


 それを受けてモントはため息を吐き出し……やれやれと首を左右に振ってから言葉を続ける。


「卑怯、あるいは可哀想とでも言いたそうだな? そんなもんは人と人との戦いにとっておけよ、まったく……。

 相手の方が巨大で無駄に硬い甲羅に怪力まであって、その上火球まで吐き出してくるんだぞ?

 そんなもんを生まれながらに持ってる向こうの方が卑怯だろうが、そんなのを相手にする俺達のほうが可哀想だろうが。

 ……人間の強みは道具を上手く使えることだ、その為の手だ、頭だ……その強みをわざわざ手放すような真似、俺なら絶対にしねぇぜ?

 ……お前らもこういう方法なら武功を立てられるんだろうし……この光景をよく目に焼き付けて、その煮立った頭を冷やした上で色々考えてみるこったな」


 そう言ってからモントは後方へと声をかけて……大穴へと落とすための岩の運搬指示や、大穴へと繋げる形で作った水路へ水を流す指示や、岩塩の準備をしろなどといった指示を出し始める。


 それからモントの言った通りの作業が粛々と行われていって……そうして日が沈み始める前に、獣人国東部に現れたアースドラゴンは討伐されたのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


他の地域での討伐は必ずしも同じ日時、という訳ではなく、演出上の都合です。


次回は討伐後のあれこれやら何やらの予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る