第292話 発見


 対策会議では鷹人族のこと以外にも、亀……アースドラゴンが複数現れた時のための対策として、アースドラゴン用の武器を作った方が良いだろうと、そんなことについても話し合われ……その武器に関してはモントが案を出し、ナルバント達が作ることになった。


 なんでもモントは帝国でドラゴン狩りに関しての教育を受けていたんだそうで……一兵士としてドラゴン討伐に参加したことまであるらしく、その知識でもって必要な武器や道具の案を出しているという訳だ。


 モント曰くアースドラゴンは、


『あんなもんドラゴンの中じゃぁ最弱も良いとこだろ、弓を使うアルナー嬢ちゃん達には厳しい相手かもしれねぇが、しっかり武器やらを用意した上で上手くやりゃぁそこらの農民でも勝てる相手だ』


 とのことで……モント以外は首を傾げる話だったが、どうやらかなりの自信があるようだ。


 そこまでの自信があるなら信じても良いだろうとなって、会議直後から工房での作業が始まり……私達はそれを手伝ったり、普段通りの仕事をしたり、見回りをいつもより多めにやったりしつつ日々を過ごし……そうして何事も無く三日が過ぎた。


 巣の鷹人族と連携しながらそこら中を飛び回っているサーヒィ達からは今日もアースドラゴンの姿は見えないとの報告があり、隣領からやってきた鳩人族からも特にそういった兆候や気配は見当たらないとの連絡があり……言葉に出さないが私もアルナーも、イルク村の皆も、心の何処かで地震がアースドラゴンを呼ぶなんてのはただの伝承なのだろうと、そんなことを思い始めていた。


 活躍してやろうと意気込んでいたモントや、素材を手に入れてやろうとはりきっていたアルナー達はそのことを残念がり……私や婆さん達は面倒なことにならなくてよかったと安堵し、犬人族達は気にした様子もなく日々を過ごし……。


 そんな中でマヤ婆さんは少し変わった様子を見せていて、毎日のように占いなどをし、その結果を報せるためなのか王都の辺りに居るらしい知人とやらに宛てた手紙を何通も書いていて……その手紙は鷹人族がエルダンの下へと運び、ゲラントを始めとした鳩人族達がその知人の下へと届けてくれているらしい。


 馬車で一ヶ月かそれ以上かかる王都も、鳩人族にかかれば一日と少しの距離なんだそうで……その凄まじい力でもってエーリングやサーシュス公の下にも私が書いた手紙が届けられている。


 あくまで噂、伝承の類と前置きしつつアースドラゴンが現れるかもしれないから注意してくれと、そんなことを書いた手紙だった訳だが……この様子だといたずらに二人を驚かせてしまったことになりそうで……もう何日かしたら詫びの手紙を送った方が良いかもしれないなぁ。


 ……と、そんなことを考えていると草原の見回りを担当してくれていた鷹人族がやってきて、西の関所予定地に来客が……ペイジン達がやってきたとの報告を届けてくれて、私はエイマに声をかけた上で一緒にベイヤースに乗り、関所予定地へと向かう。


 関所予定地ではモントとジョー達が出来上がったいくつかの武器や道具でアースドラゴン狩りの練習をしていて……地図作成やらでモント達を手伝っているヒューバートの姿もあって……更には資材などを買い付けに行っていたゴルディアやエリー、アイサとイーライの姿もあり……アースドラゴン対策を優先するため、建築の手が止まっている関所予定地だったが、かなりの賑やかさとなっていた。


 そんな関所予定地の端には汗をじっとりとかいたペイジン・ファと馬車の姿もあり……ファは私を見るなりその大きな口を開けて、大きな声を上げてくる。


「ディアス様! 獣人国の西端でアースドラゴンが発見されたとの報を受け、知らせに参りました!

 星詠み達によるとこの辺りにも二頭あるいは三頭現れるかもしれないとのことで、至急確認と対策をしたほうが良いかと思われます!!」


 その声を受けてベイヤースから降りて手綱を犬人族に預けていた私は、小さな驚きを抱き、言葉に詰まる。


 もう来ないものと考えていたアースドラゴンが獣人国に現れていて……星詠み、恐らくは占い師のような者達がこの辺りにも現れると言っている。


 だけどもサーヒィ達からそういった報告は無く……馬車に繋がれた馬の疲れ具合を見るに、かなりの無茶をして来てくれたらしいファにどう返したものかと悩んでいると……そこにバサリと大きな翼の音が響いてきて、それを受けて私が腕を上げると、慣れた様子でサーヒィがその腕に止まりクチバシを開く。


「ディアス! いたいた、いやがったぞ! アースドラゴンが山の頂上辺りに現れやがった!

 イルク村の真北と、森を越えた向こうの隣領の西部に一頭ずつ!

 おっと、焦んなよ! あの足の遅さじゃぁ山を下るまでに二、三日かかる……そこから荒野みたいになってるとこを進んで、草原に入り込むまでにもう一日か二日かかって……戦うならその辺りだろうから、猶予は十分にある!

 隣領にも知らせを飛ばしたから、あっちはあっちで対策するだろ、問題は無いはずだ!

 それと……あー……それともうひとつ話があるんだがー……」


 大きな声でハキハキとしっかりとした報告をしていたサーヒィだったが、突然口ごもり始め、チラチラとファの方を……初めて鷹人族を見たのか目を丸くして大口を開けているファの方を見て、何か言いたげな視線をこちらに送ってくる。


 その様子はまるでファに聞かれてはまずいことでもあるかのようで……。


 ……いや、そうか、許可なく獣人国での調査をしていたからその話か、と気付いた私がどうしたものかなぁと悩んでいると、すぐにヒューバートが駆け寄ってきて、無言で出来たばかりといった様子の地図を開いてサーヒィへと見せて……サーヒィもまた無言でその地図のある地点を……この関所予定地のすぐ側、ギリギリ獣人国側の……獣人国側から見て東端の、北部にある山の辺りをクチバシでつつく。


 するとヒューバートはこくりと頷き、私の懐の中に隠れていたエイマの方を見て……それからヒューバートとエイマは無言のまま目での会話をし……数秒ほどそれを続けたならヒューバートが、未だに大口を開けているファへと声をかける。


「ペイジン殿、こちらのサーヒィ……鷹人族はとても目が良い種族でして、空高く飛び上がればかなりの遠方まで見通せる種族なのですが……どうやら我々の領地を調査する過程で、その目が遠方にいるアースドラゴンを見つけたようなのです。

 位置としましては獣人国側、国境線から遠く離れていない辺りの北部、山中とのことです」


 するとファは開けていた口を勢いよく閉じながら飛び上がり、慌てて馬車の中へと駆け込んで……駆け込んだと思ったらすぐに丸められた紙を手にこちらへと駆けてくる。


「ど、ど、ど、どの辺りですか!?

 これは獣人国東部の地図なのですが、どの辺りにいるのを目にしたのですか!?」


 駆けてくるなりそう言って、丸められた紙……地図を広げて私達に見せてきて、それを受けてヒューバートはサーヒィが示した辺りを指でそっと触れる。


 直後ペイジン・ファはぎょっとした顔をし、何度も地図を見直し「本当ですか!?」との確認をし……サーヒィがそれに頷くと頭を抱えてぺたんとその場に座り込む。


「……一体全体どうしたんだ?

 二頭目が出たというのは確かに問題かもしれないが、獣人国にもそれなりの数の兵士がいるんだろうし、二頭くらいならば対処は出来るはずだろう?」


 そんなファに私がそう声をかけると、ファは座り込んだまま震える声を返してくる。


「お……王国の方にこんなことを言うのは気が引けるのですが、この辺り……東部の東端はその、王国からの侵入者や王国とのゴタゴタのせいもあって、かなり荒れている地域でして……更には国内の様々な事情も関係して、何十年も前から領主不在の地域となっている、のです。

 そんな地域には住民などいないだろうとお思いになるかもしれませんが、事情ある者、後ろ暗いことがある者など、領主がいない方が都合の良い者達が身を寄せる特殊な地域となっていまして……かなりの人数が暮らしているのです……。

 しかしながら公的にはそこは無人の地域ということになっています、無人、未開拓、領主不在の地となれば後回しにされることは明白で……いずれは、西端のアースドラゴンが討伐された頃にはなんらかの動きがあるかもしれませんが、恐らくその頃には住民達は一人残らず命を落としているかと……。

 彼らも盗賊相手の自衛程度の武器は持っているでしょうが、ドラゴンと戦うなんてとてもとても……。

 我々ペイジン商会は彼らの境遇に思う所あり、ささやかな支援を行っていたのですが……ま、まさか、まさかまさか……こんなことになろうとは……」


 その言葉を受けて私はすぐさまに声をあげようとする。


 王国が原因でそうなっているならば、私達の方でなんとかしようと……なんとかすべきだと、そんな声を。


 だがそれよりも早くエイマが私の胸元を叩き、続いてヒューバートが私の前に立って真っ直ぐに私の目を見やってきて……いつのまにか側までやってきたモントまでが義足でもってスコンッと私のスネを蹴る。


『たとえそれが人助けでも、どんな理由であっても、私が国境を超えた瞬間、大問題になってしまう』


 そんなことを三人が同時に小声で伝えてきて……そしてヒューバートとエイマは『今回ばかりは諦めるしかない』と、そんなことを真っ直ぐな必死な目をしながら言ってくる。


 二人がそう言うのならばきっと、それが正しいのだとは思うが……それでも私は何か手があるのではないかと、そう考えてしまい……二人の言葉を受け入れる事ができない。


 するとモントは「はっ」と鼻を鳴らして笑い、もう一度私のスネを義足で蹴り……そうしてから座り込んだファに向かって声を張り上げる。


「おい、そこのお前! これは俺の独り言だが、うちのお優しい領主様は、避難民が国境を越えてきたからといってどうこう言うような器じゃぁねぇ!

 この辺りにユルトを建ててやって事態が落ち着くまでの間、面倒を見るくらいのことは嫌な顔せずやってくれるだろう!

 そこにお前らが必要経費や食料なんかを持ってきたなら領主様以外だって嫌な顔をしねぇだろうさ!」


 その声を受けて顔を上げて、驚くやら喜ぶやらで複雑な表情をしたペイジンは、モントに向かって声を返す。


「これは拙者の独り言なのですが! そのお言葉嬉しい限りで、拙者が動けば経費も食料もいくらでも用意出来るのですが……そもそもの原因の解決まで何日……いえ、何ヶ月かかるかがなんとも言えません。

 その間に家や田畑は間違いなく荒れてしまうでしょうし、その後の生活が成り立たなければ結局は同じこと……こちらでも何か打つ手がないか考えてみますので、今回はご厚意だけ頂くことにして―――」


 そんなファの言葉を受けてモントはニヤリと笑う、笑いながら義足をドンと地面に突き立てて大股を開いて、ファの言葉の途中で大きな声を張り上げる。


「お前は商人のくせして馬鹿だな!

 何ヶ月もかける必要なんかねぇ! 避難民のついでにアースドラゴンもこっちに誘導すりゃぁそれで解決だろうが!

 こちとら折角準備してるってのに、たったの一匹しかこねぇってんでがっかりしてたとこなんだよ!!

 こっちに誘導してくれりゃぁ俺達で倒す! モンスターに国境どうこう言ったって通じねぇだろうし、こっちにいくら押し付けようがこの公爵様は問題になんてしねぇし、王国の公爵としてお許しになるだろうさ!

 ……まー、その結果、素材は当然俺達のもんになる訳だが、そこに文句を言ってくれるなよ?

 おい、ディアス、お前はイルク村北のアースドラゴンをなんとかしろ、ここにくるのは俺とジョー達でなんとかする。

 ああ、それとあのヒョロ獅子共もこっちに回せ……武功を得るには力しかないと思ってるあの馬鹿共には、今回の狩りは良い勉強になるだろうさ」

 

 独り言という話は一体何処へ行ってしまったのか、モントはそんなことを言って……ファは驚きながらもその目を輝かせ、モントの言葉に希望を見出す。


 そしてファが、


「本当に良いのですか!?」


 との声を上げるとモントは「おうよ」と返し、それからこちらにニヤついた視線を向けてきて……それを受けて私は、ひとまずは避難民のためのユルトの準備をしようかと、苦笑しながらも何も言ってこないヒューバート達と共に行動を開始するのだった。




――――あとがき



お読み頂きありがとうございました。


次回はこの続きだったり、あれこれだったりの予定です。

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