第290話 名の由来
「壁の中に部屋を作り宿舎とするのは中々面白い作りですが、西側……獣人国側の壁にはそこまで広い部屋を作るべきではないでしょうな。
獣人国はその身体能力を活かしての野戦を得意としていて、城攻めを苦手としています……そのため城や要塞といった拠点のことを重要視する節があり、重要視するからこそ攻城兵器の開発、量産意欲が旺盛です。
野戦は自分達で行い、城攻めは兵器に任せる、それが獣人国の戦い……
関所の予定地に辿り着き、馬車から下りてきて……縄張、ここに壁を作り、ここに塔を作り、厠や井戸はここと示す、そこらに張り巡らされた縄を見てペイジン・オクタドがそんな声を上げる。
関所予定地では既に、穴が掘られたり石が積み上げられたりと洞人族とモント達による関所の建設が始まっていて……作業をしていた面々は作業の手を止めて、オクタドの話の耳を傾ける。
「獣人国で主に使われている攻城兵器はバリスタ、投石機、櫓などになりまして……基本的には打ち破るか乗り越えるかの二択となっております。
関所だからそこまでの備えは必要ないと思われるかもしれませんが、関所だからこそ、国の顔となる場所だからこそ、攻城兵器に備え、その威容を見せつけることにより……より一層の平和と友好に繋がるのです。
交渉の場であれこれと言葉を尽くすよりも、そういった無言の圧こそが効果的だったりしますな」
更にオクタドはそう言って……その話に私が感心していると、迎賓館にいた犬人族からの報告を受けて、道中で合流したアルナーが……こっそりと小さな声で、
(会った時からずっと青かったが、今は強い青だ)
と、そう伝えてくる。
そんなアルナーの様子に気付いているのかいないのか……オクタドは特に反応することなく、話を続ける。
「国境全てを関所で守ることは出来なくとも、大きな拠点があるだけで警備はうんと楽になりますからな……盗賊なども関所を見れば当然嫌がり、活動しなくなりますし……その関所の前や中で商売できるとなれば商人としてはありがたいことこの上なく、商品の検め場を広くし、そこで商売が出来るようになれば感無量といった所でしょうな。
……もちろんこれらは、ただの助言、あるいは一商人としての要望であり、参考にするもしないも、ディアス様の自由にしていただければと思います」
そう言ってオクタドは大きな口の両端をくいと上げて、にっこりとした笑みを作り上げる。
それを受けて私が、
「……いや、良い助言をしてもらえて助かったよ。
全てを反映出来るかは分からないが、出来るだけ反映して……お互いにとって快適に利用出来る、平和と友好の要となる関所にしたいものだ」
と、返すとオクタドは更に笑みを深くして、その手を何度も何度も何度も揉み合わせて……側に控えていたペイジン・ファも似たような笑みを浮かべて何度も何度も、深く頷く。
そうやって話が一段落した所で、オクタドに質問があるのか、何人かの洞人族達とモントがやってきて……建設と軍事の責任者による質問が始まり、オクタドはそれに流暢に答えていって、また別の洞人族がその質問と回答を紙束……関所の設計図の束の隅や裏に書き込んでいって……流石に関所をどう作るとか、どうしたら良いとか、そういった知識のない私やアルナーは、黙ってその様子を見守ることにする。
そうして少しの時間が流れて……もうそろそろイルク村に戻った方が良いかなという頃合いになった折、そこらを歩いていたり、私の足元に居たり、道具などを運んでいた犬人族達が何かに反応して耳を立てながら立ち上がる。
立ち上がり周囲を見回し……何かに怯えているというか警戒しているというか、そんな表情をして、そのすぐ後に地面がゆっくりとだが確実に揺れ始める。
「……地震とは珍しいな」
大きい揺れという訳ではないのだが、しっかりと揺れを感じ取ることが出来て、そんな風に弱い揺れだからすぐに終わるのかと思えば長く続いて……そんな揺れに何か思う所があったのか、洞人族達は地面に耳を押し当てて何かを聞こうとし始める。
犬人族は警戒をし、洞人族は地面の様子を確かめ、私とアルナーは大した揺れでは無いからとただ収まるのを待ち……ペイジン達はひどく顔をしかめながら周囲のことをキョロキョロと見回している。
そうやってかなりの、普通の地震ではあり得ない程の長い時間、地震が続いて……一体いつまで続くのかと不安に思い始めた頃にようやく、始まった時のようにゆっくりと収まっていって……長く続きはしたもののこの程度の揺れであればまぁ、特に問題は無いだろうと私とアルナーが胸を撫で下ろしながら安堵のため息を吐き出していると……そこにオクタドがずいっとその大きな顔を突き出してきて、緊張して固くなった声を上げる。
「ディアス様、すぐに備えをしてください、これは前兆……厄災の始まりを報せる揺れに違いありません」
それは冗談を言っているとか、脅かしているとか、そういうものではなく、真摯に私達への助言をしようとしているような声、態度で……その言葉をしっかりと受け止めた私は、オクタドの目をまっすぐに見ながら言葉を返す。
「オクタドがそう言うなら備えでもなんでもするが……具体的にどんな厄災が始まると言うんだ?」
「……アースドラゴンの大侵攻です。
獣人国では地竜とも呼ばれるその魔物は、こういった異様に長い地震を合図として、複数でもって人界に攻め寄せる習性と言いますか生態のモンスターでして……地震の後に侵攻してくる竜で地竜……つまりはアースドラゴンと名前の由来にもなっているのです。
獣人国には数百年前に起きた大侵攻の記録が残っておりまして……その際にはこの大陸全体で5頭のアースドラゴンが確認されたとのことです……」
アースドラゴン……亀。
以前私が討伐したモンスターで……クラウスが言うには攻城兵器を引っ張り出してきて戦うような存在であるらしい。
それが大陸全体で5頭……5頭か。
大陸全体の広さは……なんとなくでしか把握していないが、私が知っている限りでも獣人国、王国、帝国の三カ国がある訳で……それだけの広さの大陸で5頭となると、この辺りに来るかどうかも微妙な所と言うか……来たとしても1頭か2頭くらいのものだろう。
あの亀が2頭か……。
まぁ、ナルバント達が作ってくれた鎧があれば炎を吐かれても平気だろうし、戦斧があれば問題なく甲羅を砕けるだろうし……2頭同時に来たとしてもなんとでもなりそうだ。
仮に亀が5頭同時に来たとしても……それでもなんとか戦えそうな気はするし、そこまで苦戦することもないだろうなぁ。
と、私がそんなことを考えていると、懐の潜んでいたエイマから小さな声が上がる。
(ディアスさん、倒したことある相手だからって余裕で勝てるとか考えているんでしょうけど……それはディアスさんだけのお話で、王国の他の場所やエルダンさん達はそうもいかないんですから、こんな話があったと情報共有をしておかないとダメですよ。
場合によってはディアスさんが援軍に行くことになるかもしれませんし、逆に援軍に来てもらうことになるかもしれませんし……特にエルダンさんの所とはしっかりと連携するようにしましょう。
とりあえずサーヒィさん達に警戒飛行をしてもらって、本当にアースドラゴンが来るのかの確認をしましょう。
アースドラゴンはウィンドドラゴンと違って移動力はないはずですから……どこら辺にいるのかの確認をしてからでも、対策や迎撃は間に合うはずです)
その言葉を受けて私はそれもそうだと納得し……納得してから自分の言葉でもって、大体そんな内容のことを周囲の皆に説明する。
すると不安そうにしていたアルナーや犬人族達が安堵の表情をしてくれて……モントや洞人族達はいっそ来てくれた方が素材が手に入ってありがたいとそんな話をし始めて……そしてペイジン達は、自分達の助言を受け入れてもらえたことが嬉しいのか、柔らかな笑みを浮かべる。
笑みを浮かべて頷いて……そうしてから気持ちを切り替えるためなのかパンッと手を叩いたオクタドは、真剣な表情となって声をかけてくる。
「こういった緊急時ですのでディアス様、慌ただしくて申し訳ありませんが積荷の受け渡しが済み次第、獣人国へと帰還しようかと思います。
こういった事態に際しての協力、連携が出来るよう、両国の関係を深められればと思うばかりですが……その辺りに関しましてはまたいずれ。
事態が落ち着きましたらまたお邪魔させていただきたいと思いますので、今後ともペイジン商会との良い取引を、お願いいたします」
そう言ってオクタドが深々と頭を下げると、ファや護衛達もそれに続き……そんなペイジン達に私は、エイマからの助言を受けながらの言葉を返す。
「こちらこそ今後とも良い付き合いをよろしく頼む、
無事に帰還出来ること、また笑顔で再会出来ることを祈っているよ。
獣人国からの投資のこと、ペイジン商会が用意してくれた物資のこと、どちらも感謝するばかりで……ヤテンにはしかと受け取ったこと、深く感謝していること……獣人国の無事と繁栄を祈っていることを伝えて欲しい」
するとオクタドはにっこりと微笑みながら顔を上げて、両手をこれでもかと揉み合わせながら、
「このオクタドにお任せください」
と、力強い声を返してくれるのだった。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました。
次回はこの続き、アースドラゴンに関してのあれこれです。
そしてお知らせです。
コミックアース・スターさんにてコミカライズ最新35話が公開されました!
ここまでが収録される第7巻も絶賛予約中ですので、チェックしていただければ幸いです。
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