第286話 六つ子のフラニア



――――王城の自室で サンセリフェ国王



 王子王女との晩餐会を終えて、謁見の間に負けず劣らず豪華に飾られた自室へと戻り……身の回りの世話をしてくれる者達を下がらせてから王は、ベッド側の椅子へと手を伸ばす。


 その椅子の上には刺繍がされているだけでなく宝石が散りばめられた、部屋以上に豪華な作りの本があり……それを手に取った王は、表紙を開き……開いた表紙をひねりカチリと音をさせる。


 すると表紙が割れて、分離して……そういう仕掛けが施されていたらしい表紙の中から一枚の紙がするりと滑り出てくる。


 それを手に取った王は、本を放り出してからその紙をゆっくりと広げ、ベッドの上に置いてから、もう一枚似たような紙をポケットから取り出し……広げた紙の左下隅へと貼り付ける。


 その紙は地図を切り取ったものだった。

 隣国である獣人国や帝国や、北方の山脈なども描かれていただろう大きな地図から、王国領土の部分だけを切り取ったものだった。


 そんな風に切り取った結果、歪な菱形のような領土そのままの形となっていて、現実的にというよりも絵画的に、どこかの画家が描いたようなものとなっていて……去年王国領土となった元帝国領土の部分にも真新しい紙が貼り付けられている。


 そんな地図の王都の辺りに指を置いた王は、その指を下へとそっと滑らせていって……王都の南にある南海と呼ばれる海まで滑らせたならそこをトントンと叩く。


 次にメーアバダル草原と、元あった文字を塗りつぶした上で、新しく書かれた文字の辺りへと指を置き……またも下へと滑らせていって、貼り付けたばかりの荒野の地図の上を滑らせていって……更にその下、紙が途切れて何も無いベッドの上をトントンと叩く。


 そうしてから指を右へ……地図的には東へと滑らせていくとそこには南海の地図があり、それを見た王は口角を上げて笑みを浮かべ、ぼそりと自分にしか聞こえないような声を漏らす。


「恐らく荒野の南には海がある……南海の位置から見てもそれは明らかだ。

 荒野南の海が領土となったら……王国の東と西が海運で繋がることになる。

 そうなったら物資や兵士を簡単に運べるだけでなく……陸路の数倍、数十倍も速い移動が可能になる……。

 もう残された時間は少ないだろうからなぁ……早いうちに船を用意しておかないとなぁ……」


 そんなことを口にしてから満足げに頷いた王は……その地図をしばらくの間眺め続けてから、そっと畳み……放り出した本を拾い上げてから、表紙の中にすっと押し込み……カチリとの音を立てながら割れた表紙を元通りに戻し、その本をそっと椅子の上に置くのだった。



 

 

――――イルク村の広場で ディアス



 エリー達が行商から戻ってきてから十日程が過ぎて……ここ最近は特に何も無い平和な日々となっている。


 何処かから誰かがやってくることもなく、地面から人が生えてくることもなく、それぞれがそれぞれの仕事に集中できていて、それぞれの仕事が順調に前に進んでいて。


 段々と気温が高くなっていって、風が強くなっていって雨の日が減って、そろそろ春が終わるのかな? と、そんなことを思うような天気が続いて……そんな日々を一番謳歌しているのは、メーアの六つ子達だろう。


 初めて感じる暖かさ、晴れ続きの空、好物である草はぐんぐんと伸びて、駆けたら駆けただけ食べることが出来て……ちょっとした虫や小動物を草原で見かけるようになって、それらとの出会いを驚きと好奇心と喜びの心でもって楽しんで。


 体も少しずつ大きくなって、言葉も覚え始めて……自立心が出始めたのか、フランシスやフランソワ、兄弟達から離れて行動することも多くなって……個性のようなものが芽生え始めて。


 駆けるのが好きな子、寝るのが好きな子、食べるのが好きな子、他の生き物……犬人族や馬、ガチョウのことが好きな子、マヤ婆さん達のことが好きな子……自分のことが何よりも好きな子。


 もう少し経つと六つ子達と一括りに呼べなくなるのかもなぁと、そんなことを思うくらいに、六つ子達はそれぞれの道を歩み始めていて……そんな中で女の子のフラニアはなんとも独特な性格になりつつあった。


 六つ子達はまだ自分達が何者なのか、よく分かっていない様子だ。


 メーア毛糸やメーア布のことを知ってはいるけども、まだそれが自分達の仕事というか自分達の生産物という認識を、しっかりとはしていないようで……自分達の毛糸を極力汚さないように日々の生活を送る大人のメーア達とは全く違って、土の中を平気で転げ回るし、草原の草の切れ端や木片、時には虫なんかをその毛に絡ませても平気な顔をしているし……時には皆が驚くのが面白いからと、わざとそういったゴミを毛に絡ませてくることもある。


 そんな中でフラニアは絶対にそういうことはせず、自らの真っ白い毛を綺麗な状態に保つことを強く意識していて、水浴びを他の子よりもよくするし、少しでもゴミが毛に絡まったら取ってくれと駆け寄ってくるし……それだけでなく蹄なんかも綺麗にしようとしていて、アルナーを始めとした女性陣に、磨いてくれとせがんでいる様子をよく見かける。


 それらの行為はメーア布がどうだとか綺麗好きだからとか、そういった理由している訳ではなく……フラニアはなんというか、自分が可愛いのだと自覚しているというか、可愛くて皆に愛される特別な存在なんだと、そんな自負を持っているらしく……可愛さを維持するために、より可愛い存在となるために、一生懸命になってそんなことをしているらしい。


 そういった努力の他にもフラニアは、皆に可愛いと言ってもらえるポーズの研究なんかもしているようで……今もフラニアは、広場で荷物の整理をしていた私に向かって、一生懸命に可愛いアピールをしてきている。


 箱を見つけたなら、そこにこてんと顎を乗せて『どう可愛いでしょ?』と言わんばかりの表情をしてみたり……それで私が反応をしないと、片目だけをつぶったり、目をぱちくりとさせたりして、私に反応を促したり。


 可愛らしい尻尾をぴょこぴょこと動かしたり、四本脚で上手くステップを刻んでダンスのようなことをしてみたり……。


 まだまだ生まれたばかりで、普通にしていても可愛い盛りで。

 皆に当たり前のように可愛い可愛いと言われて、真っ先のその言葉の意味を覚えて……そうして更に可愛い存在になろうとしているらしいフラニアは、賢明にその可愛さをアピールしてくる。


「うん、フラニアは今日も可愛いなぁ」


 そんなフラニアに根負けした私が、そう言いながら頭を撫でてやると、フラニアはもっと撫でてもっと撫でてと、その頭を私の手の平へと押し付けてきて……その目を細めての満面の笑みを浮かべる。


 そうやって自然に笑っている姿が一番可愛いと思ったりもするのだが……これをフラニアに伝えてしまうと、変に意識して笑うようになってしまいそうなので、あえて言わずにただ頭を撫で続けてやって……私達がそうしている所に、騒がしい足音が響いてくる。


「ディアス様ー! ディアス様ー!!」


 続いてそんな声が……犬人族のものと思われる声が響いてきて、何事だろうかと私が撫でる手を止めると……瞬間フラニアが物凄い顔をする。


 悔しげというか邪魔しやがってというか、歯噛みし、鼻筋に皺を寄せて……、


「ミァンッ」


 と、吐き捨てるかのように、短い鳴き声を上げる。


 そんなフラニアの態度に苦笑した私は、その頭をもう一度ちょいちょいと撫でてやって、そんな顔をすることないだろうと宥めてから、一体何があったのやらと、犬人族の声のした方へと視線を向けるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


冒頭前回入り切らなかった部分を入れていますが、王様とディアスの時系列にはズレがある、かもしれません。


そして次回はこの続き、犬人族の報告からです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る