第272話 キコの弟子


「今ド兄さんとレ兄さんは獣王陛下直属の臣下の方に同行していまして、その方に気遣ってゆっくりとした進行となっているため到着はもう少し後……明日か明後日くらいになるのではないかなぁという感じです、はい。

 そしてミ兄さんにはイルク村の方々に向けての商売の方をしてもらおうかと思いまして、はい……折角だからといくらかの商品を持ってきましたので……メーアバダル公も後で覗いてやってくださいな。

 ……え? あぁ、はい、拙者はペイジン・ファと言いまして……はいはい、事前にこちらにお邪魔して、あの方好みの場を整えておこうと思ってお邪魔したのですが、こんなにも立派な迎賓館があるなら、その必要も無かったかもしれませんな。

 ……あ、言葉ですか? はいはい、こちらとの商売は今後重要になってくるのではないかと考えまして、キコ様にお願いして習ったのですよ。

 兄弟達の中でも一番流暢なんじゃないかと自負しております」


 迎賓館の中に入り、あちらこちらを細めた目で見やり……やんわりとした声でそんなことを言ってきたのは、つい先程……ゴルディアとの話し合いが終わった直後にやってきたばかりのペイジン・ファと名乗った商人だ。


 相変わらず服装と帽子以外で見分けることの難しいカエルそっくりの容姿をしていて……他のペイジン達よりも少しふっくらしている印象があるかもしれない。


 そんなファと一緒にやってきたペイジン・ミの方は、イルク村での商売がしたいからと馬車と一緒に迎賓館を通り過ぎてイルク村へと向かっていったのだが、ファはこうして迎賓館に残っていて……棚に納められたゾウガンの器と、ラデンの箱を見て頬を緩めたりしている。


 ペイジンの一族は何というか、とても商人らしい油断ならない気配をまとった人物ばかりなのだが、このファにはそういった気配はなく、表情も仕草もとても柔らかく穏やかで……性格もまた、それらに相応しいものとなっているようだ。


「そう言えばですね、キコ様からお手紙を預かっているのですよ、はい、キコ様のお子様方に宛てたものです。

 しっかりと準備をした上で送り出したとはいえ、母親としてはどうしても心配してしまうもののようでして……手紙を渡すついでに、三人の様子も確かめて欲しいと……。

 いえ、直接そう言われた訳ではないのですが、こう、目線とか表情とかでそれとなく……そんな想いを手紙と一緒に預かったと言う感じでして」


「あー……セキ、サク、アオイの三人は今隣領に行商に行っていてなぁ……いつ帰ってくるのか具体的なことも分からなくてなぁ……」


 そんなファに私が頭を掻きながら言葉を返すと、ファはうんうんと何度も頷き、そうしてから言葉を返してくる。


「そういうことでしたら拙者、またの機会……商売とは別の機会に、三人と会うためにこちらにお邪魔させていただこうと思います。

 キコ様は私にとって言葉の師匠……師匠の心を安らがせてあげるのも弟子の仕事だと思う次第でして……はい」


「まぁ、そのくらいのことは全然構わないさ、ペイジン達にもキコ達にも世話になっているからな。

 ……それよりもだ、わざわざファが先行して場を整えなければならない程、そのお偉いさんというのは気難しい人物なのか?」


「え? いえいえいえ、まさかまさかそんな。

 獣王陛下から外交を任される程のお方ですから、その人品はとても優れたお方ですとも。

 ただ……こう、とてもお偉い立場の方でして、獣人国はこう……西に進めば進む程、国の奥の方に行けば行く程、お偉い方が住まう土地となっているのですが、そのお方は最奥の最奥……果ての果てに住まう方でして……あまり慣れない光景をお目に入れてしまうと、ひどく驚かれてしまう可能性がありまして……そういった万が一の可能性を考慮してのことだとお考えください。

 拙者達のように獣人国の東側……王国などの文化が入り交じる地域の者にとって何でもないような光景も、西の最奥のお方にはとても衝撃的……なんてことがあったりするのですよ」


「へぇ……西の果ての果て、か。

 おとぎ話とかでも聞いたことのない地域だからなぁ……私なんかでは想像も出来ないような光景が広がっているのだろうなぁ。

 ……ちなみにそのお偉いさんは、どんな獣人なんだ? 西の果てに住んでいるとなると、やはり私が知らない、想像もつかない姿をしているのか?」


 ファの言葉を受けて私が想像を巡らせながらそんなことを言うと、ファは顎に手を当て、少し考えるような素振りをしてから言葉を返してくる。


「メーアバダル公がご存知かは分かりませんが、そのお方はテン人族と呼ばれる種族の方ですね。

 とても美しい黄色の毛皮に身を包んでいるのが特徴で、その毛皮の美しさと手触りは、拙者のような毛無しの一族としては羨ましいばかりなのですが、天下一と言われておりますな。

 それでいて顔の周囲の毛は透き通るような白で、そうかと思えば目の周囲は黒く縁取りしたような色になっていまして……俊敏かつしなやかで、狭い所にも入り込めるためにその昔は諜報活動などでも活躍されたと聞き及んでおります」


「へぇ……黄色の毛皮ということはキコに似た種族、なのかな?」


「いえいえ、キコ様とは全く違ってもう少しこう……細長い感じになっていると言いますか、首が長い感じになっていると言いますか……うぅん、知らない人に上手く説明するのが難しい種族なのですよねぇ」


 そんなファの説明を受けて私は懸命に姿を思い浮かべようとするが……全く思い浮かばず、まぁ来てくれたらそれで分かることかと想像することを諦めて、ひとまず迎賓館の準備は問題無いようなので、ファをイルク村に案内するために迎賓館の外に出る。


 すると体を休めていたゴルディアとアイサ達が私を待ってくれていたのか、迎賓館の前で待機してくれていて……ついでにロルカ隊とチーズに釣られたシェップ氏族達も待機してくれていたので、ロルカ隊とシェップ氏族に警備のことを頼んでからイルク村へと移動する。


 そうしたならファのためのユルトを建ててやって、ペイジン・ミが開いていた市場に顔を出して、明日か明後日にはお偉いさんが来るようだからと、準備する料理の打ち合わせなどをして……そうして翌日。


 身支度や日課などを終えてファと共に迎賓館に向かうと、ロルカ隊の面々とシェップ氏族達が迎賓館の側で西の方をじっと見ていて……そちらの方からまず車輪の音が聞こえてきて、誰かの会話が聞こえてきて……それから蹄の音などが聞こえてくる。


 そんな賑やかな音の後に、あれこれとたくさんの飾りのついた赤色の塗料を塗った馬車というか、それ自体が建物のような何かがやってきて……その横脇からすすっと、想像していた以上にすらっと細長く、太陽の光を吸い込んだかのような色の毛皮をまとった首が姿を見せる。


「な、なるほど、テン人族とはああいった感じの種族のことを言うのか」


 それを見て私がそんな感想を口にすると……ファはこくりと大きく力強く、頷いてみせるのだった。

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