第266話 英雄譚、再び
――――イルク村で ディアス
私達がイルク村に帰還すると、それはもう……いつもの宴とは比べ物にならないくらいの大騒ぎとなった。
メーアバダルの名前を騙った連中を倒せたというのもあるのだろう、大量の物資と一緒に帰ってきたというのもあるのだろう、だが何よりも私達全員が無事に帰ってきたというのが大きかったようで……いつもなら一晩で終わる宴も、二晩かけて行われることになり、二晩目の宴には何か良いことがあったらしい鬼人族の村から、ゾルグを始めとした鬼人族の面々も参加することになって……人数が増えたこともあって宴は、それはもう盛り上がりに盛り上がった。
ゾルグが連れてきた面々の中には女性が多く……結婚相手探しというか、お見合いというか、そんな意味合いもあっての参加だったようで……ジョーを始めとした独身の何人かは話が弾んだとかで、いきなり結婚とかではなく、これから良いお付き合いをしていこうと、そんなことになったようだ。
隣領への出撃という、あまり乗り気になれなかった今回の事態も、終わってみれば皆無事でそれなりに得るものがあって、得るものがあったからこそ……それなりの男気を見せることが出来たからこそ、新しい鬼人族との縁を得るというおめでたい結果に繋がってくれて……まぁ、結果だけを見れば悪くなかったと言えるのだろう。
あんな騒ぎが起きてしまった隣領とエルダン達のことが心配ではあるが……そこら辺はエルダン達がなんとかするはずだし、私が心配しても仕方のないことなのだろう。
ともあれそうして、イルク村の春は騒がしくも穏やかに過ぎていくのだった。
――――マーハティ領東部 バーンガルのある屋敷の、ある一室で ジュウハ
「ディアスがやってくれたか……そうか」
報告の手紙を受け取り、その中身を確認し……地図と報告書の山に支配された薄暗い一室でジュウハがそんな独り言を口にする。
読み切っていたはずの敵がまさかの動きを見せてきて、予想もしていなかった規模へと膨れ上がり、ジュウハの思考と策を読み切ったような行動をしてきて……そうしてじわじわと追い詰められて。
もはやディアスに頼る他無しと鳩人族のゲラントに連絡を依頼してから……これまたジュウハの予想を上回る速度で西部の敵をディアスが鎮圧してくれて……。
手紙をもう一度読み直し、そこら辺の情報を改めて確認したジュウハは、目の前の壁にかけられた地図の一部を、インク壺につけた指でもって雑に塗りつぶし……そうしてから改めて地図全体を見て、苦々しい表情を浮かべる。
「敵の動きを読めなかった俺の失態だってことは分かってはいるが……それにしても敵のこの動きは一体何なんだ?
商人連中に率いられた損得を優先する連中の動きじゃねぇ、革命を起こそうってな馬鹿な連中の動きでもねぇ、獣人が気に入らないなんていうどうしようもねぇ連中の動きでもねぇ……。
末端の兵士の士気は高くねぇのに、全体としての動きは妙に冴えていて、やること成すこと失点がなく……だというのに首謀者の人物像と目的が全くもって掴めやしねぇ。
商人連中は自分達こそが指導者だと言い、没落貴族達は自分達こそがと言い、人間族至上主義の連中までが自分達こそがと言い……そんな状態で何故こうまで完璧に連携が取れるんだ?
そもそもそんな奴はいなくてただの偶然でこうなった? いや、そんなことがある訳が……。
……どこかに首謀者がいるはずなのに、上も下も、誰もがその存在を認識していないって、そんな事ありえるのか?
俺様以上の天才がいて、俺様を超えた兵学者がいて……それが裏から連中を操った?
仮にそんなことが出来る奴がいたとして……そいつは一体全体どこの誰で、何を目的にしてこんなことしやがったんだ?」
更にそんな独り言を口にしてジュウハは、インクまみれの手で床に投げ捨てられていた不要となった報告書を掴み上げ、握り潰し……それでもってインクを拭う。
「……それにだ、途中からいきなり動きが悪くなったというか、首謀者の影が綺麗さっぱり消えたのは一体どういうことなんだ?
途中でやる気が無くなった……? それとも動乱の中で命を落とした……?
時期としてはディアスが最初の砦に到着した頃になるが……まさかあそこに首謀者がいたのか?
……それともまさかディアスを引っ張り出すのが目的で、それが達せられたから大人しくなった……と?
……いや、それならもっと良い手があったはず。
ディアスを戦場に立たせるのが目的……? そうして暗殺するか手柄を挙げさせる……? いやいや、流石にそれは遠回りが過ぎるだろ……。
一体全体何がどうなってやがるんだ……?」
インクを拭いながらそんな独り言を続けたジュウハはしばらくの間頭を悩ませ……これ以上悩んでも結論は出せないだろうと諦めて、残る砦の攻略と戦後処理の方へと頭を切り替え……ほんの一瞬で必要な策を組み上げたなら、それらを献策すべくエルダンの下へと……乱れた服装と髪を整えてから向かうのだった。
――――数十日後 王国各地
マーハティ領の乱が静まり、戦後処理も落ち着いて、人々が日常を取り戻していた頃、そのことに関する噂が、詩が、英雄譚が……王国中を駆け回り、王国に住まうほぼ全ての人々の耳へと届けられていた。
曰く救国の英雄がまた王国を救ってくれた。
西方の乱が大きくなる前にこれ以上無い疾さで鎮圧してくれた。
かつての戦友達を引き連れ、金色の鎧を纏い、その剣気でもって降り注ぐ無数の矢を弾き、その一撃で堅牢な砦を粉砕し……そうして人々を救ったなら対価を要求することはなく、被害にあった土地が早く立ち直れるようにと様々な支援までしてくれた。
その肩には立派な体躯の、装具を纏った鷹の姿があり、その鷹は英雄の言葉を理解しているかのように空を舞い、英雄の危機を救い続け、空は常に晴れ渡り、風は常にその背を押し続け、獣や自然までもが英雄の味方をしてくれている。
多少の差はあれど概ねそんなような内容を耳にした……王国各地の人々の反応は様々だった。
王は笑みを浮かべて喜び、ある老公爵は手を叩いて笑い、ある女は神殿の最奥で歯ぎしりをし、ある王女は目を輝かせ、ある王女は高笑いをし。
王国東部を駆け巡り、汚職を叩き、弱き人々を救い、改革という名の希望で民の未来を明るく照らす王子は静かな笑みを浮かべ……ほとんどの人々はその活躍を心から喜んだ。
そしてその噂は国外……帝国にまで及び、当人であるディアスが知りもしない遠方にまで響き渡ることになるのだった。
――――???? ????
そしてその噂はここ……――と呼ばれる地にも届いていた。
「ディアスの野心の無さは計算外だったな……まさかほとんど何も得ずに自領に帰ってしまうとは……」
暗く静かで、空気は冷たく綺麗で……他に生命の鼓動が感じられず孤独で。
そんな場所に一人佇む男が、そんな声を上げる。
「力でもって強引に領地を奪い取るとか、難癖つけて譲らせるとか色々あっただろうにな……。
こっちから何か手を打つ前に全てを片付けて、駆け抜けて休む間もなく帰ったのも計算外にも程があるんだよなぁ。
……あそこに居られると、あの連中がいるから手出しも出来ないし、どうしたもんかね」
男は更にそんな声を上げて……そうしてから外での出来事への興味を失い、手元にある資料へと視線を落とす。
暗闇の中にあって不思議と読むことが可能なその資料の内容に惹かれ、夢中となった男は……そのまま読みふけり、身じろぎをすることも言葉を発することもなくなり……そうしてその頭の中で次はどう動くか、誰を動かすかと、そんなことを考え始めるのだった。
・第九章リザルト
領民【158人】 → 【196人】
内訳 鷹人族のリーエス、ビーアンネ、ヘイレセ、モント、ジョー達33人、リヤンの妻で合計38人。
・ディアスは謎の存在から得た素材から作った新装備【赤金色の全身鎧と兜】を手に入れた。
・ディアスは再びモンスター【ウィンドドラゴン】5匹を討伐し、その素材と魔石を手に入れた。
・その素材で作った新装備【鷹人竜装】が完成し、サーヒィがそれを装備した。
・北の山に施設【水源小屋】が完成した。
・領内各地に施設【氷の貯蔵庫】が完成しつつある。
・領内に食料【ミルク】が流通し始め、加工品作りが盛んになっている。
・領内に水や食料を冷やす【不思議な水瓶】が流通し始めた。
・ディアスはアルナーに婚約の証を送り、二人の絆が深まった。
――――春はもうそろそろ終わり、夏の風が領内に近付きつつある……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます