第257話 合流


 モントが正式に領民ということになり……モントのためのユルトを建ててやって、翌日。


 井戸で朝の身だしなみをしていると、物凄い表情をしたモントがこちらへと駆けてくる。


「おい、ディアス! てめぇ俺の体に何しやがった!!」


 駆けてくるなり私の胸ぐらを掴んでそんな声を上げてきて……私は首を傾げながら言葉を返す。


「別に何もしていないが……何かあったのか?」


 モントがそうした態度を取るのはある意味いつものことで、特に驚くでもなく動揺するでもない私に対し、モントは顔中をしわくちゃにしながら言葉を続けてくる。


「痛みが……痛みがねぇんだ! この足を失って以来、寝ても覚めてもひでぇ痛みがしていたってのに、痛みが酷すぎてまともに眠れたことも無かったってぇのに!

 それがどうだ! 昨日寝具に横になってからの記憶がありゃしねぇ! この俺が! まさかの何十年振りかの熟睡をしちまってたんだ!!

 てめぇ、何かしやがっただろ!!」


 モントのその言葉に対し「あー……」と声を上げた私は、モントがいきなり走り出してしまわないよう、暴走してしまわないようにその両肩を掴んでから……少し離れた所で、フランシス一家と共に朝の散歩をしているセナイ達へと視線を向ける。


「……あの二人がどうしたってんだよ!! 正直に答えねぇとタダじゃすまさねぇぞ!!」


 するとモントがそんな声を上げてきて……私はモントに、絶対に誰にも言うなよと、念を押してからセナイとアイハンが管理しているサンジーバニーについて話していく。


 よく分からない経緯で手に入れた、よく分からない薬草、サンジーバニー。


 それは強烈な毒や、長年治ることのなかった持病を治してしまうようなもので……失った足の痛みを病と言って良いのかは分からないが、サンジーバニーであればそれを治してしまってもおかしくはなく……モントの体に起きたことも、サンジーバニーのおかげなのだろう。


「―――セナイとアイハンはモントが領民になるというから、仲間になってくれると思ったからサンジーバニーを使った薬湯を作ったのだろう。

 改めて言うがこのことは絶対に他言するなよ、このことが知れ渡ったら悪用しようとする連中が出てくるのだろうし……そうなったらサンジーバニーは枯れてしまうものなのだからな」


 説明を終えた後に私がそう言うと、モントは私の胸ぐらから手を離し、膝から崩れ落ちていく。


 崩れ落ちて呆然として、自分の足をそっと撫でて……そうしてから顔を上げて、私のことを険しさのない、今までに見たことのないような柔らかな表情で見上げてきて、ゆっくりと口を開く。


「まったく何だってこんなことになるんだかなぁ……。

 言わねぇよ……誰にも言いやしねぇよ、恩人であるあの二人に迷惑をかけるようなことは絶対にしねぇ……。

 だがよぉ……こんなに何もかもが突然じゃ、驚いて良いんだか感謝して良いんだか、訳わかんねぇってんだよ……ちくしょうめ」


 そう言ってからモントはしばらくの間、地面に膝をついたまま呆然とし続け……朝食の支度が出来たぞというアルナーの声が響いてくると、ゆっくりと立ち上がり……広場の方へと向かいながら、イルク村の役に立つにはどうしたら良いかとか、自分に出来ることは何か無いかと聞いて回るのだった。


 


 そうしてモントはイルク村のために働くようになりました、めでたしめでたし……となれば良かったのだが、そこで一つの問題が起きてしまった。

 

 それはモントがあくまで人間族の軍隊の専門家であり、犬人族の軍隊の専門家ではないということだ。

 

 人間族と犬人族は、体格が違うし、戦い方が違うし、文化が違うし、考え方も違う。


 そうなると当然訓練の仕方も違う訳で……住人のほとんどが犬人族であるイルク村で、モントの経験や知識が全くと言って良い程に役に立たなかったのだ。


『すげぇ有能な軍用犬と思えば良いんだろうが、犬っころしかいねぇんじゃ俺ぁ一体何をしたら良いんだよ!?

 っつうか普通はいるもんだろ! 人間の兵士が!! 爺さん婆さん以外の人間がひょろっこい内政屋とクラウスだけってのはどういうこった!!

 このままじゃぁ俺はただの役立たずじゃねぇか!!』


 なんてことを言いながらモントは、それから数日の間、何も出来ない自分に苦しむことになる。


 私としてはもう良い年齢なんだし、その経験や知識を本にするとか、セナイやアイハンを始めとした子供達に伝えるとかしてもらって、後はゆっくり過ごしてくれたらそれで良いと思っていたのだが、モントとしてはどうしてもイルク村……というかセナイとアイハンの役に立ちたいらしく、それでもどうにも出来ず苦しみに苦しむことになって……そうして数日後。


 ちょうど朝食を終えた所に、クラウスの使いとして関所から駆けてきた、マスティ氏族の若者の報告を受けたことによりモントは、その苦しみから解放されることになる。


「ディアス様のお知り合いだっていう、ジョーさん、ロルカさん、リヤンさんと……それとなんか大勢の人間族の人達がやってきました!

 全部でえぇっと……30人くらい? だったはずで、皆さんディアス様と一緒に戦った仲だそうですよ!」


 ジョー、ロルカ、リヤン。

 それらは以前アルナーやセナイ達に話して聞かせた、昔話にも出てくる戦友達の名前で……どうやらかつて私と一緒に戦った、故郷に帰ったはずの者達が30人もここにやってきてしまったらしい。


 私としては故郷で家族と一緒に過ごして欲しかったんだがなぁ……と、そんなことを考えながらマスティ氏族の若者を撫でてやって、礼の言葉をかけていると……モントが物凄い笑顔になって駆け出し、関所の方へと向かって行ってしまう。


「モント! 関所は走っていけるような距離じゃないぞ! 馬を使うか誰かに馬車を出すかしてもらった方が……!」


 そんなモントに慌ててそう声をかけるが、聞こえているのかいないのか、モントは止まることなく関所へと向かって真っ直ぐに、猛然と駆け続ける。


 そんな後ろ姿を見て大きなため息を吐き出した私は、若者に「モントのことを頼む」と声をかけてから、厩舎のある方へと向かう。


 厩舎に向かったならベイヤースに乗れるように支度を整え、ついでに厩舎で働いていたアイセター氏族のコルムと、コルムが世話をしていた、まだ名付けの終わっていない暴れ馬にもついてきてくれないかと頼み……そうしてモントに追いつくべく、ベイヤースの背に飛び乗った私は、コルム達と共に関所の方へと駆けていくのだった。

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