第250話 氷の道

 

 白ギーの突然の出産のおかげで朝からバタバタしてしまったが、身支度を終えればいつも通りの朝食の時間となる。


 アイセター氏族という新しい仲間を迎え、ゴルディアやイーライ達という客人がいる今、朝食の光景はいつも以上に賑やかとなっていて……広場を埋め尽くす程の数のテーブルの上には湯気を立てるいくつもの料理が並べられている。


 肉料理だったり芋と卵のスープだったり、森の恵を寄せ集めたものだったり、これからは更にここにミルク料理が追加される訳で……滋養的にはかなりのレベルになってくれそうだ。


「いやぁ、しかし、辺境で暮らしてるなんて聞いてたから、ちゃんとした食事ができてるのかと心配してたが……こりゃぁ下手すると王都の食堂より豪華かもしれねぇなぁ。

 まぁ、ディアスは昔から食事には気を使う方だったからな……こうなるのも当然なのかもなぁ」


 そんな風に豪華な朝食を楽しんでいたゴルディアが、突然思いついたようにそんなことを言ってきて……セナイとアイハンや犬人族達、それと朝の食事を終えてゆったりと体を休めていたメーア達が、興味深そうにゴルディアに視線を送る。


「あー……こう、なんだ、ディアスと出会ったばかりの貧しい時にな、ちょっとした金が入るとディアスは自分を含めた仲間全員に豪勢な飯を食わせてたんだよ。

 パンに肉に、チーズに果物……寝る所にも困るような孤児が食うような内容じゃねぇってのにディアスは、貯金だとかよりもそういった食事の方を優先してたのさ。

 俺を含めた何人かはなんで飯なんかに大金を使っちまうんだとそれに反発してたんだが……一年もすると、誰も文句を言わなくなった。

 それからだな、皆がディアスをリーダーとして認めるようになったのは―――」


 そう言ってゴルディアはなんとも懐かしい話を始める。

 とは言えそれは大した話ではない。


 当時私達以外にも孤児のグループがあって、そちらのグループは食事よりも貯金や武器、あるいは家や服を買うことを優先していた。


 毎日働いて働いて、古いパンだけで腹を満たして……私達がそれと比べれば豪勢と言えるだろう食事をしているのを笑いながら……ゴルディアの言ったように一年程をそうやって暮らして……。


 そうして一年後、そのグループは崩壊してしまった。

 誰もがやせ細り、体力がなくなり、仕事ができなくなり、病気になり……。


 それは本当に大したことではない、極々当たり前の話だったのだ。

 しっかりとした食事をしなければ当然の帰結としてそうなるというだけのこと……。


 確かにやろうとさえ思えば、相応の我慢をしさえすれば食費を削るというのはそう難しいことではない。

 ……難しいことではないが、そのツケは自分達の体で払うことになってしまう。


 働いている大人達は誰もが、がっしりとした肉体をしていて、毎日働いていれば、しっかりと鍛えていれば自分達のようになれるぞ、とそんなことを言っていて……それはあくまで毎日しっかりとした食事をしている前提での話だったのだが……彼らはそのことに最後の最後まで気付くことが出来なかったのだ。


 離れたところから彼らを見ていれば、その体がどんどんとやせ細っていることは明白だったのだが、彼らは自身を、仲間達のことを毎日見ているからか、その事に中々気付けず……気付いた頃には手遅れとなっていた。


 もちろんそうなってしまう前に私は、その食生活を改めるようにと忠告したのだが、私達のことを笑っていた彼らがその忠告を受け入れることはなく……結局、病気になってしまった何人かと、自分達が間違っていたと気付けた何人かは私達のグループに合流し、食事を改善することで回復していったが……最後の最後まで自分達が間違っていたと認めることの出来なかった者達は、やせ細った体のままどこかへと去って行ってしまった。


「―――でもなぁ、ディアスはディアスで問題なんだよなぁ。

 何年かすると馬鹿みたいにでかくなり始めて、人の三倍四倍も食うようになって、ひでぇ時にはディアスの食事を何とかするために一日中狩りをしてたこともあってなぁ……その結果があの体と英雄的活躍な訳だが、あの時は本当に参ったもんだよなぁ」


 私がそんな昔のことを思い出しているとゴルディアがそんな勝手なことを言い出し……私はやれやれと呆れてしまう。


 確かに私の食欲がすごかったのは事実だが、ゴルディアも負けず劣らずといった食欲を見せていて……私の二倍程の肉を平らげたこともあったからだ。


 その時のことを知っているイーライやアイサ、エリーも呆れ顔になるも……まぁ、皆は楽しく話を楽しんでいるからと誰も何も言わずにゴルディアの好きにさせてやって……そうこうしているうちに朝食の時間は終了となる。


 朝食の時間が終わったなら片付けをして、歯を磨くなどして……そして皆はそれぞれの仕事場へと移動を開始していく。


 ゴルディアもまた最近はイルク村のためにと働いてくれていて……ベン伯父さんやアイサやイーライ、氏族長のコルムを始めとしたアイセター氏族、サーヒィとナルバント達が、軍馬に牽かせた荷車と共にそれに続いていく。


 そんな彼らが向かうのは北の山で……そこで水源小屋作りなんかをしているらしい。


 サーヒィにモンスターが来ないか見張ってもらって、その間に小屋を建てて、ついでに氷の貯蔵庫も建てて。


 地面を掘って地下室を作って、そこに山でとってきた雪なんかを詰め込んでおくつもりのようで……ナルバント達はその地下室作りのための、特別な粘土作りも始めているそうだ。


 荒野の砂と地面を掘って出てきた粘土と、灰と石灰、メーアの毛とまさかの卵白を混ぜて粘土を作ると、水と熱を通さない特別な粘土が出来上がるらしい。


 木材で補強した地下室の壁と天井と床をそれで覆えば、石造りの貯蔵庫よりも雪の冷たさを閉じ込める事が出来て、中にしまった食材が長持ちするようになるんだそうだ。


 そんな地下室を水源小屋の側、イルク村の北側、迎賓館の辺り、そして関所の辺りに作って、山の雪を持ってきて詰め込んで……食材や山にあるという泉からとってきた氷なんかもも保存して、時期が来たらそれを隣領……エルダンの下へと売りにいく。


 迎賓館や関所の周辺にも地下室を作るのは、隣領までの運搬ルートを意識してのことだそうで……伯父さん曰く『氷の道』作りだとかなんとか。


 隣領に売りにいかないのだとしても、これから畑は大きくなっていく訳だし、森の恵みも豊作となっている訳だし、採れすぎた時の事を考えてそういう保存庫がたくさんあるのは、悪いことではないはずだ。


 秋に作物をあえて収穫せずに放置して、降ってきた雪の中に閉じ込めるみたいな保存方法もあるそうだし、雪を詰め込んだ地下室に野菜などを入れておくのも、それと似たようなものなのだろう。


 ……飢えというのは、食料が足りないというのは、その時だけでなく先々になっても苦しむことになる致命的なものだから、出来る限りのことはしておきたいものだ。


 ちなみにモンスターが現れる北の山での作業は、それなりに危険なものとなっているが……今の所、特に問題にはなっていないようだ。


 何しろゴルディアもアイサもイーライもかなり腕が立つし、ナルバント達も腕が立つ、サーヒィのおかげで不意打ちなんかの危険も回避出来て……ゴルディア達でも敵わないようなモンスターが出たなら、さっさと逃げてしまうことも出来る。


 ドラゴンでも出なければ全く問題は無く……ドラゴンが出た時には私の出番となる訳だが、今の所そういった事態も起きてはいない。


 一応ナルバント達が対ドラゴン用にあれこれと武器を作っているらしいのだが……そういった地下室作りにサーヒィ達の装備作りに、日用品作りにと忙しい毎日で完成には程遠いようだ。


 ……と、そんなことを広場で、食後の鍛錬をしながら考えていると、ちくちくとした視線が私に突き刺さるのを感じる。


 その視線はここ最近ずっと私に向けられていて……具体的に言うと迎賓館が活躍したあの日から続いてしまっている。


 その視線の主はアルナーで……あの日以来アルナーは、家事の最中だとか食事中だとか、ちょっとした暇な時間に、突き刺さるような視線を私に向けていた。


 アルナーがそうなっている理由は……恐らく、迎賓館に来たエーリングやサーシュス公爵が持ってきた婚姻話のせいなのだろう。

 

 二人の王女との婚姻という非現実的なその話は、きっぱりと断ったものだし……サーシュス公なんかは本気でも無かったようなのだが……それでもアルナーにとっては色々と思う所があったようだ。


 アルナーにとって二人の王女の名前は、すっかりと『敵の名前』みたいな認識となっていて……そしてどういうつもりなのか、私に鋭くちくちくとした……それでいてじっとりとした視線を向けてきていて、そんな視線に晒されながら鍛錬を終えた私は……一体どうしたものだろうなぁと、大きなため息を吐き出すのだった。

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