第251話 証

 

 アルナーの視線に晒されながらの鍛錬を終えて、それから私はイルク村の南……畑の更に向こうにあるナルバント達の工房へと向かった。


 いくつもの炉と魔石炉と、材料小屋や作業小屋などといった小屋がいくつも並ぶその一帯へと向かうと、ナルバントとサナトが水源小屋作りで不在の中、炉の側で一生懸命に作業を進めるオーミュンの姿があり……オーミュンに軽く挨拶をしてから、最近よく足を運んでいる作業小屋の中へと入る。


 そこにはいくつかの木の椅子と木のテーブルが並んでいて、大工道具や細工道具などなど、ナルバント達が仕事に使う道具が壁にかけてあったり、そこらに投げてあったり、木箱の中に詰め込んだりあったりとしていて……それらを借りたなら、最近領民になった皆のための、村人の証作りを開始する。


 黒ギーの骨を加工することで作るそれは、以前はユルトの中で作っていたのだが、折ったり削ったりする作業の関係で、粉やら破片やらが周辺へと飛び散ってしまい、ユルトの中を汚してしまう事があった。


 細かい粉がメーア布の中に入り込んだりして、洗っても簡単には洗い落とすことが出来ず……そういうことならば生活の場であるユルトよりも、木の粉、鉄の粉まみれの工房でやった方が良いのではないかと考えた結果、この小屋を借りるようになったという訳だ。


 私がここに来るようになるとナルバント達はわざわざ私の背丈に合わせたテーブルと椅子を用意してくれて……これがまた、なんとも良い感じに私の体に合うものだから、集中して細かい作業が出来る、とてもありがたいものとなっている。


 集中して黒ギーの骨を削り、穴を開けて紐を通し、ついでに宝石のかけらを散りばめ……これを渡すことになるセキ、サク、アオイの三人やリーエス、ビーアンネ、ヘイレセの三人、コルムを長とするアイセター氏族の面々の顔や名前を思い浮かべながら懸命に手を動かしていく。


 こうやって村人の証を送る面々の顔や名前を思い浮かべながら作業をすると、一段と気持ちが込められるというのもあるが、改めてというかなんというか、その名前と顔をしっかりと覚える良い機会になるので、一人一人しっかりと思い浮かべて……その一人一人が喜んでくれるように、手を抜くことなく丁寧に仕上げていく。


「今日もはかどっているみたいねぇ」


 そうやって作業を進めていると、炉の側での作業が一段落したのか、よく分からない鉄の塊や石を抱えたオーミュンが、そんな言葉を口にしながら小屋の中へとやってきて……それらをガラゴロと自分のテーブルの上に転がしながら言葉を続けてくる。


「ところでディアスさん、さっき工房の側でアルナーさんがじっとここのことを見ていたんだけど……何かあったの?」


 その言葉を受けてパタリと作業の手を止めた私は……ミスをしないように一旦手を止めて、深呼吸をしてからオーミュンに言葉を返す。


「……何かあったと言うか、何と言ったら良いのか、ほら、迎賓館に来た貴族達が持ってきた、婚姻話がな……」


 端切れ悪く私がそう言うとオーミュンは「ああ!」と、そう声を上げてからにっこりとした笑顔になる。


「そういうことなのね、なるほど! アルナーさんは本当に可愛らしいわねぇ。

 でもそう言うことならディアスさん、話は簡単じゃないの、結婚してあげればそれで良いんだから」


 笑顔でそんなことまで言ってきてしまって……私は凝り固まった肩を解しながら「うぅん」と唸り……ゆっくりと口を開く。


「アルナーと結婚したいという気持ちが無い訳ではないのだがなぁ……

 これから大人になっていくだろうアルナーには、大人になってからしっかりと私を見極め、判断して欲しいという気持ちもあるし……それとやっぱり立派な領主になろうと思うのなら、法律はちゃんと守らないとだからなぁ」


「ふーん、そういうものなの?

 夫婦なんてものはなってしまえば、後はどうとでもなるようなものだけど……ただまぁ、ディアスさんがそこまで考えた上で決めたことなら、それも一つの夫婦のあり方、なのかもしれないわねぇ。

 ……でもアルナーさんはアルナーさんで心配で……ああ、そういうことならディアスさん、アルナーさんに何か贈り物をしなさいな。

 婚約の証とでも言えば良いのかな? 王国にはそう言う風習って無いの?」


「あー……確か、貴族とか金持ちの中には指輪を送るという習慣があるとか、なんとか。

 指輪……指輪か、アルナーはあまり指輪をしないんだよなぁ、料理の際の邪魔になるからと。

 そうすると……アルナーが喜びそうな首飾りか、髪飾りか……それか……」


 と、そう言って私は工房の隅に立てかけられていた矢筒へと視線を向ける。

 それはアルナーが持っている矢筒のうちの一つで……一部分が割れてしまったからと、修繕をナルバントに依頼したもので、それを見た私は「ふぅむ」と唸る。


 矢筒そのものか、あるいは矢筒につける装飾品のようなものか……首飾りか髪飾りだけでなく、そういう普段遣いする品を飾り付ける何かを送っても良いのかもしれない。


 と、そんな事を考えていると、オーミュンは無言で歩き出し、小屋の奥の棚に置いてあった何かを手にし……それを私の下へと持ってきて、私の目の前のテーブルへとゴトンと置く。


「そういうことなら、これを使えば良いじゃないの。

 これを溶かして形を整えて、細工をして……ディアスさんの手作りとなればアルナーさんも喜ぶはずよ。

 手作りの婚約の証となったら、他には存在しない品になる訳だし? それを皆に見せびらかすことで自慢出来るし、安心も出来るし、変な人が出たとしても牽制も出来る訳だし……うん、ちょうど良い折に手に入ったのも、そうしなさいっていう運命に違いないわ。

 アタシの方でも手伝えることは手伝うから、その骨細工が終わり次第に始めちゃいましょうね。

 そ・れ・と……矢筒飾りなんてのは駄目よ、アルナーさんも女の子なんだから、それらしいものにしなさいよね」


 そうしてからオーミュンはそんなことを言ってきて……ぎくりと肩を震わせた後に、しっかりと頷いた私はオーミュンが持ってきたそれを、サーシュス公が持ってきた黄金の仕込み剣を、じぃっと見つめる。


 特に使いみちは無いからと、溶かして何かに加工してくれとナルバント達に渡していたもので……金貨数十枚かそれ以上の価値がありそうなもので。


 これを溶かして作ったなら、婚約の証として十分な価値のある品となることだろう。

 その上、私の手作りとなればアルナーもきっと納得してくれるはずで……そういうことならと頷いた私は……とりあえずその仕込み剣をテーブルの上に置き直してから、まずはこちらからだと、村人の証作りを再開させるのだった。

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