第236話 空中戦
サーヒィとトンボの空中戦が始まり……目で追うのも難しい激しい動きと、風を切り裂く音の中で、サーヒィは攻撃を食らわないようにと懸命に回避を続け……トンボは余裕を見せつけているかのように悠々と構えながら攻撃を繰り返し……トンボが一方的に攻撃し続けるという構図が出来上がり、サーヒィはあっという間に劣勢へと追いやられてしまう。
最初からそういう状況を作り出すことが、サーヒィを私から引き剥がすことがトンボの目的だったのか……とにかくこのままではサーヒィがやられてしまうと、私は空中戦が行われている場へと……その真下へと向かって駆けながら、投げ斧を思いっきりにぶん投げる。
「サーヒィ!!」
更にそう声を上げてサーヒィに合図を送り、サーヒィならばそれで察して避けてくれるだろうと、そんな事を考えながら駆け進み……そして投げ斧は見事に、サーヒィはもちろんとしてトンボにまでも回避されてしまって、勢いを失って地面へと落下していく。
ならばとすぐに手元に戻し、再度投げつけるがまたも回避されてしまって……二度三度と繰り返しても全く当たる気配がない。
どうやらあのトンボはただぼんやりと他の4匹がやられるのを見ていた訳ではなく、私達が4匹とどう戦うかをしっかりと観察し、私達の動きなんかを見極めていたようで……そうした上で私の攻撃への対策をしてしまっているらしく『戻し』の奇襲策さえも余裕綽々といった態度で回避されてしまう。
更にトンボは空中戦をしながら移動もし続け、私から一定の距離を取りながらのサーヒィへの攻撃を繰り返すという動きを見せて……それを嫌がった私とサーヒィが少しでも距離を取ろうとすると、今度はすかさずイルク村に向かおうとするという、なんとも嫌らしい戦い方を仕掛けてくる。
「ディアス! オレごと!!」
そんな状況を見てかサーヒィがそんなことを言ってくる。
どうやらサーヒィがトンボを押さえつけるなりするから、サーヒィごと投げ斧で斬り裂けと、そんなことを伝えてこようとしているらしい。
「駄目だ! それよりも戻しを掴め!!」
そう大声を返した私は、トンボに向けて全力で……今まで以上の力を込めて投げ斧をぶん投げる。
だが当然のようにそれは回避されてしまって……落下し始めた投げ斧をもう一度、手元に戻そうとする。
……投げ斧を戻そうとした場合、それなりの速度で戻ってきてくれるのだが、私が投げた時の速度とは全く比べ物にならない遅さとなっている。
移動速度も回転速度もどちらもゆっくりとした、私の目でも柄の動きが見える程度のもので……その程度の速度であればきっと掴めるだろうと期待しての私の一声を、しっかりと受け止めてくれたサーヒィが空中で投げ斧を掴み、掴んだ投げ斧を叩きつけてやろうとトンボへと襲いかかる。
サーヒィのクチバシも爪も中々の鋭さだが、トンボの甲殻を斬り裂ける程のものではない。
だからこそ先程の戦いでサーヒィは石を掴んでの攻撃をした訳で……だが、あの投げ斧ならば、他のトンボを見事に斬り裂いたアレであれば、クチバシや爪よりも、石よりも効果的な攻撃が出来るはずだ。
回転していない分だけ威力は落ちてしまうのだろうが、それでも甲殻に傷を付けたり、比較的脆い羽根を斬ったりは出来るはずで……トンボもあの投げ斧での攻撃はまずいと思ったのだろう、かなり大げさな挙動での回避行動を取る。
回避したならすぐにサーヒィではなく投げ斧に噛みつこうとし……そうやって投げ斧を叩き落とそうとしたらしいトンボの目的を察したサーヒィは、あっさりと投げ斧を離して飛び上がり、トンボの背中を踏み台にするような形で蹴り、その爪でもって軽くひっかく。
「はっはー! まずは一撃!!」
軽く引っ掻いただけで傷らしい傷もついていないのだろうが、それでもサーヒィはそんな勝ち誇ったような態度を取り……それを受けて怒ったらしいトンボは明らかなまでに動きを変えて、直線的な攻撃でサーヒィへと突っ込むようになり……サーヒィが落とした投げ斧を手元に戻していた私は、そんなトンボに向けてもう一度、力を込めての投擲を行う。
頭に血が上っている所になら当てられるかと思っていたのだけども、残念ながら回避されてしまい……もう一度戻しを行い、サーヒィにそれを掴んでもらう。
投げ斧を掴んだサーヒィはまるでナイフを振るうかのように投げ斧を振るい、邪魔になれば遠慮なくそこらに投げ捨て、時にはトンボへ投げつけたりし……私はそんな投げ斧を戻し、すぐに投げてまたサーヒィに掴ませる。
そうやってサーヒィとの連携攻撃をしていると、段々とトンボの動きが鈍り始め、それを見てサーヒィが大きな声を張り上げる。
「四枚羽根は随分と便利なようだが、その分だけ疲れちまうみてぇだな!!」
どうやらサーヒィの言う通りのようで、疲労がたまってきたらしいトンボはどんどんと動きを鈍らせ、私から距離を取るための移動も行わなくなり……そうしてサーヒィ達に追いつくことに成功した私は、以前トンボ達と戦った時のように戦斧をぶん回し始める。
戦斧を放り投げて、手放してしまったとしても、今はこの鎧があるのだから全く問題無い。
トンボが近接戦を仕掛けてきても、攻撃を食らうことはまず無いだろうし、篭手やブーツ、膝当てなんかでもって殴る蹴るの攻撃を行えるのだから、今はとにかくサーヒィへの援護の方を優先すべきだろう。
そういう訳でぶん回しから回転に移行した―――その時、私は回転中ではっきりと見えた訳ではないのだが、どういう訳かトンボの動きが鈍る。
そして鈍った所を見逃さずに投げ斧を持ったサーヒィが襲いかかり、トンボの甲殻の背中を激しく斬りつけ、繰り返し二度三度投げ斧を叩きつけ……そうして落下を始めたトンボに、私がぶん投げた戦斧が迫っていく。
……慌てて角度を変更したからか、戦斧で綺麗に真っ二つ……という形にはならなかった。
刃ではなく、戦斧の柄の部分が思いっきりにぶつかった形となり……潰れてしまったというか、砕けてしまったトンボの甲殻がそこら中に撒き散らされる。
戦斧を投げ終えた姿勢のまま……しばらくその状態のままで撒き散らされた甲殻を眺めていた私は……やってしまったなぁと、そんなことを考えながら体勢を立て直し……兜と篭手を脱いでそこらにガランと投げて、汗まみれとなった顔を手で拭い、これまた汗でぐっしょりと濡れた髪の毛を繰り返し手で払い……そうしてから「ふぅ」とため息を吐き出す。
私がそうこうしていると、投げ斧を持ったままのサーヒィがこちらにやってきて……私の手元に投げ斧を落としてから、私が投げた兜の上にちょこんと着地する。
「……いやー、まさか一撃ももらうことなく勝てるとはな。
最後はちょっとだけ締まらない感じだったが、中々の連携だったな!」
兜の上に着地し、大きく翼を広げ……激しい戦いで乱れた翼を、そのクチバシでもってちょいちょいと手入れしながらサーヒィがそんなことを言ってくる。
「ああ、うん……お疲れ様。
最後の一匹がなぁ……まさか粉々になってしまうとはなぁ。
せっかくの素材とか魔石とか……色々台無しになってしまったな」
私がそう返すとサーヒィは、半目になってから言葉を返してくる。
「……素材どうこうよりもまず、ドラゴン相手に無傷で勝てたことを喜んだらどうなんだ……?
まぁ、確かに最後のあれはウィンドドラゴンの中でも特別に大きかったから残念がる気持ちは分かるけどな……。
……っていうか、あれだよ! そんなことよりもだよ!! 最後のあれってさ、オレが狩ったっていっても過言じゃないよな?
これでオレ、胸張ってアイツらと結婚できるんじゃねぇかな!!」
言葉の途中で気分が盛り上がってきたのか、半目になっていた目を大きく見開きながらそう言ってくるサーヒィに、私はこくりと頷く。
私の戦斧が当たる前の段階で既に、トンボは落下を始めていて……もしかしたらあの段階で既に命が尽きていたかもしれない。
もし命が尽きていなかったとしても、落下したトンボにトドメを刺すくらいのことはサーヒィでも出来たはずで……サーヒィが狩ったといって過言では無いだろう。
そんなことを考えての私の肯定を受けてサーヒィは……目元を綻ばせて、クチバシを大きく開けての、鷹人族らしい満面の笑みを見せてくるのだった。
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