第230話 若木の前で誓いを


 馬達を前にして悩みに悩んだクラウスだったが、最終的にはカニスからの、


『アルナー様が選び抜いた馬達なんですから、悩むまでもなく皆が皆、優秀な馬に決まってるでしょう!』


 との、一言を受けて『確かにその通りだ!』と納得したようで、そこからは驚く程にあっさりと4頭を選び出した。


 その選び方は体が大きい順に4頭という至極単純な方法で……その4頭の馬達を厩舎へと連れていったクラウスは、今度はそれぞれにどんな名前を付けようかと悩みだし、カニスがそれに対し目を吊り上げ……私達はそんな光景が広がる関所をそっと後にし、残り4頭の軍馬達をコルム達に任せて、私とエリーがそれぞれの馬車の御者をする形で森の中の道を進み……そうして久しぶりの草原へと帰還したのだった。


 久しぶりと言ってもほんの数日離れていただけのことなのだが、それでも草原の光景と爽やかな風と、むせ返る程の若草の香りがなんとも懐かしい気分にさせてくれて……それは馬車の中でゆったりとしているアルナー達も同様のようで、まるで生まれ故郷に帰ってきたかのような安堵感を皆で味わいながら、イルク村への道中をゆっくりと進んでいく。


 そうしてある程度進むと、見回りをしていた犬人族達が草の中からちょこんと顔を出し、歓声を上げて遠吠えを上げて……それに続く形でばっさばっさと大きな羽音が響いてきたかと思ったら、何者かが馬車の幌の上に降り立ち……そこからもう一度羽ばたいてこちらにやってきて、私がくいと上げた右腕に器用に掴まって、一言、


「おかえり!」


 と、そう声をかけてくる。


 鷹人族のサーヒィのその一言に私が「ただいま」と返すと、馬車の中から顔を出したセナイとアイハンも『ただいま!』と異口同音に声を上げ……『メァーメァー』とフランシス達もが声を上げる。


 そのすぐ後に小さくではあるがイルク村が見えてきて、その光景を見たセナイとアイハンはすっかりと元気を取り戻し、懐郷病なんてまるで無かったかのようにわーきゃーと力いっぱいに騒ぎ始めて……イルク村に到着し、馬車の速度が緩むなり二人は荷台から飛び出して、イルク村の中を駆け回って……犬人族達やマヤ婆さんの下へと駆けていって、挨拶をしたりぎゅっと抱きついたりしていく。


 そんな光景にほっと安堵しながら私達は、馬車を倉庫の側に止めるなり、動き出し……ここまで頑張ってくれた馬達の世話や、荷物の運び出しや、コルム達のことを皆に紹介したり、コルム達のユルトを用意したりと……村の皆の手を借りながら、まずはすべきことを済ませてしまおうと、行動を開始する。


 そうやって休む暇もなく動き回っていると、今日も工房で頑張っていたらしいナルバントが挨拶をしにわざわざやってきてくれて、私は倉庫側で待機してくれている軍馬達の側へとナルバントを連れていき……軍馬達の鼻筋をそっと撫でながら軍馬達についての説明をし始める。


「この軍馬達はイルク村全体で使う、ということになっているのだが……私達にはベイヤース達がいるからな、ナルバント達に使ってもらおうと考えている。

 資材の運搬やメーアワゴンの運用などなど、色々と役立つ場面も多いと思うから、遠慮せずに使ってやってくれ。

 この軍馬達の厩舎に関しては、クラウスの下で働いてくれている職人達に木材の切り出しや簡単な加工を頼んであって……追々こちらに運ばれてくるだろうから、最終的な組み立てとかは、ナルバント達に任せたいと思うのだが構わないか?」


 するとナルバントは目を丸くして驚いてから……にっこりと微笑んで言葉を返してくる。


「こいつはまた……まさかこんな立派な軍馬を任されるとはのう、驚くやらありがたいやら、言葉もないわい。

 ……だがまぁ、オラ共のために用意してくれたってんなら、オラ共が世話をするのは道理だからのう、厩舎に関してもこの後の世話に関しても、任せてもらって構わんぞ」


「ああ、頼むよ。

 あそこにいる新しく領民となったアイセター氏族の犬人族達が、軍馬を含めた馬全般の世話が得意だそうだから、彼らの力を借りながら上手くやってほしい。

 それと一頭だけ少し問題のある……暴れてしまった馬がいるんだが、その世話もアイセター氏族の方でやってくれるそうだ」


「おうおう、新しい領民まで連れてきおったか、ただの旅行かと思えば全く、こんなにもたくさんの土産を持って帰ってくるとはのう。

 ……しかしまぁ、随分と早い帰りだったが、何か問題事でもあったのかのう?」


 その言葉を受けて「あー……」と声を上げた私が、セナイ達の懐郷病のことを説明していくと……ナルバントは半目になって、髭をわさっと撫でてから、


「しかしその様子だと、問題事はそれだけじゃぁないんじゃろう?」


 と、そんな言葉をかけてくる。


 それは年長者としての勘によるものだったのか、それとも私の表情を読んでのものだったのか……どちらにせよ、もう一つ大きな問題が残っていることを見事に言い当てていて、私はなんと返したものかと渋い表情をする。


 するとナルバントはもう一度撫でて……口元から髭の先までをしっかりと丁寧に撫で下ろしてから、不出来な子供をたしなめているかのような態度で言葉を続けてくる。


「ま、お主ならそう心配せんでも問題ないじゃろう。

 下手な小細工はせんで真っ直ぐに向かい合えばそれで良いはずじゃから、さっさとあの子達と話し合ってこんかい。

 そんな風にいつまでもそんなシケた面をしておると、いずれはあの子達に勘付かれてしまうぞ」


 その言葉はまるで私の心の中を見透かしているかのようで、参ったなと頭をひと掻きした私は、広場の方へと足を進めていく。


 その途中でアルナーに声をかけて外に敷く用の敷物を借りて、エイマにも「これから話をするから一緒にきてくれ」と声をかけてその力を借りて……そうしてから広場のセナイ達の畑の前に、話し合いのための場を整える。


 敷物を敷いて、トレイを置いて、アルナーが用意してくれた紅茶用のポットと茶器をそこに置き、ついでにクルミを入れた器も用意し……そうしてから大きな声でセナイとアイハンのことを呼ぶ。


 するとすぐにセナイとアイハンが『なーにー!』と元気な声を上げながら駆けてきて……敷物の上にどっしりと座った私は、私の前に座るようにと仕草で二人に指示を出す。


 するとセナイとアイハンはちょこんと敷物の上に座って……私と私の頭の上にいるエイマのことを交互に見て、わざわざこんな場を用意してまで何をするつもりなのか? と、小首を傾げてくる。


 そんな二人のことをじぃっと見つめた私は……小さな咳払いをし覚悟を決めてから二人についての……森人の秘密についての話を切り出す。


「セナイ、アイハン……落ち着いて聞いて欲しいのだが、旅行中に私は、私の友人から二人の力のことを聞いてしまったんだ。

 二人がどんな力を持っているのか、どんな種族なのか……そしてその力のことを秘密にしておかないといけない理由についても、だ。

 そしてその時たまたま同席していたエイマからも、詳しい事情を聞いてな……それで今日はそのことについての話を二人としたいと思うんだ」


 出来るだけ優しく、ゆっくりと……驚きの感情に包まれているだろう、二人にも分かるように語りかけていく。

 

 するとセナイとアイハンは驚き、困惑し……どうしたら良いのか分からないという、分からなさすぎて今の状況が怖いという怯えた表情で私やエイマや……畑の若木のことを何度も見やる。


「セナイとアイハンに凄い力があることを聞いたし、それを秘密にしておかないといけないという、セナイとアイハンの両親との約束のことも聞いた……その力の凄さを思えばそれも当然のことだろう。

 だがそこら辺のことを知らない私の友人はついうっかりというか、一切の悪意なく私にそのことを教えてくれて……これに関しては事故のようなもので、誰が悪いとかそういうことでは無いと思うんだ。

 だから当然セナイとアイハンが悪い訳ではないし、二人が約束を破ったことにもならないと思うし、きっと二人の両親もこのことを怒ったりはしないと思うんだ。

 だがそれでもセナイ達はきっと不安に思うだろうから……まず、ここで私はセナイとアイハンに誓いを立てようと思う。

 その力を決して利用したりしないし、誰かに話したりもしない、エイマがそうしたように、一緒にその約束とセナイ達のことを守っていくと……そういう誓いをだ。

 これまでサンジーバニーを二人に任せてきたように、その力についても二人に任せて……二人が使いたい時にだけ使えば良い、私は一切の干渉をしないと誓う。

 ……どうだ? この私の誓いを受けてくれるか?」

 

 困惑し泣きそうな顔になる二人に……私は畳み掛けるように言葉を続ける。


 二人が泣き出したりこの場から逃げ出したりする前に、まずは二人を落ち着かせようとそうした言葉を投げかけ……それからそっと手を差し出し、セナイとアイハンに誓いの握手を求める。


 実際の所、私は二人の力を利用する気など全くないし、それを誰かに知らせるつもりもない。

 これまでこっそり使っていたというのならこれからもそうしたら良いし……両親との約束を守りたいという気持ちはよく分かるので、これからも守り続けたら良いと思う。


 そのために協力できることはしたいし、そのために苦労をしたとしてもそれがセナイ達のためになるなら全く苦にもならないし……この思いに嘘偽りは微塵もない。


 私の顔に考えていることが出るというのなら、いくらでも出してやるし、何ならアルナーを呼んで魂鑑定をしてもらっても良い。


 そんな想いを込めての視線をどう受け止めたのか……今にも泣きそうな表情をしていたセナイとアイハンは、ぐしぐしとその手で目元を拭って表情を引き締めて……そうしてから差し出された私の手を、二人の小さな両手でしっかりと包んでくれる。


「……私の誓いを受け入れてくれてありがとう。

 これから死ぬまでの間、私はセナイとアイハンのためにこの誓いを守っていくよ」


 そんな二人に対しそう声をかけると……セナイとアイハンは力強くこくんと頷き……そうしながらも不安そうな……まだまだ晴れきっていない暗い表情をする。


 セナイとアイハンは恐らく……私の言葉を疑ってはいないのだろう。

 私がこの誓いを本気で守ってくれると、そう信じてくれているのだろう。


 だからこそ手を取ってくれた訳で、力強く頷いてくれた訳で……。

 だがそれはそれとして、両親との約束を破ってしまったような、そんな形になってしまったことが不安で仕方ないのだろう。


 二人が何かしたとか、落ち度があってそうなってしまった訳ではないのだが、それでも両親に申し訳ない気持ちがあるのだろう……。


 私はそんなことを思って暗い表情をしているらしいセナイとアイハンの手をしっかりと握り……そうしてからエイマから聞かされた、セナイ達の両親の魂というか、心が宿っているらしい若木に向けて、ゆっくりと口を開き、声をかけるのだった。

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