第229話 関所に到着し
私達の馬車やエリー達の馬車や、カマロッツ達の馬車に分乗する形となったアイセター氏族の面々と言葉を交わし、イルク村のことを説明し、新生活にあたっての疑問に答えたり、こうして欲しいこんな物が欲しいという要望を聞き取ったりしていると……馬車の中で俯きながらメーアの六つ子達をぎゅぅっと抱きしめていたセナイとアイハンが、その耳をピクピクと動かし、鼻をすんすんと鳴らし……そうしたかと思えば顔を上げて、馬車の前方、幌の隙間から見える道の向こうへと視線をやる。
するとそこには大きく広がる森の姿があり、森から様々な音や香りが漂ってきていて……大好きな森の空気に触れられたことが嬉しいのか、セナイとアイハンの表情が目に見えて明るくなる。
大好きな森がもうすぐそこまで迫ってきていて、そこを抜ければ草原が、イルク村が待っていて……後少しで皆の所に帰れると思ったことにより心の中で渦巻いていた不安が少しは薄らいだらしい。
そうしていくらかの元気を取り戻したセナイ達がソワソワとして落ち着かなくなる中、馬車が森の中へと入り、切り開かれた森の中を進み……森の匂いと湿気が段々と濃くなっていく。
枝葉がこすれる音、虫の声、鳥のさえずり、森の中を流れる小川のせせらぎ、正体不明の何者かの声、その何者かが何かをしている謎の音。
そうした森の中独特の賑やかさが支配する中を通り抜けていくと、正面に関所が見えてきて……見張りをしていた犬人族達や、出稼ぎとして働いてくれている隣領の人々が様々な反応を示す中、馬車がゆっくりと速度を落としていく。
速度を落としながら開かれた関所の門を通り抜けていって、その向こうにある一帯……クラウス達のユルトや小屋や井戸のある場所へと進んでいって。
そうして馬車を停めたなら、クラウス達が駆け寄ってきたり、アイセター氏族達が馬達の世話をしようとして駆け出したり……セナイ達が犬人族の下へと向かって駆け出したりと、一気に周辺が騒がしくなる。
六つ子達を馬車の中に解放してから犬人族達の下へと駆けていったセナイ達は、きょとんとする犬人族達のことをぎゅうっと抱き締めて……そんなセナイ達のことを犬人族達はきょとんとしながらも抱き締め返して……そうしてセナイ達が何らかの理由で悲しんでいるということに気付いたらしい一人の犬人族が細い遠吠えを上げると、それに反応した関所中の犬人族達がセナイと達の下へと駆け寄り、皆で一斉に抱きついて……大きな毛玉というか、蠢く塊というか、セナイ達の姿が見えなくなってしまう程の何かがその場に出来上がる。
「ディアス様、随分とお早いお帰りですが……何かあったんですか?」
その光景をちらちらと見やりながら駆け寄ってきたクラウスがそう声をかけてきて……私はエイマを頭に乗せて、フランシス達とコルム達を伴いながら馬車を降り、背筋を伸ばしながら言葉を返す。
「セナイ達が懐郷病にかかってしまってな……エルダンとは十分に話せたし、大体の目的は果たせたし、良い頃合いだろうと言うことで戻ってきたんだ」
「なるほど、そういうことですか。
では、馬達を休ませ次第にイルク村に向かった方が良いかもですね」
懐郷病の一言で大体のことを察したクラウスがそう返してきて……しっかりと頷いてから私はコルム達のことを紹介していく。
クラウスは突然のことに驚きながらも、領民が増えたことを喜び、歓迎してくれて……そうして自己紹介やら挨拶やらで辺りが賑やかになっていき……一通りの挨拶が終わった頃に、カマロッツと共にいつのまにかカマロッツ達の方へと向かっていたらしいアルナーが、こちらへとやってきて……カマロッツが別れの挨拶をし始める。
ここまでの見送りと軍馬の輸送をしてくれたカマロッツ達だが、ここから先……メーアバダル領の中まで見送る必要は無く、軍馬の輸送もクラウス達やコルム達の手を借りればなんとでもなるのでこちらも必要も無く、ここでお別れということになる。
「色々とありがとう、本当に助かったよ、またいつでも遊びにきてくれ」
と、私がカマロッツにそんな言葉をかけていると、アルナーはカマロッツの部下達の手を借りながら引いていた8頭の軍馬の手綱をぐいと持ち上げてみせて……まさかの軍馬の登場に驚いているクラウスへと声をかける。
「クラウス、この軍馬のうち4頭を預けるから自由に使ってくれ。
どの4頭が良いかは選んでくれて構わないぞ」
なんともあっさりと必要なことだけを伝えるその言葉を受けて……すぐにその意味を理解出来なかったらしいクラウスは口を開いてぽかんとする。
しばらくぽかんとし続けてから、私の方を見てアルナーの方を見て、アルナーが手綱を引いている軍馬達を見やる。
精悍な顔つきで堂々としていて、今すぐにでも戦場に行けそうなくらいに気合の入っている佇まいで……そんな軍馬を4頭、自由にして良いと言われたクラウスは、拳を握り、大きく息を吸って大きく胸を膨らませて……、
「ありがとうございますっ!!」
と、吸ったばかりの息が胸の中で弾けたのかと思うような、大きく鋭く勢いのある声を吐き出してから軍馬達の下へと駆け寄り、一頭一頭じっくりと眺めて吟味をしていく。
軍馬は高価なもので、ものによっては一頭で立派な家が建つ程の値がつくこともあるそうだ。
それを4頭も好きにして良いと言われれば、その喜びようも仕方のないものなのだろう。
正確なことを言えばクラウス個人の所有物ではなく、この関所で運用していく、関所の皆のもの……という感じではあるのだが、その関所の主がクラウスなのだから、まぁ実質的にはクラウスのものと言えなくもないのだろう。
たったの4頭でも居ると居ないとでは大違いで、イルク村との行き来は当然のこと、その威圧感で良からぬことを企む者達を威圧出来るし、いざ戦闘となれば大きな戦力となるのだろうし、関所の設営に関しても物資の運搬や切り株やら邪魔なものの撤去などなど、馬が役立つ場面は数え切れない程にあり……クラウス達の日々の生活や仕事も、これでうんと楽になってくれるはずだ。
訓練された軍馬ということで扱いや世話に気をつける部分もあるが、そこら辺に関しては王国兵だったクラウスならば何の問題もないはずだ。
そうやってクラウスが吟味を進める中、カマロッツ達が帰還していき……セナイ達を慰めていたというか、温めていたというか、ただ一塊になって遊んでいたというか、そんなことをしていた犬人族達が私の下に挨拶に来たり、クラウスと一緒に軍馬を眺めたりとし始めて……エルダンの下で面識があったらしい何人かの犬人族達とコルムが挨拶を交わし談笑をし始める。
犬人族達に元気付けられはしたものの、まだまだ寂しさが残っているというか……尚の事イルク村への想いが強くなったというか。
だからこそ少しでも早くイルク村に早く帰りたいとの想いを込めたなんとも複雑な表情を浮かべていて……私はそんな二人に苦笑しながら膝を折ってしゃがみ込み、
、
「もう少しだけ我慢してくれ、馬達を休ませてあげないといけないからな」
と、そんな声をかけながら二人の頭を撫でて……撫でてあげながら犬人族の体毛を払っていく。
するとセナイ達は『我慢出来るよ』とでも言いたげな強がっているような笑顔を見せてきて、それを受けて私が苦笑していると……小屋の中で何か作業をしていたらしいカニスがこちらへやってきて、顔見知りであるらしいコルムに簡単な挨拶をしてから、未だに悩み続けているクラウスの方へと向かっていって……そうしてクラウスのことを『他にも仕事があるのだから早く決めなさい』とそんなことを言いたげな笑みでもって、じぃっと見やる。
愛妻のそんな笑みを一身に受けることになったクラウスは、体を強張らせ冷や汗を流しながらも、それでもじっくりと軍馬を選びたいという気持ちが強いのか……カニスの笑みを受け流しながら軍馬のことを見やり、出来るだけカニスの方を見ないようにし……無言ながら懸命の抵抗を見せるのだった。
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