第214話 食事と贈り物


 それから私達は一旦それぞれの部屋へと戻り……休憩しながら食事が完成するのを待ち、それなりの時間が経ってからやってきた職員に従って、いくつもの篝火が並ぶ中庭を通り、食堂へと向かう。


 食堂は客室二つ分か三つ分くらいの広い空間を使って特別に大きく作られていて……その中央にはいくつもの椅子が並ぶ随分と立派な石造りのテーブルがあり、テーブルの上にはこれまた立派な作りの燭台や花瓶が並んでいて、花瓶には綺麗な花が飾られていて……思わず目を奪われる光景が広がっていた。


「この辺りでは絨毯の上に腰を下ろして食事をすることが多いのですが、隊商宿は他所からのお客様がいらっしゃる場所ですので、王国東部の様式を意識して作られているのです。

 明日向かう街、メラーンガルの宿や酒場もまたそういった様式になっていることが多いのですが、中心街から少し外れると絨毯席や立ち食い席が当たり前になっておりますので、もしそちらに足を運ぶことばあればご注意ください」


 食堂の入り口側に立ちながら私達を待っていたらしいカマロッツによるそんな説明を受けた私達は、カマロッツに案内されるままに、私、アルナー、セナイとアイハン、エイマ、エリーとセキ達という順に並べられた席につき……フランシス達もわざわざ用意してくれたらしい、私達の席のすぐ側に敷かれたふかふかの絨毯の上へと案内され、そこにゆっくりと四本の足を畳んで座る。


 するとすぐにネハがホカホカと湯気を上げる大きな鍋を持ってきてくれて……テーブルの中央にそれをドカンと置き、置くなり職員が持ってきた食器にその両手と鼻を駆使しての盛り付けをし始める。


 それは見ていると落ち着かないというかなんというか……慌ただしさを感じてしまう光景だった。

 両腕がそれぞれに激しく動く中、鼻もまるで腕のように激しく器用に動き……大きな木匙やフォークをクルリと巻き取るようにして掴んで、驚く程の早さで盛り付けを済ませていく。


 腕より長く力強く、関節が無いのか柔軟に動き回り……その動きを目で追っていると目を回してしまいそうになる程だ。


 私達全員分の食事を用意するなら普通はもっと多くの時間が必要になるものだが……なるほど、恐らくは料理もあの鼻を上手く使って、二本の腕しか使えない私達には出来ない速度での調理を行ってみせたのだろう。


「今日はお野菜とお肉の果物煮にさせていただきました。

 種油、はちみつ、木瓜、リンゴ、杏、ぶどうにすっぱい柑橘を使って煮込みソースを作って、振りかけた香辛料は私が調合した特別製。

 お水は少なめにしてお肉とお野菜の水分を使う形で美味しく煮込んでありますよ。

 もう少しでパンも用意できますから、パンは煮込みソースに浸けると美味しいですよ

 さぁさぁ、召し上がってくださいな」


 盛り付けを終えるなりネハは、笑顔でそう言ってきて……笑顔のまま、早く食べて感想を聞かせてくださいとばかりに、私達のことをじぃっと見つめてくる。


 ネハが盛り付けを行う間に、エイマ用の木の実の盛り合わせやフランシス達用の飼い葉なども職員達の手で用意がされていて……私達はネハや職員に礼を言ってから食事を始める。


「おお、美味いな、これ。

 香辛料が多い割に辛くはないし……ソースも甘さと酸っぱさが丁度良い感じだ」


「確かに美味いな……。

 そうか、香辛料にはこういう使い方もあるのか」


 一口食べた私とアルナーがそう感想を述べると……辛いものが苦手なせいか香辛料たっぷりの料理を警戒していたセナイとアイハンも食事に手を出し始めて……満面の笑みで「美味しい!」「おいしい!」との声を上げる。


 エイマも続いて「美味しいです」と声を上げ、フランシス達もまた「メァー!」「ミァー!」と声を上げながら美味しそうに食事をし、エリーは静かに上品に食事をし……セキ達は感想を口にする暇もなく激しく手と口を動かし料理を腹の中へと送り込んでいる。


 そんな光景を見て今日一番の笑顔になったネハは、食堂に隣接する形で作られた調理場との往復をし始め、白く平たいパンや果実水や……望む者には果実酒などを用意してくれて……自らは食事に口をつけることなく、ただ私達の世話をし続けてくれる。


 その姿はなんというか……私の母が幼い頃の私にしてくれたようであった。


 母とネハは顔も体格も似ても似つかないというか、似ている所なんて一つも無いのではないかというくらいに別人なのだが、それでも何処か母の面影を感じさせるものがあり……私がなんとも言えない気分に包まれていると、アルナーやセナイ達も似たような想いを抱いているのだろう、食事がある程度済んだ所で、なんとも言えない視線を思わずといった様子でネハへと向け始める。


 するとネハはにっこりと優しげに微笑んで……そうしてから今度は調理場ではなく、食堂の外へと無言で向かい……中庭、というかそこに停めた馬車へと向かったらしいネハは、そこから大きな木箱を持ち帰ってくる。


 それは宝石が散りばめられ、大きな錠前がかけられた、いかにも大切なものをしまっていますと言わんばかりの木箱で、あちこちに鉄材での補強がなされていて、無理矢理に開けようと思ったら戦斧での一撃が必要になりそうな程に頑丈に作られていた。


「こちらは今日という特別な日をいつまでも覚えていて頂けるようにと、用意させていただいた記念品になります。

 と、言っても幼い頃の坊やと一緒に水浴びにいった湖で拾ったものなんですけども……それでもきっとディアス様ならばこれを上手く使いこなしてくれるはずと思って用意させていただきました。

 ……あ、勿論坊やには許可を取ってありますからご安心くださいな。

 特にカマロッツ! なんですかその顔は! アタクシだってそのくらいの配慮はできるのですよ!!」


 一体どんな顔をしていたのか、私達の背後で……フランシス達の側で控えていたカマロッツのことを睨みながらそんなことを言ったネハは、私のすぐ側までやってきて……その鼻で器用に錠前に鍵を差し込み、木箱の蓋を開く。


 するとその中には、黄金色のナイフのような大きさの斧が入っていた。


 手斧……なのだろうが、薄く板のような柄は弧を描くように曲がっていて、柄と同じくらいに薄い刃の部分も独特の形をしていて、刃の上部分だけが妙に突き上がっていて……まるで斧全体でいびつな円を描こうとしているかのようだ。


 更に刃にはどういうつもりなのか三つの穴が開けられていて……柄の表と裏には口を大きく開けて吠えている獣……縞模様の猫のような意匠が施されている。


「そちらの意匠はトラという名の猛獣になりますわ。

 独特の形をしていて、穴が空いているのは恐らく投げて使うため……なのでしょうけども、坊やは勿論、アタクシにもカマロッツにも上手く投げることは出来ませんでした。

 ですがきっと……ディアス様であればこれを使いこなすことが出来るはずです」


 そう言ってネハは、くいとその箱を持ち上げて、その斧を手に取るようにと促してくる。


 促されるままに斧を手に取った私は、もう何度目になるのか、あの独特の……戦斧を持った時の、すっかりと慣れ親しんだ違和感を覚えて「あっ」と声を上げる。


 するとすぐさま隣の席のアルナーが私の肩をぐいと掴んでくる。


「ディアス、ここでは駄目だ……! 室内では駄目だ……!

 またあの杖みたいに火を吹いたりしたら大事だぞ!!」


 私が声を上げた理由をすぐさま察したらしいアルナーは、火付け杖のことを思い出したのかそんなことを言ってきて……私は緊張で体を固くしながらこくりと頷き、手にした斧に力を込めないように気をつける。


 そんな中、セナイとアイハンはアルナーの「あの杖みたいに」という単語で大体のことを察したようで、ワクワクとした表情を浮かべている。


 エイマとエリーもなんとなく事態を飲み込んだようで、私にやらかすなよと言わんばかりの視線を送ってきていて……そこら辺の事情を知らないセキ達は首を傾げながらぽかんとした表情をこちらに向けてきている。


 そうしてなんとも言えない緊張感が食堂を包み込む中……フランソワが半目で「メァーメァメァ、メァンメァーン」と声を上げてくる。


 それは『それが何なのか分からないままでいるよりも、さっさと試したほうが良いでしょう、表に出て試してきなさいな』と言っているようで……私はこくりと頷き、ネハに「使い心地を試してくる」とそう言ってから、食堂の外へと向かう。


 するとアルナーやセナイとアイハンとエイマ……フランシス達を除いたほぼ全員が私の後を追いかけてきて……そうして隊商宿の中庭の中央に立った私へと視線を向けてくる。


 興味津々というかなんというか……歩廊に立っていた見張り達までが何事だと私に視線を向けてくる中、私はその斧を掲げていつものように力を込めてみる。


 ……が、何も起こらなかった。

 いや、刃がきらりと光ったような気がしたのだが……ただそれだけだった。


 火を吹くこともなく、戦斧のように修復を行ったという感じでもない。


 アルナーが魔力を込めてないからだろうか? と、そんなことを思ったが……そもそもの使い方を間違っているような、そんな違和感が斧から伝わってくる。


 少しの間、斧のことをじぃっと見つめて……そうしてからネハのこれは投げて使うものだとの言葉を思い出した私は……歩廊に立つ見張りやアルナー達に当たったりしないよう、その斧を誰も居ない方向の空へと向かって、力を込めることなく軽く投げてみる。


 すると斧は月の光や篝火の灯りを反射して輝きながらクルクルと、綺麗な円を描きながら飛んでいって……まさかのまさか、円を描きながらこちらに戻ってくる。


「んんん!?」


 そんな声を上げて驚きながら私は戻ってきた斧を……手を伸ばして掴み取ってしまう。


 回転する刃に手を伸ばすなど、我ながらなんて危ないことをしたのだろうかと呆れるが……そこまでの速度で回転していた訳ではないし、篝火が多いおかげかはっきりと柄の動きは見えていたし、こちらに向かって飛んでくる何本もの矢を掴み取るよりは楽だろうと、ついついそんなことを思ってしまったのだ。


 掴み取ったなら今度は力いっぱいに斧を投げてみて……それでも当然のように斧は戻ってくる。


 二度三度と投げても一緒で……ふと思い立った私は、中庭の地面に向かって……斧が突き刺さっても問題ないだろう、土がむき出しになっている一帯へと狙いをつけて斧を投げてみる。


 すると斧は当然だが地面に突き刺さり、そこで一旦動きを止めて……なんとなしに私が戻ってこいと念じると、一体どんな仕組みになっているのか斧が回転しながらこちらに戻ってくる。


 そんな光景を受けて……投げた勢いのまま戻ってくるのとは話が全く違う、とんでもない光景を見てしまって、私達は勿論のこと、カマロッツや見張り達までがどよめく中……ただ一人、満足げに頷いたネハは、


「それでこそディアス様……流石は救国の英雄ですね」


 と、そんな言葉を口にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る