第200話 待ちに待った春風


 数日後、吹雪が去るとアルナーが言っていた通りに寒さが緩み、太陽が強く照るようになり……春が近づいてきていることを実感出来るようになってきた。

 

 まだまだ雪は残っているが、その表面は見て分かる程に融け始めていて……数日もしないうちに融け切ることだろう。


 そして暖かくなったのを受けてか、皆の動きが活発になっていって……特に子供達はもう春になったかのような気分で元気に外を駆け回っている。


 セナイとアイハンを先頭に、犬人族の子供達の年長組がそれに続き、次に秋に生まれたばかりの年少組が続き、最後にメーアの六つ子達が続き。


 年少組もメーア達も、段々と言葉が達者になってきたのもあって、今まで出来なかったような少し難しいというか、複雑な遊びも出来るようになって……今はとにかく遊ぶことが楽しくて仕方ないというか、持てる体力の全てを遊びに回したいと、そんなことを思っているかのようだ。


 そんな子供達に刺激を受けてか、冬の終わりを感じ取ってか大人達の動きも活発になり……色々なことが順調に進み始めている。


 まずクラウス達の関所は、一応の形が出来上がりつつあるようだ。


 関所で働く者達が休むための小屋を建て、大きな門を作り……門の前に領に入ることを望む者を取り調べるための、馬車の荷物を検めるための場を作り、そこを覆う屋根を作り。


 まだまだ立派な関所とは言えない仮設のものだが、関所としての役割をこなせる形までは出来上がったようだ。


 エイマ達が進めていた荒野の地図に関しても無事に完成したらしい。

 同じ内容の地図を二つ作って、一つは領地獲得の報告のために王都に送られ、一つは私達が保管する。


 これであの荒野は正式に私達の領地ということになり……後は岩塩の採取小屋を建てたり、領地であることを主張する立て札などを立てたりしたらとりあえずの作業は終わりということになるそうだ。


 これからは定期的に犬人族達が岩塩採取ついでの見回りを行い、折を見てアルナーが生命感知の魔法を仕掛けるなどをして、あの辺りをしっかりと守っていくことになる。


 そしてナルバント達の鎧作りは……まぁ、それなりに順調に進んではいるらしい。

 ただ加工が難しいというかなんというか、あのよく分からない石を混ぜ込んだ鉄はナルバント達曰く『ひどく頑固』なんだそうで……完成まではもう少しの時間が必要となるそうだ。


 それでも春になる頃には出来上がるんだそうで……無事に完成したら、ナルバント達の頑張りを労うためにちょっとした宴を開くのも良いかもしれない。


 私が中心になって進めていた厠を新設するための準備も順調に進んでいて、後は雪が融け切るのを待つばかりだ。


 私の貴族に関する勉強と、アルナーの魔法に関する勉強も順調に進んでいて……新顔のメーア達もすっかりとイルク村に馴染んでいるし、多少の発熱程度の騒ぎはあったものの、誰かが病気らしい病気になることもなく冬を越えられたし……何もかもが順調で、憂いなく春を迎えることが出来そうだ。


 ……まぁ、それでもあえて気になっていることを一つだけ上げるとしたら、それはサーヒィ達のことだろうか。


 サーヒィとサーヒィの3人の妻達……。

 鷹人族の巣とイルク村を行き来しながらの出稼ぎをしていて……そうしながらサーヒィとの愛を育んでいる妻達だったのだが、サーヒィはどうにも気後れしてしまっているというか、未だに結婚生活に馴染みきれていないらしい。


 サーヒィの妻であるリーエスもビーアンネもヘイレセも、サーヒィのことを好いていて猛アピールしているのだが、サーヒィはまだまだ自分は3人に相応しくないと……3人の妻を支える夫として相応しくないと考えているようだ。


 狩りをしても3人には勝てず、巣で待っている家族のためにと張り切る3人程の意欲は持てず……。


 妻達としてはイルク村という新たな仕事場を……安定して食料を支払ってくれる場を用意してくれただけで十分と考えているようだが、サーヒィ自身はそうは思えずに、サーヒィなりに苦悩しているらしい。


 私達からすると地図作りやら見回りやら、サーヒィは十分に頑張ってくれていて、役に立ってくれているのだがなぁ。


 ……まぁ、ここら辺はゆっくりと時間をかけて解決する……春になってから解決することになる課題という感じだろうか。


 そのことを不安に思っているらしい3人の妻達とアルナーがあれこれと相談をしている所をよく見かけるし……私の方でも折を見てサーヒィに協力してやるというか、相談相手になってやるとしよう。


 この件に関してはお互い嫌い合ってのことではなく、好き合っているからこその悩みのようなので、時間をかけさえすれば問題なく解決してくれるはずだ。


 ……と、そんなことを考えながら厠用の資材の最終確認を倉庫でしていると、そこに犬人族達の子供達……年少組が駆け込んでくる。


 その目をきらきらと輝かせ、尻尾をぶんぶんと振り回し……ハッハハッハと荒く息を吐き、もっと楽しいことはないか、もっと楽しい遊びはないかと周囲を忙しなく見回している。


 そんな年少組の様子を見て私は、作業を中断し、側へと近寄り……膝を折ってしゃがみ込みながら声をかける。


「こらこら、倉庫は遊び場ではないと何度も言っただろう?

 ここには危険なものも多いから、こんな所で遊ぶととっても痛い怪我をしてしまうぞ?

 遊ぶなら外で……セナイとアイハンと一緒に、二人が見ている所にしなさい。

 二人の言うことを聞いて楽しく遊んだなら、美味しいご飯と暖かい寝床が皆を待っているぞ」


 すると年少組は私に叱られてしまったと思ったのだろう、耳と尻尾を垂れてしょんぼりとし始めてしまう。


「ああ、違う違う、皆を叱った訳ではないんだ。

 遊ぶなら危なくない場所で、何の遠慮もしなくて良い場所で元気いっぱいに遊んで欲しいだけなんだ」


 そう言って一人一人その頭を撫でてやると、年少組は先程までの落ち込みようは何処へやら、目を輝かせながら尻尾を振り回して、もっと撫でてと私に飛びつき、じゃれついてくる。


 私はそんな年少組達のことを撫でてやりながら少しずつ倉庫の外へと向かって誘導していって……爽やかな風が吹く青空の下へと押し出してやる。


 するとそこに強い風が……暖かく力強く、土臭く少しだけ青臭い風が吹いてきて、それを受けてこてんと転んでしまった年少組のことを見て笑いながら私は、


「ようやくの春風だなぁ」


 と、そんなことを呟くのだった。



 

   ・第七章リザルト




 領民【129人】 → 【130人】


 内訳 サーヒィ

  ――――サーヒィの妻達はまだ正式な領民ではない。



 ディアス達は謎のメーアから【謎の石】を三つ手に入れた。

 【メーア】18頭がイルク村の仲間になった。

 ディアスは新たに領地【荒野】を手に入れた。

  ――――関連して荒野にある施設【岩塩鉱床】を手に入れた。

  ――――関連して荒野にて武器【不思議な短剣】を拾った。

 メーアバダル領に施設【関所(仮設)】が完成した。


 いくつかの施設が老朽化しつつあり改良、建て直しをする必要があるようだ。


 ……いよいよ春が、新しい年がやってくる。

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