第185話 それぞれの頑張り



 ――――南の荒野で エイマ・ジェリーボア


 

 まだまだ寒い中のよく晴れたある日。


 エイマは手伝って欲しいとのヒューバートからの要請を受けて、ヒューバートとサーヒィと、護衛の犬人族達と共に南の荒野へとやってきていた。


 これから領地となるこの荒野の調査と測量と地図作りを進めていたヒューバートは、それらの作業を進めていくうちにあることで頭を悩ませるようになり……そうしてエイマの助力を求めてきたという訳だ。


 エイマに助力を求めた理由は、エイマがヒューバートと学問のなんたるかを語り合える程に賢かったからと……もう一つ、エイマが荒野の更に南の砂漠生まれという点にあった。


「……つまりですね、自分は今、この荒野の何処までを領地にするべきか。何処に国境線を引くべきかで悩んでいるのですよ。

 調査を尽くした結果、この辺りが無人なのは確実です。

 ……であればそこら辺のことを好きにできてしまう訳ですが、あまり広くしすぎては管理が難しくなるといいますか、いざという時に手が届きにくくなりますし……南の、エイマさん達が住んでいたという砂漠と接してしまい、揉め事の原因となってしまうかもしれません。

 ……天然の地形や川で区切られていれば、そこを境とすることも出来るのですが……どうにも、荒野と砂漠の境目というのは、分かりづらく自分では判断がつけられないのですよ」


 手製の地図と磁石を手にそう言うヒューバートに対し、ヒューバートの頭の上で周囲を見回していたエイマは……少し考え込んでから言葉を返す。


「んー……ボク達が住んでいた砂漠は、確かに南にあるんですが、ここから南ではなく、エルダンさんの……お隣の領地から南に行った所にあるんですよね。

 ここから南に下ってもあの砂漠に行けるかもしれませんが……砂漠以外の何かがある可能性も否定しきれません。

 ですので、そこら辺を気にするよりも、採れる資源を軸に考えて……とりあえずは例の岩塩鉱床までを領地としてみてはいかがですか?」


「……なるほど。

 南に何があるかは、実際に行ってみないことにはなんとも言えないと……。

 そして資源を軸に……ですか。

 ならば岩塩鉱床だけでなく、アルナー様から情報提供があり、先日確認しにいった、あの黒い水が湧いている一帯までは獲得しておきたい所ですね」


 その言葉を受けてエイマは、くいと首を傾げて……少し頭を悩ませてから言葉を返す。


「燃料が目的、ですか?」


「いえ……アルナー様のおっしゃる通り、あの黒い水……王国で土の油や石の油とも呼ばれるアレは、燃料としてはどうしても臭さが問題になる粗悪品です。

 そちらではなく、瀝青れきせい……あの油が変質して生まれる塗料の方が目的となります。

 瀝青は防水防腐を目的とするなら中々のものでして、木の板に塗ってそれで船を作りますと、驚く程に長持ちする良い船が出来上がるのです。

 ……現状、我々は船を必要としていませんが、船を必要とする他領に売るという手もありますし、家屋の屋根などに使うこともあるかもしれませんし、念の為に確保しておきたいなと思いまして……」


「へー……そんな塗料があるんですねー。

 それで? その油を確保するとなると、どれくらいの広さを領地にすることになるんですか?

 地図は……既にあるんですか? ならそれを見ながらボク達で検証してみて、後でディアスさんや代表者の皆さんと話し合うことにしましょう。

 ……ボク達がそうした方が良いといったなら、きっとディアスさんは素直に受け取っちゃうでしょうから、その前にここでしっかりと話し合っておきたい所ですね」


 エイマがそう言うとヒューバートはこくりと頷き……近くにあった岩を机に見立てて、そこに地図を広げ、ペンとインク壺と新しい紙を何枚か用意し、エイマと共にあれこれと言葉を交わし始める。


 ここに線を引くとどうだろうか、ここならばどうだろうか。

 このくらいの距離までならいざという時に駆けつけられるだろうか。


 そんなことを考え、これからのことを……未来のことを考え、最良の形に仕上げようと懸命に。


 エイマとヒューバートがそうやって喉が枯れるのも構わず話し合う中……空からの目が欲しいからと今日も荒野へと連れてこられていたサーヒィは……そこら辺の岩の上で翼を休ませながら、そろそろ荒野も飽きたなぁと、そんなことを考えながらの大あくびをし……、


「あーあ、こんな暇で仕方ない調査よりも、セナイ達と一緒に狩りでもしてーなー」


 と、そんな言葉を誰に言うでもなく、ぼそりと呟くのだった。



 ――――ユルトの中で セナイとアイハン



 一方その頃、セナイとアイハンは……ユルトの中で背中合わせになり、互いに背を預けながら支え合いながらの編み物に精を出していた。


 メーアの毛を紡いで毛糸とし、その毛糸を先端がかぎ爪状になっている編み棒でもって絡み合わせ、結び合わせ……円形の一枚の布に仕上げていく。


 本当はアルナーのように鞣し革と大きな針を使った刺繍をしたかったのだが、革刺繍にはそれなりの力が必要で、少しの手違いで怪我をする危険性があり……そういう訳でアルナーに、


『革刺繍をしたいのであれば、まずは編み物からだ。

 編み物を完璧に出来るようになったら、刺繍のやり方を教えてやろう』


 と、そんなことを言われてしまい……そうして二人は渋々編み物をすることになったのだった。


 だが実際に始めてみると、編み物は編み物で中々奥が深く、そんなやり方があったのかと驚くような技や、思いもしないような編み方が存在していた。


 アルナーに聞けば、鬼人族式の編み方を教わることが出来て。

 マヤ婆さん達に聞けば、王国式の編み方を教わることが出来て。

 ナルバントに聞けば、洞人式の編み方を教わることが出来て。


 それらによって生み出されるうっとりとしてしまうような綺麗な模様が、夜空の星のように数え切れない程存在していて……。


 いつしか二人はそんな編み物に夢中になり、編み棒と毛糸を手にしたなら、言葉を発すること無く、余計な動きをすることなく、ただただ毛糸と編み棒の動きにのみ集中出来るようになっていた。


 まだまだ幼いせいか、家事や勉強の際には集中力を欠くことがあったが、不思議と編み物ではそうはならず……何処までも集中することが出来て、どんな複雑な編み方でもあっという間に覚えることが出来て……そうしてセナイとアイハンは、ユルトの中で過ごすことの多い冬の中で、その腕を大人達が驚く程に上達させていた。


 そんな二人が今編んでいるのは、アルナーが得意とし、ベンがメーアバダル家の紋章とすると宣言した、メーアの横顔の模様だった。


 赤く染めた毛糸と黄色に染めた毛糸、それと肌色に染めた毛糸と……真っ白な何色にも染めていない毛糸を使って作り出されるその模様は、いつもメーアと一緒にいる二人だからこその、なんとも可愛らしいものとなっている。


 二人の側で一塊になって作業の様子を見守っていた、メーアの六つ子達が思わず駆け寄りたくなるような、歓喜の声を上げたくなるような出来のそれを、一切の編み間違いなく完璧に編み上げることに成功したセナイとアイハンは……編み棒をそっと抜き、ふぅっと息を吐きだし……そうしてからゆっくりと立ち上がる。


 立ち上がって振り返り、自らが編み上げたその一枚をばさりと広げて、お互いに見せ合うセナイとアイハン。


 色合いも編み方も完璧で、並べたなら見分けがつかない程にそっくりで……互いの顔を見合った二人は満面の笑みを浮かべて『えへへ』と同時に声を上げる。


 その完成品を「ミァー!」と歓喜の声を上げながら駆け寄ってきた六つ子達にも見せてあげたセナイとアイハンは、六つ子達がこれでもかと喜んでくれているのを見て、笑顔になっているのを見て……村の皆にも、ディアスやアルナーにも見て貰いたいなと考えて……六つ子達を引き連れて駆け出し、ユルトの外へと駆け出ていくのだった。

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