第178話 岩塩鉱床に眠る……
スープ皿のような岩塩の大地を見回し……凄い光景だなと眺めていると、拳を握って何やら呟いていたヒューバートが、ハッとした表情となってキョロキョロと視線を巡らせ始める。
「……採取小屋などの人工物は無し……ですか。
まさかこれほどの埋蔵量の岩塩鉱床がどこの国の管理下にも置かれていないとは……。
鬼人族の皆さん以外に誰もここに気付かなかった……と?
い、いやいや、まさかそんなことがある訳―――」
視線を巡らせながらブツブツとそんなことを言い始めるヒューバートを見て私は……長くなりそうだなと頷き、荷車をそこら辺に置いてから……鉱床の様子を詳しく調べてみるかとスープ皿の中央へと向かって足を進める。
足を進める私の周囲を、鼻を鳴らす犬人族が囲ってくれて、サーヒィは上空から何か無いかと見渡してくれて……一人だけ置いていかれたことに気付いたらしいヒューバートが慌てて追いかけてきてくれて、そうやって皆で奥ヘ奥へと進んで、もうすぐスープ皿の中央だというところまで足を進めると、上空のサーヒィが突然、何があったのかもの凄い勢いで高度を下げてくる。
それに合わせて私が片腕をくいと上げてやると、サーヒィはそこに降り立ち……まるで目を回しでもしたかのようにフラフラとし始めて、私は慌ててそんなサーヒィのことをもう片方の手で支えてやる。
「な、なんだ、どうした?
空で何かあったのか?」
「い、いや、何があったって訳じゃぁないんだが……目眩がするっていうか、頭がふらつくっていうか……とにかく調子が悪いんだ。
でぃ、ディアス……オレは荷車のほうで休んでるよ」
私が声をかけるとサーヒィが弱々しい声を返してきて……そんなサーヒィを荷車まで運んでやろうと踵を返そうとする。
すると私の周囲にいた犬人族の一人、マスティ氏族の若者がすぐ側まで駆け寄ってきて、尻尾をぐったりと下げながら声をかけてくる。
「でぃ、ディアス様、俺達もなんか変です……。
俺達も荷車のとこで休みたいです……」
その言葉を受けて周囲を見回してみれば、犬人族達皆とヒューバートまでが、力なくぐったりと項垂れていて……一体何事なんだと困惑するが、今は原因を探るよりもここから離れることを優先すべきだろうと考えて、ヒューバートに肩を貸してやり、サーヒィをしっかりと抱きかかえてやり……どうにかこうにか走れるらしい犬人族達と共に荷車の下へと駆け戻る。
そうやって荷車の側まで行くと……ぐったりとしていたヒューバートとサーヒィが顔を上げて、何事も無かったかのようにしっかりと自らの足で立ち……犬人族達の尻尾も力強く持ち上がって左右に振られ始めて……その場にいた全員が困惑の表情を浮かべることになる。
「先程までの気分の悪さが嘘のように……」
「……お、オレもだ、一体全体何なんだ、あんなにも気分が悪かったのにすっかりと治っちまったぞ?」
「お、俺達も元気です、全然気分悪くないです」
ヒューバートとサーヒィと犬人族達のそんな報告を受けて私は、皆のことをぐるりと見回してから言葉をかける。
「……疲れからくるものかもしれないし……皆はここで休んでいてくれ」
それから荷台の上から戦斧を手に取り肩に担いで、一人でスープ皿の中央へと再度足を向ける。
「でぃ、ディアス様!?
なんらかの危険がある場所に単身で向かうなど、そんな真似はおやめください!?」
「……心配してくれるのはありがたいが大丈夫だ!
どういう訳なのか私だけは気分が悪くなることも目眩がすることも無かったからな!」
背後から大きな声を上げてくるヒューバートにそう言葉を返した私は、慎重にゆっくりと……毒の可能性も考えて、変な匂いがしないかと鼻に意識を向けながら足を進めていく。
そうやって先程引き返した地点まで足を進めるが……体調が悪くなるだとか、気分が悪くなるだとか、そういったことは一切無く……それはそれでどういうことなのだろうかと、どうして私だけ平気なのだろうかと首を傾げてしまう。
ヒューバートは獣人の血を引いているらしいし、獣人にだけ効く毒……とかだろうか?
仮に毒だとしても空を舞い飛んでいたサーヒィにまで影響が出ているのはどうにもおかしな話だよなぁ……。
そもそも岩塩鉱床に毒があったのなら、ここの岩塩を口にした時点で同じような症状になってしまうはず……。
……と、そんなことを考えながら更に足を進めて、ほぼど真ん中と言って良いところまで来てもやはり私の体調に変化は無い。
どうして私だけが平気なのか、何か思い当たることがないかと考え込んだ私は……ふと洞人のオーミュンの言葉を思い出す。
……魔力が無い私には毒の魔法が効かない、そもそも乱れる魔力を持っていないから。
更に特別な力を持っているという洞人の髭で作ったお守りを身に付けていることを思い出した私は……そのどちらかが理由なのだろうと思い至り、周囲に何か……毒の魔法を撒き散らしているような何かはないかと視線を巡らせる。
だが視界に入り込んでくるのは岩塩だけで特にこれといった物は見当たらず、原因の特定は無理かと諦めかけた……その時。
足元の岩塩から何と表現したら良いのか分からない違和感が、薄っすらと漂ってくる。
あえてたとえるなら戦斧の力を発動させた時のような、なんとも言えない違和感を受けて私は……戦斧を構えて足元の岩塩へと思いっきりに叩きつける。
岩塩が割れて破片が周囲に飛び散り……それを何度か繰り返して岩塩を掘り返していると、岩塩の奥に埋もれていたらしい短剣が姿を現す。
握りは戦斧によく似ていて、柄頭には宝石があしらってあり……かなり豪華というか、立派な細工のされた鞘に収まっていて……。
鞘の細工は砂漠にいると聞いたことのある毒虫のサソリを模しているようで……見るからに怪しいその短剣を睨みながら戦斧で砕くべきかと悩んだ私は……ナルバント達が作ってくれたお守りの力を信じることにして、戦斧をそこらに突き立ててから、短剣をそっと手に取る。
手にとって鞘から抜き放ってみると、薄っすらとしていた違和感が確かなものとなり……どうやら戦斧と同質の物であるようだと感じ取った私は、物は試しだと戦斧を直す時のように短剣に毒を放つなと念じてみる。
すると、柄頭の宝石が一瞬だけ弱々しい光を放ち……短剣から漂っていた違和感がすぅっと薄らいでいく。
そうして違和感が完全に消え失せて……違和感も光も何も放たなくなった短剣を何度か振ってみた私は、この短剣と消えた違和感が体調悪化の原因だったのかどうかを確かめるために、荷車の方へと振り返り、
「……サーヒィ、こっちに来てくれないか!!」
と、大きな声を上げる。
誰よりも移動速度が速く、体重が軽いサーヒィならば何かがあっても対処しやすいだろうと考えての私の声に、荷車で休んでいたサーヒィはすぐに応えてくれて……ばさりと飛び上がり、警戒しているのか上空を旋回しながら……ゆっくりとこちらに近付いてきてくれる。
そうやって私の頭上までやって来たサーヒィは、露骨なまでに警戒感を顕にしながら、ゆっくりと高度を下げてきてくれて……私の腕の上にさっと力強く降り立つ。
「またさっきみたいに気分が悪くなったらすぐに逃げてやろうと考えていたんだが……ここまで来ても気分は悪くならないし、目眩も起こらないな。
そうなると……やっぱりそのディアスが掘り返したソレが原因だったか」
遠目でこちらの様子を見ていたらしいサーヒィはそう言って……その鋭い目で短剣のことを憎々しげに睨みつける。
「そのようだ。
毒の魔法……正確に言うと体内の魔力を乱す魔法を放つ短剣ってところか。
こんな短剣をよりにもよって岩塩の中に埋め込むとは……余程に性格の悪い者が仕掛けたのだろうなぁ……」
サーヒィにそんな言葉を返してから……この短剣をどうすべきかと悩んでいると、サーヒィが元気な様子を見せているからか、ヒューバートと犬人族達がこちらに駆け寄ってくる。
駆け寄ってきたヒューバート達にもこの短剣が原因らしいこと、魔力を乱す魔法を放っていたらしいことを伝えて……そうしてから皆にこの短剣をどうすべきか、ここで砕いてしまうべきかを相談すると、ヒューバートが間髪入れずに声を返してくる。
「砕いてしまうのも一つの手だとは思いますが……まずはその短剣のことを詳しく調べてみるべきでしょう。
本当に先程の現象を起こしていたのがその短剣だったのか……仮にそうだとしてその短剣はどこまで制御出来るものなのか……。
もしこの短剣を完璧に制御できるならかなりの利用価値があるはずです」
その言葉に「なるほどなぁ」と呟いた私が、どうしたものかと悩んでいると……サーヒィが翼をぶんぶんと振りながら反論の声を上げる。
「いやいやいや、こんな危ないもんさっさと砕くべきだろうぜ。
鬼人族の連中はたまたまここいらまで足を運んでいなかったようだが、下手をするとそれのせいでぶっ倒れて、そのまま立ち上がれずに死んでいたかもしれないし……そんなもんを村まで持って帰るなんて論外も論外、今ここで砕いちまうのが一番だろうさ」
「それはあまりに短絡的で……んん? いや、確かに……
……そうですね、そう言われてみれば妙な話ですね。
鬼人族の方々はそれなりの期間……かなりの長い間、ここを利用していたはずなのに、何故この短剣の影響を受けなかったのでしょうか?
受けたなら当然体調悪化のことを知っているはずで、知っているならアルナー様が事前に注意を促してくれるはずで……。
数回足を運んだ程度の犬人族なら偶然近付かずに済んだで終わる話も、長期間となると流石に……。
……鬼人族にだけは効かない魔法を意図的に?
この岩塩鉱床を鬼人族が独占出来ていた理由は……つまり、この短剣にあると?」
サーヒィに反論しようとする中で何か思いつくことがあったらしいヒューバートは、目まぐるしく表情を変えながらそう言って……私の手の中にある短剣のことを、くわりと見開かれた目でもって睨みつけるのだった。
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