第162話 エリーとエルダン その1



 ――――マーハティ領 西部の街メラーンガル エリー


 

 雪原を抜け森へ入り、ソリ板を車輪に付け替え森を抜けて……そうしてたどり着いたメラーンガルは、冬だというのにそうとは思わせない活気と熱気に包まれていた。


 石造りの家々が並ぶ街並みを数え切れない程の人々が行き交い、そこかしこで商談が行われているのか歓声、悲鳴が響き渡り、荷を抱えた人や荷車を引く人が後をたたない。


 他都市からの玄関口であり交易の中心地でもある東部のバーンガルと比べてしまうと、荷の量も人の数も少なかったが……人々が放つ活気というか、溢れる笑顔がそれ以上の賑わいを作り出していた。


「前に来た時はもう少し静かだったと思うのだけど……本当にすごいわねぇ。

 冬だっていうのにこの賑わい……農作が出来ない今だからこそ街で働いてやろうってことなのかしら……?

 あっちと比べて暖かいっていうのもあるのだろうけど……まるで別世界みたいね」


 荷台から降り、犬人族達と共に荷車を引きながらそんなことを呟くエリー。

 獣人が多いこの辺りで、犬人族達だけにそうさせるのは良くないだろうと考えてのことだったのだが……どうやらそれはただの杞憂であったようだ。


 街を行く荷車を見てみれば、いかにも力自慢といった様子の種族が楽しげに荷車を引いていて、小さな身体の身軽そうな種族が荷台の上で荷の管理をしていて……それぞれがそれぞれの得意分野でその力を発揮し合っている。


 獣人と獣人が、あるいは獣人と人間族がそうやって分担し、協力し合う光景はこの辺りでは当たり前の光景であるようで……それは何も荷車に限ったことではなく、街のそこかしこで見ることの出来る光景でもあり……それらの光景を見やったエリーはふぅと小さなため息を吐き出す。


「以前通った時は、お父様のことばかり考えていて気付けなかったけども、ここはこういう……それぞれがそれぞれの仕事をする街なのねぇ。

 エルダンさんの統治が始まってからまだそんなに時間も経っていないでしょうに、まるで昔からそうだったように町に馴染んでいるみたいだし……うぅん、すごいものねぇ。

 ……それにしてもこの光景が作り出せるなら、どうして犬人族ちゃん達の活躍の場を作ることができなかったのかしら?

 こんなにも素直で働き者の子達なのに……」



 と、そう言ってエリーが足元のマスティ氏族達へと視線をやると、視線に気付いたマスティ氏族達は、尻尾を振りながら首を傾げて「何かご用でも?」と表情で問いかけてくる。


「ううん、なんでも無いわ。

 ……ここまでの長旅で疲れたでしょうけど、もうちょっとだけ付き合って頂戴?

 軽くそこら辺を見て回って、いくつかの店に目を付けたら、良さそうな宿を探して、そこで目をつけた店についての情報収集をするつもりだから。

 ……この色気を使っての交渉、情報収集こそが私の得意分野、ここからが私の本領発揮……!

 私と積荷をここまで連れてきてくれたアナタ達の頑張りを無駄にしない為にも頑張らないとね……!」


 拳を握りながらのエリーの力強い言葉に対して犬人族達は、負けじと力強く頷いてから前を向き、尻尾を振り回しながら、自分達も自分達の仕事を頑張る! と、言わんばかりにぐいぐいと荷車を引き始める。


「本当に素直で働き者で……だけど、この辺りで働いている犬人族は大型の子ばかり……不思議ねぇ」


「エルダン様もその点に関しては苦慮されているのですが……どうしてか上手くいかないものでして……。

 今度ディアス様にその辺りのコツをお伺いしようかと考えている次第です」


 誰かに向けてのものではない独り言でしかないエリーの呟きに、そんな声が返ってきて……内心驚きながらもどうにか平静を装うことに成功したエリーは、その聞き慣れた声の方へと……いつの間にか側までやってきていたらしいその人へと視線を向けて言葉を返す。


「……こんにちは、カマロッツさん。

 まさかこんな所で偶然にも顔を合わせることになるとは……お散歩の途中ですか?」


 するとカマロッツはにこりと微笑み、挨拶の返事とばかりに恭しい礼をした後に言葉を返してくる。


「いえ、エリー様が来訪なされたとの情報が入りましたので、エルダン様の指示を受けてお迎えに上がった次第です。

 お屋敷にて歓待と、お部屋の準備を整えていますので、よろしければご同行ください」


「領主様のお招きとあれば喜んでお邪魔させて頂きますけども……今回は商談が目的ですので、まずは商談の下準備をさせて頂きたいのですが……」


「そういうことでしたら尚の事、お屋敷に来ていただければと思います。

 この街の各商会が扱っている商品の情報、信用度や資金規模など、エルダン様であれば全てを把握されていることでしょう」


 そんなカマロッツの言葉にエリーは爽やかな笑顔を返しながら内心で(そう来たか……)と呟く。


 自らの足で自らの目と耳で情報を集めることを是としているエリーとしてはそういった方法での情報収集は好ましいものではなかったのだが……かといって立場上無下にも出来ない。


 その情報の質などについてはこんなにも早く自分達を見つけ出したことからも信頼できるのだろうし……仕方ないかとこれまた内心でため息を吐き出したエリーは、


「ありがとうございます、お世話になります」


 との言葉を返す。


 するとカマロッツは笑顔で頷き、ずいと荷車の前に立ち、街道のど真ん中を堂々と歩きながら……街道の先にある、大理石造りの大きな屋敷へとエリー達を導いていく。


 この街の住民であればカマロッツの顔を知らぬ者はいないのだろう、道を行く人々は何も言わずにカマロッツに道を譲り……そうしながらエリーに好奇の視線を投げかけてくる。


(予想外の悪目立ちをしちゃったけども、こうなったらもう仕方ない……開き直りましょう。

 領主様の顔見知り……御用商人でございますって態度で顔を売っておけば今後に繋がるはず。

 化粧直しは街に入る前にしっかりとしておいたし……さぁさぁ、私の美しさに見惚れなさいな)


 そんなことを考えてエリーは、アルナーのそれによく似た冬服をくねらせながら、カマロッツの後を追いかけていく。


 帽子をやや目深に被り、胸のあたりにいくらかの詰め物をして、洗練された所作でそうするエリーの姿は普通に見たなら美しい女性のものに見えたのだろう……が、鼻の効く獣人達はエリーの性別をしっかりと嗅ぎ分けており、好奇の視線の理由は実の所そこにこそあったのだが……エリーはまさかそんな理由だとは気付くはずもなく、ただただそれらの視線を喜び、その自負心を深めていくのだった。

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