第122話 次から次へと
エリーとアルナーが協力しての冬着作りが始まってから何日かが過ぎて、やれ採寸だ、やれ布染めだと慌ただしくなっていく中、イルク村の冬備えは詰めの作業へと突入していた。
ぱりっと干し上がった干し草の束を倉庫の隅に整然と並べて、美味しそうに干し上がった干し肉を竈場や各ユルトの壁際にずらりと吊るし、草のチーズが入った革袋は倉庫の側で山盛りにし、木の実を始めとした森の恵みは種類ごとに荷箱や荷袋に詰め込み、セナイとアイハンの指示の下で伐採された木は薪にしてから竈場の側に作られた薪棚に積み上げ、あるいは木材として使うために乾燥しやすいようにと折り重ねて……。
そうして出来上がった皆の頑張りがそのまま形になったかのような光景を眺めていると、何とも言えない満足感で胸の中が一杯になって、なんだか冬を待ち遠しく思う気持ちまで湧いて来てしまう。
アルナーの話によるとこの草原の冬はとても厳しいものとなるそうだから、そんな風に待ち遠しく思うようなものではないのだろうが、そうと分かっていてもどうしても気持ちが弾んでしまって……作業の合間だとかの暇な時間を見つけては、ついつい倉庫へと足を運んでしまうのも仕方のないことだろう。
そんな風にこの光景を好ましく思っているのは私だけではないようで、犬人族達やセナイ達もちょこちょこと姿を見せては、積み上がった木材や倉庫の中の様子を眺めてにんまりとした笑顔を浮かべている。
最近は時間に余裕が出来ているのもあって、森には結構な頻度で足を運ぶことが出来ていて……森で思いっきり、その元気が尽き果てるまで遊んでいるからか、その笑顔はいつも以上の輝かしいものとなっている。
冬備えが完全に終われば更に余裕が出来ることだろうから、そうなれば毎日のように森に足を運ぶことになるかもな……と、倉庫の側でそんなことを考えていると、笑顔のセナイ達がてててっとこちらに駆けてくる。
「ディアス、今暇?」
「じかん、あるー?」
駆けてくるなりそう言ってくるセナイ達に、私がしゃがみこんで目線を合わせながら、
「暇だし時間もあるが、どうした?」
と、言葉を返すと、セナイ達は身振り手振りで何か……三角形の何かを宙に描きながら元気な声を上げてくる。
「畑! 畑に屋根つくって!」
「ゆきよけ、かぜよけ、はるがくるまで、はたけをまもる!」
「畑……?
あぁ、セナイ達の畑のことか。確かにどの木の実も順調に育っているようだし、雪除けくらいは作ってやらないとだなぁ。
木の屋根で囲う感じにしたら良いのか?」
「こう、木の棒で三角つくって、干し草の束で包む!」
「つちのうえにも、ほしくさかぶせて、あったかくする!」
そう言ってしゃがんだり立ち上がったりしながら、こういう形にして欲しいと全身で表現してみせるセナイとアイハン。
その光景に微笑みながら、頭の中で必要になりそうな材料の数と作製の手順を練り上げていると、クワを肩に担いだチルチ婆さんがすたすたと軽い足取りでこちらへとやってくる。
「ああ、ディアスちゃん、ここに居たのね。
明日か明後日辺りに収穫を始める予定だから、時間空けておいてちょうだいね」
なんとも軽い調子でそう言ってくるチルチ婆さんに、私が「収穫?」と首を傾げると、チルチ婆さんは呆れ交じりの表情となって言葉を返してくる。
「……ディアスちゃん、何のためにこれまで畑のお世話をしてきたと思っているの? 収穫して食料を得るためでしょう?
葉物のいくつかは雪をかぶせちゃっても平気だけど、お芋はそういう訳にはいかないから、明日か明後日にはやりますからね」
語気を少しだけ強くしたチルチ婆さんがそう言い終えると、今度はアルナーとカニスが姿を見せて、順番に声をかけてくる。
「ディアス、フランソワが出産の準備に入った。
明日か明後日には産まれるだろうからそのつもりで居て欲しい」
「ディアス様、妊娠していた犬人各氏族の奥さん方もお産の兆候を見せ始めました。
恐らくはフランソワさんと同じタイミングでの出産になるかと思います」
二人から届けられた喜ばしい報せを受けて、勢いよく立ち上がった私が、
「おお! そうかそうか!!
早速準備にかからないとだな! 出産については詳しくないから、何をしたら良いのか教えてくれ!」
との喜びの声を上げていると……セナイ達がなんとも心配そうな表情になりながら、じっとりとした視線を送ってくる。
「い、いやいや、大丈夫だぞ、セナイとアイハンの畑の方もちゃんとやるさ!
二人が頑張って世話してきたんだ……雪に埋もれさせるようなことはないから安心してくれ」
慌ててしゃがみ込み、セナイ達へと真っ直ぐに視線を返しながら、そんな言葉を口にしていると……今度はクラウスが大きな声を上げながらこちらへと駆けてくる。
「ディアス様ー!
マヤ婆さんの占いで、明日か明後日辺りに寒波とモンスターが襲来してくるっていう結果が出たそうで、今のうちに警戒と備えをしておいて欲しいとのことです!」
つい先程までこの程度ならなんとかなる、どうにか出来ると、そんなことを考えていた私だったが……そんなクラウスの大声にとどめを刺されてしまい、頭を抱え込んでの唸り声を上げることになるのだった。
――――一方その頃、領主屋敷の執務室にて エルダン
愛用の執務机を前に胡座に座り、肘掛けにゆったりと体を預けていたエルダンが大きなため息を吐き出す。
そのため息には鬱屈とした感情が込められていて……近くで寝転がりながら報告書の束を読んでいた自称王国一の兵学者ジュウハが声を上げる。
「……なんだ、未だに先日の決断を悔いているのか? 今ならまだ止めることも出来るぞ。
止めた先にあるのは、最悪の道……下策中の下策ってことになっちまうが」
その声を受けてエルダンは、再度のため息を吐きながら頭を左右に振り、腹の奥から言葉を振り絞る。
「鼠人族達の報告書を見るに、マイザー達をこれ以上好きにさせておく訳にはいかないであるの。
とはいえ公爵としての諫言権を使うには時期尚早……ジュウハ殿の言う通り、始末してしまうのが最上であるとちゃんと理解しているであるの。
……だけれども、そうと分かっていながらも、事が王族殺しとなればため息の一つや二つ出てしまうものであるの……」
そう言ってエルダンがその身を捩らせると、ジュウハは大きな鼻息を吐き出しながら、書類を持っていた手を振り上げ、仰々しい仕草を見せながら大きな声を上げる。
「王族だ、平民だ、奴隷だなんて言っても、そんなのは所詮制度の中の身分の話……裸になっちまえば誰もが同じ人間で生まれに優劣なんて、貴賤なんてもんはありゃしねぇのさ。
あるのは生き方による貴賤だけ。こいつに関しちゃぁ誰でもねぇ、複雑な産まれであるアンタが一番良く知っていることだろう?
……そういう訳だから下らねぇ賊を討つだけのことに、いちいち頭を悩ますのは止めにしな」
ジュウハなりにエルダンを気遣った結果のその言葉に、いくらかの元気を貰ったエルダンが静かに微笑んでいると、鼠人族達の教官である獅子人族の老人が慌ただしい様子で部屋の中へと駆け込んでくる。
「エルダン様……! 申し訳ありません!!
大耳跳び鼠人族と我らの一族による襲撃はマイザー達に気取られてしまっていたようで、失敗に終わってしまいました!
帝国の間者達は残らず捕らえたものの、マイザーは行方不明……!
マイザーはいくつかの商会と何人かの領民達を買収していたようで……そいつらの下に潜んでいるか、あるいはそいつらと共に領外に出たかもしれないとのことです……!!」
息を切らした老人のそんな言葉を受けたエルダンとジュウハは、驚きのあまりに言葉を失ってしまう。
その顔色を一気に悪くし、そうしながらあれこれと考えを巡らせて……そしてほぼ同時に立ち上がり、事態に対応すべく執務室から駆け出ていくのだった。
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