第121話 エリーの相談


夕方までかけてじっくりと、見逃しのないように確認した結果、倉庫のユルトにも特にこれといった傷や破れなどは無く……そうして翌日。

 

 アルナーとベン伯父さんと、クラウスとカニスと、何人かの犬人族達の手を借りてのユルトの冬囲いが開始となった。


 柱を木材で補強し、外の布を二重にし、屋根にも覆いをして、雪が自然に流れ落ちてくれるようにと少しだけ傾斜を強くした形にしていって。


 ユルトを建てる時とはまた違った工夫が必要となるその作業は、やり始めた当初はどうにも手際が悪く、時間がかかるばかりだったが、何軒かが終わった頃にはそれなりに手慣れることが出来て……そうして日が沈み始める頃にはほとんどの作業を終えることが出来た。


 出来上がった冬用のユルトは、ぱっと見た感じでは全く違いが分からないというか、普段のユルトと大差の無い見た目なのだが、いざ中に入ってみると、風の通り方というか、冷気の入り込み方というか……そういった空気の感触がかなり変わったことを感じ取ることが出来る。


 夕刻になって漂って来た冷気をここまで防いでくれるなら、冬の寒気も十分に防いでくれることだろう。


 作業を終えて、アルナーとカニスが夕食の支度に、クラウスが犬人族達の様子の確認に、ベン伯父さんがフランソワの様子の確認へと向かう中……私は念の為ということで冬囲いを終えたユルトの中へと足を運んでの確認をしていく。


 そうして最後に集会所へと足を運び……広く大きくなった集会所の冬囲いは大変だったなとか、これ以上人が増えるようならもっと別の、違う形での集会所を作るべきかなと、そんなことを考えていると、入り口の方からエリーが顔を見せながら、


「お父様、ちょっと良いかしら?」


 と、そんな声をかけてくる。


「どうした? 何かあったか?」


 私がそう言葉を返すと、エリーは手にした紙束を見せながら「何かあった」と口にする代わりに頷いてきて……そうしてから集会所の中へと入ってくる。


 深刻な問題という訳ではないようだが、何やら重要そうな話があるらしいことを、その表情から漂わせてくるエリーを見て、適当な場所に腰を下ろし、話を聞く体制を作っていると……エリーは私の前に座り、床に手にしていた紙束を広げながら話を切り出してくる。


「アルナーちゃんから行商人についての詳しい話を聞いて、どれだけのメーア布を売るか、どれだけの食料や物資を買うかの概算をエイマちゃんと一緒にしてみたの。

 メーアちゃん達のおかげで順調に在庫を増やしているメーア布だけど、ユルトや私達の服に使うのもあって、売上の方はちょっとイマイチな感じになりそうなのね。

 逆に買う方は色々と入り用で……有り体に言っちゃえば赤字になっちゃいそうなのよ。

 幸いお父様が稼いだ金貨がまだまだあるから、赤字になったところでどうってことは無いのだけど……お父様はそこら辺どう考えているのかの確認をね、今のうちにしておきたかったの。

 ……これはあくまで仮の話なのだけど、皆の服をメーア布以外の毛皮なんかで雑に済ませちゃえば、赤字を回避することも―――」


 と、微かな苦い顔で続けられるエリーの言葉を、片手を上げて制止した私は、首を左右に振ってから言葉を返す。


「金貨なんか溜め込んだところで食料になる訳でも、服になる訳でもないんだ。

 そんな無理をしてまで溜め込む必要はないだろう。

 皆が安心して冬を越せるようになることが何より大事で、金貨なんかは無くなったら無くなったでまた稼げば良いのだから、赤字だとかに気兼ねすることなく使ってやってくれ」


「まー……お父様のことだからそう言うだろうなーとは思っていたのだけど、それでもこう、折角なんだから概算をまとめたこの書類の確認とか、そのくらいはして欲しいのだけど?」


 私の言葉にそんな言葉を返して来たエリーは、床に広げた紙束をトントンと指で叩く。


 そこにはエリーの筆跡とエイマの筆跡で書かれた細かい数字がびっしりと並んでいて……その数字の密集地に目を滑らせた私は……一応確認したぞと、エリーに向かって頷いてみせる。


「お父様?

 ただ見るのと確認するっていうのは、まったくの別物なのよ……?

 確かに隙間なく数字が並んでいて、見辛い部分もあるけれども……。

 ……まぁ良いわ、ここら辺の細かい数字についてはアルナーちゃんと代表者? だったかしら? その面々に確認してもらうことにするから。

 とりあえずお父様の方針としては、赤字を気にせず、しっかりと冬に備えることを優先するって感じで良いのかしら?」


 半目で放たれるそんなエリーの言葉に私が再度頷いてみせると、エリーは広げた書類を一枚一枚丁寧に束ねながら言葉を続けてくる。


「……それともう一つ、とっても大事な話があるの。

 アルナーちゃんが用意しようとしている冬服に関してなのだけど、あれにいくらかのお金を使っても良いかしら?」


「うん……?

 当然、冬服も冬を越すためのものなのだから、さっき言ったように金貨は好きなだけ―――」


「ああ、ごめんなさい、言葉が足りなかったわ。

 冬服をね、お洒落にするためにいくらかのお金を使いたいのよ。

 お洒落でなくても十分な機能さえあれば冬を越せるし、必要ないと言えば必要ないことなのだけど……それでもね、折角なんだから皆には可愛い服を着て貰いたいじゃない?

 そういう訳でアルナーちゃんの作ろうとしている服に、私の知識を加えての王国風のアレンジって言ったら良いのかしら? そんなのしてみたらどうかって考えているの。

 お洒落っていうのは気分をぐんっと明るくするものだし、何より今後の商品にもいくらかの良い影響がある話でもあるし……どうかしら?」


 束ねた紙でトントンと床を叩き揃えながら、どこか申し訳なさそうにそう言ってくるエリーに対し、私はしっかりと頷きながら言葉を返す。


「構わないぞ。

 と、言ってもそこら辺に関しては私というよりも、アルナーの領分だから、アルナーと相談しながら進めるようにしてくれ」


 私自身はお洒落だとかそういうことに興味が無いというか、よく分かっていないのだが……そういう服があれば、セナイとアイハンが喜んでくれるであろうことは、なんとなく分かっている。


 で、あればそれもまた無駄では無いのだろう……と、思う。


 ……いずれにせよ、服にちょっと手を加えるだけであれば、金もそんなにはかからないのだろうし、その程度のことであればエリーの好きにさせてやっても構わないだろう。


 との考えでの私の言葉を受けて、ぱぁっと笑顔になったエリーは、その両手をぽんと打ち合わせながら明るい声を返してくる。


「えぇえぇ、勿論! アルナーちゃんと十分に、たっぷりと話し合いながら進めさせてもらうわ!

 そうとなったら早速アイサ達に手紙を送って、あれこれと仕入れて貰わなくっちゃね! 早くしないと秋が終わっちゃうものね!!

 北のアレと東のアレと……ああ、でもあそこら辺はどうしてもお金が……。

 ま! 最悪の場合はゴルディアさんにツケておけば良い話ね!

 私達のおかげで新しい支部が作れるんだから、そのくらいは文句無いでしょう。

 ……ああ、それならいっそのこと、ゴルディアさんに全部仕入れさせて―――」


 ぐっと紙束を抱きしめながら、そんなことを言いながら凄まじい勢いで立ち上がって、集会所から駆け出ていくエリー。


 そのあまりの勢いに私は、その言葉の中にあった不穏な単語についての質問をし損なってしまうのだった。

 

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