第118話 鞄いっぱいの手紙


「いやはや、まさか鷹なんぞに襲われてしまうとは……!

 荷物が多い時に限って奴らと出くわすのだから、まったく……我輩の運の悪さは相当のものですなぁ」


 飛び込んで来たゲラントを両手でしっかりと抱きとめてやって、私達のユルトに運んで休ませてやって……そうしてそのクチバシから出てきたのは、そんな言葉だった。


「あー……無事に逃げ切れたってことで良いのか? 見た感じこれといった怪我は無さそうだが……」


「鳥……の亜人の治療は経験がないが、必要であればやってやるぞ」


 いつもの場所に座った私とアルナーがそう言葉を返すと、目の前のクッションの上で羽根を広げながらゆったりと構えるゲラントはその羽根を軽く振って否定の意を示してくる。


「お気遣いはありがたく、ですが怪我はありませんのでご安心ください。

 奴らより小さなこの体を活かし、うまーく森の中をすり抜け隠れ飛び、華麗に撒いてやりましたので!

 ……まぁまぁ、荷物の多さもあって少しばかり疲れてしまい、このような醜態を晒してしまいましたが、こうして休ませて頂いておりますし、問題はありませんとも!」


 とのゲラントの言葉に私達が頷いていると、木の器を手にしたセナイとアイハンがユルトの中にタタタッと駆け込んでくる。


 ゲラントの前に水入りと木の実入りの器を置いて声を合わせて『どうぞ!』との一言を口にし、そのすぐ側にちょこんと座り、じぃっとゲラントのことを見つめ始める。


 そんな二人の視線に促されたゲラントが、水を一口飲んで木の実を1個ついばむと、セナイとアイハンは満足そうに微笑んで、そうしてからアルナーの側に移動し、そこにちょこんと座り直す。


 その様子を見ながら更に水を一口、二口と飲んだゲラントは、バサリと羽根をたたみ居住まいを正してからクチバシを開く。


「クルッホホホ、お嬢様方もお気遣いありがとうございます。

 我輩、生き返った心地でございます。

 ……えー……という訳でディアス様、人心地がついたところで、本題に入ってもよろしいでしょうか?」


「ああ、頼む」


 私がそう言うとゲラントは側に置かれた、限界まで膨らんだ鞄の持ち手をクチバシで挟んで引っ張り、私の方に差し出してくる。


「本題と言いましてもこれこの通り、鞄いっぱいのお手紙をお持ちしたというだけの話なのですが、それでも一応のご説明をさせていただきます。

 これらのうちの大半を占めるのはエルダン様とカマロッツ様からの近況を報せるお手紙となっております。

 病を乗り越えられたエルダン様は、日々を快活に過ごされており、その辺りのことが記載されているそうです」


 そんな説明を聞きながら差し出された鞄を開けて、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた小さな手紙の束を、破いてしまわないようにそっと引っ張りだしてみると……ゲラントの言葉の通り、そのほとんどにエルダンとカマロッツのサインが書かれている。


 なんだってまたこんなにたくさんの手紙を送って来たのやらと驚きながら、残りの手紙を確かめてみると、折りたたまれた手紙というかなんというか……何かが中に入っているらしい3つの紙包みが姿を見せる。


「それらは獅子人族の長、水鹿人族の長、犬人族の長……カニス殿の父君からの手紙となります。

 それぞれの象徴たる、たてがみの毛、角の欠片、尻尾の毛が同封されておりまして……まぁ、なんと申しますか『今回の件』についての感謝の気持ちを示すお手紙となります。

 ……えぇ、えぇ、分かっております、今回の件が他言無用であること、礼が必要ないことも重々承知しているのですが……それでも事情を知る護衛達の態度やら言葉の端々から何があったかを察した長達が、どうしても気持ちの程を送りたいと言い出しまして……。

 ああ、ご安心ください、ご安心ください、護衛達には態度を改めるよう叱責をしておりますので、外部に情報が漏れるようなことにはならないでしょう」


 続くゲラントの説明によると、その種族を象徴する程の重大な意味を持つ、獅子人族のたてがみと、水鹿人族の角と、犬人族の尻尾の一部を切って贈ってくるというのは、誇りという意味でも、見栄えという意味でもとんでもないことなのだそうで……相応の想いが込められた前代未聞の行為なのだとか。


「……その物自体に何か特別な価値がある訳でも、それらを持っていたから何があるという訳でもありませんので、名誉の証とでも思って頂ければよろしいかと思います」


 そんなことを言われてしまって、これらの品々を一体どう扱ったら良いのだろうかと困惑していると……何も言わずに手を伸ばして来たアルナーが、3つの紙包みを手に取って開封し、その中にあった二つの毛の束と角の欠片を、手のひら程の大きさのメーア布で包み、アルナーが大事にしている宝石箱の中へとしまい込んで……そうしてから手紙だけをこちらへと手渡してくる。


 アルナーが管理してくれるなら失くすこともないだろうと一安心し……さて、この手紙は今読んだ方が良いのだろうかとそんなことを考えていると、そんな私の考えを読み取ったらしいゲラントが声をかけてくる。


「エルダン様達の手紙も、長達の手紙もお時間のある時にでも読んで頂ければそれで良く、返信の必要もありません。

 ただ印章の押された一通だけは急ぎの返信を頂きたいそうなので、そちらだけはこの場で目を通して頂ければと思います」


 との言葉を受けて、紙束の中から印章の押された手紙を探し出し、中身を確認してみると……そこには以前、私に襲いかかって来たエイマの同族達、大耳跳び鼠人族達の今後についてが書かれていた。


 あの件で捕獲された大耳跳び鼠人族達は、彼らが苦手としている獅子人族による厳しい指導というか、訓練を受けていたのだそうで……その結果どうにか話が通じるというか、普通に会話が可能な状態になっているそうだ。


 その上で、罪を償わせる為にある仕事をさせようと考えていて、事件の被害者である私にその是非というか許可を求めたいというのが、この手紙の趣旨のようだ。


 そしてその仕事の内容とは、最近になって隣領内を彷徨っているらしい不審者達への内偵及び対処なのだそうで……確かに体が小さく、身軽な彼らであればそういった仕事に向いていることだろう。


「奴らを自由の身にするということは、逆恨みでもってまたぞろディアス様に対し牙を剥くという危険性もはらんでいるのですが……それでもエルダン様は更生の機会を与えてやりたいと考えているようでして……。

 勿論そんな事態が起こらないように最大限の注意と対策をしますので、ディアス様にはご厚情を頂ければと……」


 なんとも申し訳なさそうな態度でそう言ってくるゲラントに、私は仄かな安堵を抱きながら言葉を返す。


「彼らの処罰についてはカマロッツに任せるとそう口にした以上は、私からどうこう言うつもりは無いし、エルダン達が良いと思うようにしてくれたらそれで良いと思う。

 ……それとまぁ、彼らが更生し真面目に働いていると聞けば、エイマが喜んでくれることだろう。

 エイマには色々と世話になっているし感謝もしているし……エイマの為にも彼らの為にも良い結果になるようにしてやってくれ。

 ……ああ、返信がいるんだったな、すぐに書くから少し待っていてくれ」


 私がそう言うと、何を思っているのかゲラントは目を細め、アルナーは静かに表情を緩め、セナイ達は笑顔で笑い合いながら、


「良かったね!」

「よかったー」


 と、そんな言葉を口にする。


 一体誰に言っているのかとセナイ達の方へと視線をやると、いつの間にそこに居たのか、それとも最初からそこに居たのを私が見落としていたのか、セナイの肩の上になんとも言えない良い笑顔をしたエイマの姿がある。


「ディアスさん、お気遣い頂きありがとうございます!」


 笑顔のままそう言ってくるエイマに私は、まさかそこに居るとは思っていなかったと動揺する内心を隠しながら曖昧な表情を返すのだった。

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