第102話 エルダンとの会談 その2


「まず、貴重なサンジーバニーを分けて頂いたことに、心よりの感謝をするであるの!

 僕もカマロッツも驚く程に体調が良くなり、この件に関してはいくら感謝をしてもし足りないであるの!

 いくら金品を積み上げた所で、サンジーバニーの価値の足元にも至らないとは承知しつつも、他に方法を知らない愚か者ゆえ、この御礼は相応の量の金品でもって―――」

 

 会談が始まりエリーの紹介や挨拶などを済ませて、まずはサンジーバニーの話からしようと決まって、笑顔を浮かべたエルダンがすらすらと恭しい言葉を並べていく。


 そんな言葉に対し色々言いたいことがありつつも、話を途中で遮るのも悪いかと思った私は、黙って話に耳を傾けていたのだが……考えていることが表情に出てしまっていたのか、私の顔を見たエルダンがきょとんとした表情となり、言葉を並べるのを途中で止めて、


「―――ディアス殿、どうかしたであるの?」

 

 と、そう言って首を傾げる。


「あー……いや、そのサンジーバニーについてなのだが、入手の経緯が少し……いや、かなり変わっていてな、どうにも事情が複雑なんだ」


 首を傾げるエルダンに対しそう言ってから私は、サンジーバニーを手に入れた経緯……あの謎のメーアについての話をしていく。


 人語を話し、サンジーバニーの葉と種を私に託し、そしてその使い方についての忠告をしたメーアのような見た目をした『何か』

 

 サンジーバニーが本物であるならば、『サンジーバニーを売って儲けようだとか、悪用しようだとか、そういった類の邪念を抱くとたちまちその葉と種は枯れてしまう』という、あの『何か』の言葉も事実である可能性が高い。


「―――エルダン達から礼の品を貰ってしまうというのは、見方によってはサンジーバニーを売って儲けたと言えなくもないだろう。

 たとえ金品でなくとも、物やなんらかの行為や便宜でもって対価を貰うのも同様だ。

 もう葉の方は全部使ってしまって種しか残っていないが……その種が枯れてしまうような行いは出来るだけ避けた方が良いのではないかと思う。

 それらを踏まえた上でどうするべきかを皆と話し合ってみたんだが―――」


 と、そう言って私は、その話し合いについてを話していく。


 サンジーバニーの葉に凄まじい効能があると知った今、私や村の大人達が一切の邪念を抱くこと無くサンジーバニーを扱っていくことは……正直言って難しいだろう。


 エルダンがそうしようとしてくれたように、何らかの礼を貰えるのではないかとどうしても期待してしまうし、今もそういった気持ちが心の隅にあることを否定しきれない状態だ。


 そうなるともう枯れてしまっていてもおかしくないのだが……先程確認してみた所、セナイとアイハンが種を植えたという場所からは小さいながらも青々とした芽が生えており、枯れているような様子は無かった。


 私達は邪念を抱いてしまっているのに何故サンジーバニーの種は枯れていないのか。


 その答えは恐らく、サンジーバニーを使ったのが私達ではなくセナイ達だったという点にあるのだろう。

 

 私とエルダンとカマロッツを癒やしたセナイとアイハンに、対価が欲しいとかそういう考えは一切無かっただろうし、純粋な善意で……私達のことを心配してそうしてくれたのは二人の反応からも明らかだ。


 私達が余計なことを言わなければ、二人はこれからも純粋な善意でもってサンジーバニーを扱っていくに違いない。


 ならばもうあの二人に任せてしまったほうが良いというか……邪念を抱いてはいけないという条件がある以上は、あの二人に任せるしか無いというのが正直な所だった。


「サンジーバニーの芽が育って葉が取れるようになるのは当分先のことだろうし……いつ何をきっかけに枯れてしまうかも分からないような代物でもある。

 ならばもう元々無かったものだと思って、私を含めた大人達はその存在自体を忘れてしまうのが良いだろうというのが私達の出した結論だ。

 芽が順調に育ち葉が取れるようになったとしても、私達は一切関わること無く全てをセナイ達の判断に任せるという訳だ。

 セナイ達がサンジーバニーをどう使ったとしてもあれは元々無かったと思ってその結果を受け入れる。

 もちろん何か問題があれば手助けをするが……基本的には何も言わず何もせず、二人の自由にさせるつもりだ―――」


 そこにあると思うからこそ頼りたくなるが、元々無かったものと思っておけば、いざ枯れてしまったとしても素直に受け入れることが出来るだろう。


 この決定に関しては誰からも……老いた体に色々と思う所があるだろうマヤ婆さん達からも反対の声が上がることは無かった。


「―――そういう訳でエルダン……サンジーバニーに関する一連のことは無かったこととして綺麗さっぱりと忘れて欲しい。

 礼の品も必要無いし、今後このことについての話をするのも、記録に残すのも無しだ。

 サンジーバニーのことが変に広まってしまえば変な輩やトラブルを呼び込みかねないし……そういう意味でも口外無用を徹底して欲しい」


 私がそんな言葉で話を終えると、エルダンは瞑目しながら腕を組み「むむむ」と唸りながら深く考え込む。


 しばしの間そうやって考え込んだエルダンは、大きなため息を吐きながら目を開き、そうしてから口を開く。


「……たとえば、何処かに死の淵に立つ重病人が居たとして、サンジーバニーがあればその人を助けられるとなっても、その方針に変わりは無いであるの?」


 そんなエルダンの言葉に対し、私は迷うこと無く答えを返す。

 

「無い。

 世界全ての病人を救うなどサンジーバニーの力があってもまず不可能だろうし……そんな重責を背負うくらいなら、今すぐあの芽を引っこ抜いてしまった方がマシというものだ。

 ……後のことはセナイとアイハンの善意と、それと運命に任せたいと思う。

 私達がサンジーバニーの恩恵を受けられたのも運命だったし、セナイとアイハンがサンジーバニーを手にしたのも運命だった。

 もし救われる運命にある者が何処かに居るのだとしたら、運命の流れでもってここに辿り着き、そしてセナイとアイハンに出会うことだろう。

 セナイとアイハンがいずれなんらかの邪念を抱くようになり、サンジーバニーを枯らしてしまったとしても、そういう運命だったのだと受け入れるつもりだ」


 その答えを受けてエルダンはまたも瞑目し「むむむむ」と唸る。


 私の隣の席に座るエリーはなんとも興味なさげに自らの爪を眺めることで今までの話を聞かなかった風を装い、エイマもまたそんな話には興味ないとばかりにインク壺や議事録を記録する為の紙束の準備に忙しくしている。


 エイマ達のそんな姿を薄目で見たエルダンは、今度は溜め息を吐くことなく深く頷いて……そうしてから口を開く。


「分かったであるの。

 ディアス殿達がそう決めたのであれば、僕達もその決定に従うであるの」


 そう言ってエルダンは、側に立つカマロッツへとその顔を向けて言葉を続ける。


「カマロッツ、至急皆に他言無用の件を伝えて欲しいであるの。

 他言した場合は、このエルダンに対する最大級の裏切りとみなし、一族全員でその責を負ってもらうであるの。

 今回同行したのは忠臣ばかりであり、その心配は無いとはいえ、それでも念を押しておいて欲しいであるの」


 するとカマロッツは表情を変えることなくエルダンに言葉を返す。


「承知しました。

 ……これはわざわざ言う必要の無いことかも知れませんが、わたくしを含めた臣下一同はエルダン様の回復を喜んでいるのと同時に、それ以上の感謝の念をサンジーバニーを与えてくださったディアス様方に抱いています。

 そんなディアス様方の不利益となるようなことを、エルダン様のお言葉に逆らってまでしようとする者は一人として居ないことでしょう」


 そう言って足早に会談の場を後にするカマロッツ。

 そんなカマロッツの背を苦笑しながら見送ったエルダンは、コホンと小さく咳払いをし、そうしてから居住まいを正して、


「では、仕切り直しであるの。

 ……ここまでの話は僕も忘れることにしたので、ここからが本当の会談の始まりであるの。

 僕がお預かりした陛下のお言葉と、公爵位の叙爵の件と、新たな家名を名乗る権利を含めたいくつかの特権が付与される件についてをお話させてもらうであるの」


 と、そんな言葉を口にする。


 まさか家名だのなんだのと、そんな話をされるとは思ってもいなかった私は、あまりのことに口を大きく開け放ちながら、愕然としてしまうのだった。

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