第101話 エルダンとの会談 その1


 まだまだ皆が眠っているこの時間にこれ以上騒がれてしまってはまずいと慌ててカマロッツを制し、兎にも角にも話は移動してからにしようとエルダン達の幕屋へと向かうと……そこには幕屋の側で荒く息をしながら寝転がるエルダンと、そんなエルダンを心配そうな表情で見つめる大勢の兎に似た顔をした獣人達という……カマロッツの話とは全く逆の、予想外の光景が広がっていた。


 元気に駆け回っているという話ではなかったのかと驚き、慌ててエルダンの下へと駆け寄って「大丈夫か」と声をかけると、獣人達の中に混ざっていた人間族の老人がなんとも朗らかな表情で言葉を返してくる。


「はしゃぎ過ぎた為に息を切らせてしまっただけですよ。

 いくらか病魔が鎮まったとはいえ、まだまだ快癒とは言い難い状態です。

 当分は無茶をせずに安静にして頂く必要がありますな」

 

 そんな老人の声に続く形でエルダンの側へと駆け寄ったカマロッツが声を上げる。


「こちらはエルダン様専属となって頂いたカスデクス領一の名医で、周囲の兎人族は彼の弟子となります。

 前回の来訪時にエルダン様が体調を崩されてしまったことを考慮して同行して頂いたのです」


 そんなカマロッツの言葉を受けて頷いた私が、


「なるほど……。

 しかし快癒していないということはやはりあのサンジーバニーは本物では無かったのか?」


 と、言葉を返すと老人がその首を左右に振ってから声を上げる。


「昨夜口にしたという件の薬草については間違いなく本物でしょう。

 たったの一晩でここまで病魔を鎮めるなど人の手ではまず不可能、それこそ神の奇跡としか言い様がありませんからな。

 しかしながらエルダン様の病魔の根源はそう簡単に……一晩やそこらでどうにかなるものではありません。

 奇跡のおかげで快癒に向かいつつあるものの、完全に快癒するまでにはそれ相応の時間が必要と、そういうことなのでしょう。

 エルダン様のご様子から見るに恐らくは一ヶ月……いえ、二ヶ月程の時間をかけて病魔の根源を鎮めていくのではないでしょうか」


 そう言って老人はエルダンの現状を……私にも分かるように簡単に説明してくれる。


 そもそもエルダンの抱えている病気は、生まれつきの体の内部の歪みによるものであり、そんなエルダンの病気を治すということはつまり、その歪みを正すということになるそうだ。


 体の歪みを一晩でどうこうするなど神の奇跡であっても不可能だろうし、仮に可能なのだとしても今度はエルダンの体力がその奇跡についていけずに、命を落としてしまうかもしれない、とのこと。


「それがどんな病魔であれ、鎮める際に多くの体力を消耗してしまうものです。

 エルダン様のような大病ともなれば、その量は桁違いとなることでしょう。

 ……エルダン様の今のご状態は、時間をかけてゆっくりと鎮めなければ危険だという神の気遣いの結果なのも知れませんな」


 説明を終えての老人のそんな言葉に私は、イルク村を案内し終えた後に気が抜けてふらついてしまったあの時のことを思い出す。


 私もまたサンジーバニーのおかげなのか、普通ではあり得ない早さで高熱とひどい化膿から回復している。

 その為に多くの体力を消耗してしまい、そんな状態で村を歩き回ったせいでああなったと、そういうことなのだろうか……?


 ……と、そんなことを考えていると、ようやく息が整ったらしいエルダンが、その体を起こし上げながら声を上げる。


「ディアス殿、ご心配をおかけしたようで申し訳なかったであるの。

 それとカマロッツが早朝から余計な騒ぎを起こしてしまったことについても申し訳なかったであるの。

 思いも寄らない出来事に少しばかりはしゃぎ過ぎてしまったものの、こちらの専属医の言葉の通り僕の体調に全く問題なく、ご心配頂く必要は無いであるの。

 ……会談については予定通り朝食の後に、腰を据えてサンジーバニーの件を含めた色々なことを話し合いたいと思っているので……何はともあれまずは食事や身支度を済ませて来て欲しいであるの」


 そう言ったエルダンの顔はいつも以上に血色が良く、その目は生気に満ち溢れていて……確かに心配の必要は無さそうだな。


「分かった。

 ……もしかしたら日課やら身支度やらで少し遅くなってしまうかもしれないから、そのつもりで頼む」


 休む時間と準備の時間が必要だろうとの気遣いで私がそう言うと、エルダンは何も言わずに微笑んで、力強いしっかりとした態度で頷いて見せる。


 エルダンのその笑顔を見て、どうやら私の気遣いについてはバレてしまっているようだなと、そんなことを考えながら私はその場を後にするのだった。




 身支度を整え、食事を終え、アルナー達といくつかの話し合いを終えて……それなりの時間が経つのを待ってから、書記をするとはりきっているエイマを頭に乗せて、これまた会談ならば自分の出番だとはりきっているエリーを連れて、エルダン達の下へと向かうと、朝方には無かった立派な天幕が私達を出迎えてくれる。


 何本もの木の柱に支えられた天幕の下には、以前戦場で見たあの白木のテーブルと、いくつかの白木の椅子が並べてあり、シルクのテーブルクロスの上には書類の束やら、小さな木箱やら、陶器の花瓶やらが置かれている。


 テーブルの向こう側に並べられた椅子の一つには、私達の到着を待っていたらしいエルダンがゆったりと腰掛けていて……私達の到着に気付くなり大きな笑顔となったエルダンが、仕草でもって向かい合う椅子に座るように促してくる。


 エルダンと向かい合う席に私が座り、その隣にエリーが座り、私の頭の上からテーブルの上へとエイマが降り立ったのを見て、エルダンの側に立っていたカマロッツが慌てた様子で何処かへと駆けていく。


 そうしてシルクの布で包んだ小さな二つの箱を持って来たカマロッツが、それらをエイマ用のテーブルと椅子に見立てた形で設置し、エイマに「こちらにどうぞ」と声をかける。


 そんなカマロッツに、丁寧な仕草で礼をしたエイマがその箱の上にちょこんと腰掛けたのを見て、満足そうに頷いたエルダンがゆっくりと口を開く。


「それでは会談を始めさせて頂くであるの。

 今日の会談では陛下からのお言葉をお伝えすることを含めた、様々な国事に関わるお話をする必要があるの。

 ……ただそれらのお話は一度始めてしまうとなんだかんだと時間がかかってしまう上、諸々の事務作業などもあるので、そちらよりもまずはあの薬草……サンジーバニーについてのお話をさせて頂きたいであるの!」


 生気に満ちたツヤツヤとした表情で鼻息荒くそう言うエルダンに私は、


「分かった、そこら辺のことはエルダンに任せるよ」


 と、そう言って深く頷くのだった。

 

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