第99話 イルク村を見て回ろう


 イルク村を見学したいというエルダンに『好きにしたら良い』と言いはしたものの……まさか本当に好きにして貰う訳にも、案内をしないという訳にもいかないので、エルダン達の幕屋が完成するまでの間、私とアルナーとでイルク村の案内することになった。


 クラウス達に村の皆への事情説明を頼み、皆の下へと駆けていくのを見送ってから……エルダンを連れて村の南にある畑へと向かう。


 位置的には広場の方が近かったのだが……今の時間帯、夕食の支度などで忙しくしているであろう広場の案内は後回しにした方が良いだろう。


 ワクワクとキョロキョロとしているエルダンを連れて少し歩いて、そうして作物がいっぱいに生い茂る畑が見えてきた辺りで、身振り手振りを交えての説明を始める。


「ここがエルダンに用意して貰った道具で耕した畑だな。

 あそこに見えるのが畑用の溜池なんだが、川の水量が十分なのもあって今のところは溜池の世話にはなっていないな。

 畑にはエルダンから貰った種や種芋などが植えてあって、夏の日差しのおかげでどれも順調に育っていて―――」

 

 私のそんな説明を聞きながら畑をじっと見つめて……目を擦ってから二度三度と見返したエルダンが声をかけてくる。


「でぃ、ディアス殿。

 そんなことよりもこの畑の形は一体……何がどうなっているであるの?」


「―――ああ、うん。

 やはりそこが気になってしまうか……」


 畑に描かれた作物達による緑の円。

 畑を作り種を植えたばかりの頃、一つだけだったはずのその円は……いつの間にやら数が増えてしまって、今や三つとなってしまっている。

 

 いや、正確に言うのであれば、三つの円が連なったような形になってしまっている、と言うべきか。

 その大きな円の連なりが私が作った畑と、チルチ婆さんとターラ婆さんが作った畑を横断している……と、そんな感じだ。


 何故そうなったかについては、いくら考えても、いくら話し合っても答えが出ない為、そういうものだろうと諦めているというか……あるがまま受け入れているのが現状だ。


 そこら辺の話をそのままエルダンに伝えると、エルダンは難しい顔をして一頻りに悩んで……そうしてから深く考えない事にしたのか、


「さ、作物が順調に育っているようで何よりであるの」


 と、そんな言葉を口にして畑から目を逸らす。



 私もアルナーもそんなエルダンに何も言わず、そのままこの話題に触れずに流すことにして……もうここの案内は良いだろうと畑を後にして、広場と畑の中間に位置する厩舎へと向かう。


 少し前に増設した厩舎では、食事を済ませてゆったりと体を休める馬達や、夏場ということでその毛を綺麗に刈られた白ギー達が寝転んでおり、エルダンはその一頭一頭の顔をゆっくりと眺めていって、にっこりと微笑む。

 

「皆元気そうで何よりであるの。

 表情も良いし、毛艶も良いし、よく食べてよく肥えて、幸せ一杯って感じであるの」


 そう言ってその笑顔を一段と柔らかくするエルダン。


 ここにいる馬と白ギーは、そのほとんどがエルダンに譲って貰った者達だ。

 その馬達が元気で幸せそうにしているのは、譲った側としても嬉しいことなのだろう。


 そうして厩舎を眺めていったエルダンは増設したばかりの真新しい一帯へと視線をやって……そこでアイーシアに、ディアーネが乗っていた馬の存在に気付いて、その笑顔を硬くしてピシリと硬直する。


「こ、これは王家の……そ、そう言えばあの時確かに……。

 しかし今更報告をする訳にも……い、いやっ、気のせいであるのっ、夕陽が反射して毛色が変に見えただけであるの!!」


 硬直したままそんなことを言い始めるエルダン。


 何かまずいことでもあったのかと私が声をかけようとすると、エルダンは私の方へと振り向き、物凄い形相と強い光のこもった目でもって「この件に関しては何も言ってくれるな」と訴えかけてくる。


 そのあまりの形相に気圧されてしまって頷いた私を見てエルダンは「次に行くであるの!」なんてことを言って、足早に厩舎から立ち去ってしまうのだった。



 そうして厩舎から広場へと向かおうとするエルダンに「次はこっちだ」と声をかけた私は、小川近くの飼育小屋の方へと足を向ける。


 そこにはガチョウ達が住まう飼育小屋と小さな池があり、それらを覆い囲む柵の中でガチョウ達とヒナ達が一塊となってゆったりとその体を休めている。


 そんなガチョウ達と、飼育小屋と池とをじっと見つめたエルダンが、ホッと安堵のため息を吐く。


「ふ、普通のガチョウ達のようで何よりであるの。

 僕はまた何かおかしな、金羽毛のガチョウでも居るのかと……はっ!? ま、まさか金の卵を産むガチョウがいるとか……!?」


 安堵したかと思えばそんなことを言い出して不安そうな表情となるエルダンに、アルナーが呆れ混じりの声を返す。


「そんな孵りもしなければ、食べられもしない卵が産まれたところで邪魔になるだけだろう。

 ガチョウのメスは皆、美味しい卵を産んでくれる良い子ばかりだとも」


 そう言われてエルダンは、もう一度安堵の溜め息を吐き出す。

 

 ため息を吐いてから改めてじっくりとガチョウ達の様子を眺めて……そろそろ寝る時間なのか、ノタノタと飼育小屋の中へと入っていくガチョウ達を見送ってからその場を後にする。



 そうして最後に案内するのはイルク村の広場だ。


「一番手前のあのユルトが倉庫で、向こうに見える大きな屋根が竈場だ。

 あっちにあるのが厠であれが井戸で……私達のユルトと皆のユルト、あの大きな集会所用のユルトに囲われたこの一帯が村の広場ということになる。

 夕食の支度がしてあることから分かるように晴れた日にはここに集まって皆で食事を摂るんだ。

 天気の悪い日にはあの集会所で食事をしていたんだが……最近は人数が増えたのもあって、それぞれのユルトで摂るようになったな。

 ああ、あの戦鐘は連絡用の鐘として使っているよ。それとそこに並んでいるいくつかの畑は子供達……セナイとアイハンが世話をしている畑だ。

 最初は小さな畑一つだけだったんだが……いつの間にか数が増えていてなぁ。

 正直何を育てているかも良く分かってないんだが、どの畑の木も草も順調に育っているようだから、まぁ二人の好きにさせているよ」


 と、広場へと向かいながら、視界に入った順にそれが何であるかを説明していく。


 広場の地面には大きな布が敷かれていて、その上にテーブルを置き、そのテーブルの上に料理が並べてあってと、どうやら夕食の支度は終わっているようだ。


 そして広場にはクラウス達やマヤ婆さん達、それと犬人族達が集まっていて……エルダンの姿を見るなり犬人族達が、エルダンの下へと駆け寄ってわーわーと元気な声を上げ始める。


 エルダンの名前とお礼の言葉を連呼する犬人族達は、どうやらそうすることで自分達はここで楽しくやっていると、ここに送り出してくれてありがとうと、そんなことを伝えようとしているようだ。


 それを見てなのか、自分達もとエルダンの下に駆け寄って「元気にやっています」とそれぞれに声を上げるエイマとカニス。


 そこへ幕屋と夕食の準備が出来たとの報告をしに来たカマロッツまでが合流し、そうしてエルダンの周囲が一気に賑やかになったのを見て……邪魔をしてはいけないなと、そっとその場から距離を取る私とアルナー。

 


 ―――と、その時だった。

 何があったという訳でも無いのだが、ふいに私の全身というか膝から力が抜けてしまって、そのせいでよろけて、転びかけてしまう。


 すぐに体勢を立て直し、体の様子を確かめるが……特にこれといった異常は見当たらない。


 まだまだ病み上がりの身というか、先程まで熱を出して寝込んでいたのだから、このくらいの事はあるかとそんなことを考えていると……側に居たアルナーが慌てた様子で私の体や顔に手を触れて、異常が無いかを確かめ始める。


「……熱は無い、腫れも無い。

 鼓動も乱れていないし、ただ気が抜けただけのようだな」


 そう言って安堵のため息を吐くアルナー。


 そんなアルナーに対し、余計な心配をかけてしまったなと、私が謝罪とお礼の言葉を口にしようとしていると、視線を私から外したアルナーの口から「あっ」との声が漏れる。


 一体何があったのかアルナーの視線はエルダン達の方を向いていて……その視線を追いかけてみると、笑顔でエルダンとカマロッツに器を手渡すセナイとアイハンの姿がそこにあった。


「あっ!?」


 それを見て私がそんな声を上げる中、受け取った器に口をつけたエルダンとカマロッツは、その中身を……なみなみと注がれた深緑色の液体を一気に飲み干してしまうのだった。


 

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