第95話 謎のメーア


 トンボ達の死体を回収し、ぶん投げた戦斧を回収し、トンボに回避されてしまった何本かの矢も回収して、そうして私とゾルグは鬼人族の村では無くイルク村へと向かっていた。


 距離的にイルク村の方が近かったというのもあるが、何よりの理由はゾルグがイルク村に行きたいと強く望んだ為だ。


 どうやらトンボ達の討伐という功績があればアルナーに見直してもらえるはずだと、そう考えてのことらしい。


 羽と首とを切り離し、持ち運びやすいように紐で縛り上げたトンボ達を両手で大事そうに抱えたゾルグは、朝方の憂鬱そうな表情は何処へ行ったのやら、なんとも良い笑顔で意気揚々とイルク村へと向かって突き進んでいく。


 戦斧を肩に担ぎながらそんなゾルグの後を追う私は、ゾルグとは対照的にがっくりと肩を落とし暗澹たる表情を浮かべていた。


 ああ……全く、なんだって私は回し蹴りなんかを放ってしまったのだろうか。


 咄嗟のことだったとはいえ、あの鋭い刃のような羽で羽ばたくトンボを蹴ったりしたらズボンがどうなってしまうのか……そのくらいの事、予想出来ただろうに。


 おかげでシャツだけで無くズボンまでもがボロボロになってしまっていて……アルナーの怒った顔が目に浮かぶようだ。


 そんなことを考えて大きな溜め息を吐いていると、いつの間やら近くへとやって来ていたゾルグが声をかけてくる。


「お前、変わってんな」


 あまりに端的なその言葉の意味が分からず、私が「うん?」と首を傾げると、それを見たゾルグが言葉を続けてくる。


「あの王国の領主様がだ、服が破けたくらいの事でビクビクしちまってよ。

 そこまで嫁に……アルナーに頭が上がらないってのは、変わってるとしか言い様がねぇよ」


 ゾルグにそう言われて、そういうものだろうか? と、少しの間考え込んだ私は、素直に思っていることをそのまま言葉にする。


「今の私があるのはアルナーの……アルナーと出会えたおかげなんだ。

 その上、毎日のように家事だなんだと世話になっているんだ、頭が上がらないのは当然のことだろう。

 このシャツやズボンだってアルナーが苦労して作っている様子を見ていたからなぁ、尚更だ」


「ふぅん、そういうもんかねぇ。

 王国人らしくないっつうか、なんつーか……。

 確かお前の名前は……ディアスっつったか。

 ……名前も見た目もその中身も、何もかもが変わりモンなんだなぁ、お前は」


 そう言って小さく笑ったゾルグはトンボ達を抱え直し、足早になってイルク村の方へと突き進んでいく。


 一刻も早くアルナーに会いたいと、そういう事なのだろう。

 どんどんと速度を上げていくゾルグを、私も足早になって追いかけるのだった。




 そうしてイルク村に到着した私達を出迎えてくれたアルナーの反応は、予想していたものとは違う……全くの正反対のものだった。


 まず私に対しては怒ることは一切無く、脇腹や腕やトンボを蹴った際に負った怪我のことを真っ先に心配してくれて、怪我が深手でないと知ると、


『替えもあることだし服のことは気にするな。

 ウィンドドラゴンを討伐したことを思えば些細な事だ』


 と、笑顔でそう言ってくれたのだった。



 そしてゾルグに対しては……見直すも何もなく、ただただ冷淡に対応するのみだった。


 負傷した私を送り届けてくれた事に一応の礼を言い、二人で討伐したものだからとトンボの素材を半分に分けて渡し、用が済んだのならさっさと鬼人族の村へ帰れとばかりに、


『なんだ? まだ何かあるのか?』


 と、感情の込もっていない一言。


 そんな一言を受けて驚き落胆するゾルグに対し、アルナーはどこまでも冷淡に対応し続けて……そうしてついにはゾルグを追い返してしまったのだった。


 いくらなんでも冷たすぎやしないかと思うような対応だったが……アルナーにはアルナーなりの考えがあっての事だったようだ。


 今のアルナーはイルク村の住民であり私達の家族であり……ゾルグがその男気を誇る相手はここには居ない。


 ウィンドドラゴンを倒すという男気を見せたのであれば、真っ先に向かうべきは鬼人族の村であり……誰かに寄りかかりたいというのであればアルナーにそれを求めるのでは無く、鬼人族の村で相応しい伴侶を見つけるべきだ。


 自分のことよりも伴侶のことよりも、家族のことを想うというのであれば、アルナーよりも実家の弟妹達のことを、家長となるルフラのことを想って欲しい。


 だというのに真っ先にイルク村に……アルナーの下に向かって来てどうするのだと、そんな怒りもあっての冷たい対応だったようだ。


 アースドラゴンに比べて体は小さく、強度的にも劣るウィンドドラゴンだが、それでもドラゴンはドラゴン。

 二匹と半分もあれば、立派なユルトを建てていくらかの家畜を持って、そして結納品として渡しても余る程の価値があるらしい。

 

 ゾルグがそれだけの……命の危険が伴う遠征班を辞めて家畜を持ち、家庭を持てるだけの男気を見せたこと自体に関してはアルナーにとっても喜ばしい事なのだそうで……私への対応が柔らかかったのは、そのことが影響していたのかもしれない。


 ともあれ、そういった想いでもってゾルグを追い返したアルナーは、色々な想いが込められているであろう大きな溜め息を吐き……そして、


『ディアス! 宴だ!』


 と、村の皆に聞こえてしまう程の大声を上げたのだった。




 そうしてもうそろそろ夕刻になるという時間になっても、私がウィンドドラゴンを狩ったことを祝う宴は盛況さを増し続けていた。


 いつになく元気で、いつになく明るいアルナーを中心に盛り上がり続ける今日の宴。


 歌でも踊りでもその中心には常にアルナーの姿があり……村の皆は夏の暑さも忘れて笑い声を上げ続けている。


 私がドラゴンを狩ったことを祝う宴というよりかは、アルナーが元気なことを祝う宴だなと、そんなことを考えて小さく笑った私は、休憩がてら村の中を見て回ろうかと、広場に設けられた宴の席を離れて、村の各所へと足を向ける。


 夕刻となっていくらか涼しくなった風を堪能しつつ、誰も居ない村の中をゆったりと歩いていると……村の外れをコソコソと歩く一匹のメーアの姿が目に入る。


 フランシス達もエゼルバルド達も宴の席に居たはずだが……と、そのメーアの方へと近付くと、私に気付いたらしいメーアが、なんとも露骨に焦った表情となり、わたわたと動揺して……そうしてから、


「め、めぁ~」


 と、なんとも言えない声を上げてくる。


「うーむ、やはり見ない顔だな。

 何処からか迷い込んだか? それともこの村に住みたくてやって来たのか? そういう事なら歓迎するが……」


 そのメーアへと近付いてしゃがみながら私がそう言うと、メーアは一段と焦りの表情を強くし、


「めぁめぁめぁ~~、めぁ~」


 と……何かを弁解するかのような、誤魔化すような態度で声を上げる。


「うーむ……すまない。

 私はまだメーアの言うことを理解出来ていないんだ。

 何かを伝えようとしているという事は分かるんだが……広場の方に行けば皆が居るから、皆に話を聞いて貰うと良い」


 私がそう言って、メーアを撫でてやろうかと思って手を伸ばすと……そのメーアはメーアとは思えない素早い動きでズサッと後方へ飛び退き、


「ああ、もう、まだるっこしい男だね!

 言葉が分からないまでも、表情とか雰囲気とかから察しても良さそうなもんじゃないか!

 ああもう、ああもう全く、全く!

 騒ぎに乗じてこっそりと置いてくるつもりがなんだってこんなことに……!」


 と、はっきりとした人の声、人の言葉で喋りだしてしまう。


「しゃ、喋った!?」


 そのあまりの出来事に私は、驚いてしまってそんな大声を上げてしまって……そうして慌てて立ち上がろうとするも、足を滑らせて尻を地についてしまう。


 そんな私を見て呆れたかのような表情となり、大きな溜め息を吐いたそのメーアは、自らの口を自らのふわふわとした毛の中に突っ込み、毛の中から何か……麻袋のようなものを咥えて取り出し、その麻袋のようなものを私の方へと投げて寄越す。


「人の身にあっての二度のドラゴン退治、見事でした。

 そんなアナタには我が主の命により、サンジーバニーの葉三枚、種一つを下賜してあげます。

 これからも我が主を害さんとするドラゴンを退治し、我が子らを保護するよう務めなさい。

 アナタのおかげで我が主の傷が癒える日も近いことでしょう、私からも一言よくやったとの言葉をあげます。

 ……ああ、それとサンジーバニーを売って儲けようだとか、悪用しようだとか、そういった類の邪念を抱くとたちまちその葉と種は枯れてしまうので、重々気をつけるように」


 そんな訳の分からないことをメーアに言われて、サンジーバニーとはこれの事かとその麻袋へと視線を落とすと……その瞬間、頭を揺さぶられたかのような目眩がして……そしてふと気付けば、そのメーアの姿は何処にも無く、ただ麻袋だけがそこに残されていた。


 慌てて立ち上がり、何度か目をこすってから周囲を見渡しても、酒を飲んでもいないのに酔ったかと思い、酔いを覚まそうと自分の顔を殴ってみても、先程のメーアの姿は何処にも見当たらず……やはり麻袋が転がっているのみ。



 麻袋へと手を伸ばし拾い上げてその中身……三枚の若々しい葉と、丸い皺だらけの種を確認した私は……一体何が起きたのかと、しばしの間、呆然としてしまうのだった。


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