第93話 ―――達との戦い その1
「獲物を狩る際、奴らは真っ先に獲物の目や耳を狙ってくる!
目と耳を奪い、次に手足を奪い、獲物を存分にいたぶった上で捕食するという訳だ!
逆を言えば奴らは獲物を一撃で仕留めるような力を持っていないということになる!
牙と羽の鋭さはかなりのものだが、あの軽い体のせいで力が乗らないんだろう!」
矢を番えた弦を引き絞りながら大きな声を上げるゾルグ。
「……そいつらには牙と羽があるのか、私には小さな何かが飛んでいるようにしか見えないのだが……」
戦闘状態を維持しながらそれらをじっと睨む私がそう言うと、ゾルグは苛立ち混じりの声を返してくる。
「これだけ近付いて来ているのに見えてないのか!? ああもう弓を使わない奴はこれだから……!!
よく見ろ! 醜悪な顔に、鋭い牙に、磨かれた刃物のような羽……あれがウィンドドラゴンだ!」
そう言われて目を細めて、そいつらのことをよぅく見てみると、そいつらがこちらに近づいて来たのもあって、ようやくその正体をはっきりと視認することが出来る。
ギョロリとした眼に、鋭く大きな牙に、激しく動く四枚の羽に、紫色の鱗に覆われた細く長い体を持つ、それらのモンスターを一言で表すなら……、
「……トンボ?」
であった。
その体は普通のトンボとは比べ物にならない、遠目から分かる程の大きさとなっていて……あの感じだと、もしかするとセナイ達よりも大きいかもしれないな。
ゾルグの話からするとあの羽で攻撃を仕掛けてくるそうで……空を舞う薄刃大剣といった所だろうか?
アースドラゴンに比べるとかなり小さい上に、どう見ても虫にしか見えないその体から、正直な所あまり強そうには見えないのだが、しかしゾルグの焦り様からすると、それなりの脅威となるモンスターであるらしい。
いかにもトンボらしく空中で静止してみたり、そうかと思えば上下左右に激しく舞い飛んだりしているそれらをじっと睨みつけながら、さてどう戦ったものかと考えていると、ゾルグの弓から一本の矢が激しい音と共に放たれる。
凄まじい風切り音と共にトンボ達の下へと突き進んだその矢は、一匹のトンボの眼へと見事に命中した―――のだが、その眼は余程に硬いのか、あっさりと弾かれてしまう。
「くそっ、この強弓でも駄目なのか!?
というかアルナーは一体どんな素材でこれを作ったんだ!? 荒馬にも程があるぞ!?」
アルナー手製の弓を扱いきれていないのか、そんな声を上げるゾルグ。
その角をうっすらと光らせ、苦い表情を浮かべながら……どうにか二本、三本と矢を射るゾルグだったが、その全てがトンボに弾かれてしまい、トンボ達は傷一つ負うことなく悠々と空を舞い飛び続ける。
あの速度で飛べるのであればゾルグの矢を回避することも出来ただろうに、トンボ達はあえて矢を受けているようで……そうやって余裕を見せつけることでゾルグを嘲り笑っているかのようだ。
「ゾルグ、それはアースドラゴンの素材で作った弓だ。
矢の方もアースドラゴンの牙だの爪だのを使って作っていたはずだから、そちらを使ってみると良い」
自らの持っていた矢筒の矢ばかりを使うゾルグに対しそう助言すると、ゾルグは一瞬硬直し……そうしてこちらに引きつった顔を見せて来て、悲鳴のような声を上げる。
「あ、アースドラゴンの素材だと!?
弓だけならまだしも、矢までがそうなのか!?
一体何がどうなって……い、いや、細かいことは後回しだ、その話が本当なら……!!」
悲鳴を上げたかと思えば、意を決したかのような声を上げてと忙しないゾルグは、アルナー手製の矢筒へと手を伸ばし、そこに入っていた矢を弓に番えて弦を引き絞る。
アースドラゴンの弓矢を構えるゾルグに対し、トンボ達は尚も嘲るかのような態度を取っていて……そんなトンボ達を咎めるかのように矢が放たれ、ギィィィィンという高音と共にその矢がトンボの顔のど真ん中に深々と突き刺さる。
「よぅし! 一体仕留めたぞ!!」
ゾルグが歓喜の雄叫びを上げる中、力を失って羽を動かせなくなり、地面へ落下していく一匹のトンボ。
その様子を見てなのか、残り四匹のトンボ達が慌てたかのように激しく動き始めて、先程までとは打って変わった態度というか速度でもって、私達の下へと向かって飛んでくる。
そんなトンボ達へと向けてゾルグは次々と矢を放つ……が、トンボ達はその激しい動きでもってその全てを回避し、そうしながら更にこちらとの距離を詰めてくる。
ゾルグの話だとあのトンボ達の殺傷能力はそれ程高くないらしい。
ならば回避だとか防御だとかそういった事は考えずに、ただ攻撃だけに意識を集中させれば良いかと考えて……戦斧を振り上げ、その状態のまま駆け出して、トンボ達との距離を一気に詰める。
そうしてこちらを攻撃する為なのか高度を下げて来たトンボの一匹へと目掛けて全力で戦斧を振り下ろす……が、僅かな手応えも無いままに戦斧が地面へと突き刺さる。
……どうやら私の全力の一撃はあっさりと回避されてしまったようだ。
攻撃を回避されてしまい、戦斧を地面に突き立ててしまい、体勢を崩してしまった私の目の前には、ギチギチとその口、というか牙を鳴らして笑っているかのような顔をしたトンボの姿があり……そのまま私に顔に噛み付いてこようとするトンボを見て、私は咄嗟に戦斧から手を離し、拳を握り、その拳でもってトンボの眼を殴りつける。
まさか殴ってくるとは思ってもいなかったのだろう、トンボが僅かに怯んだのを見て、そのままその眼というか、トンボの頭をなんとなしに両手でがっしりと掴んだ私は……さて、どうしたものかと一瞬悩み―――
「この馬鹿!? 一体何をやってるんだ!?
敵はそいつだけじゃないんだぞ!!」
―――との背後からのゾルグの声と、周囲を飛び交うトンボ達の羽音と、ゾルグからの援護射撃だと思われる風切り音を耳にして、確かにこの一匹だけに構っていられないなと思い至り、掴んだ頭を思いっきりに地面に叩きつけて、それを靴でもって踏みつけて、踏みつけたまま戦斧を握り地面から引き抜く。
引き抜いた戦斧を握り直し、力を込めてトンボの首へと振り下ろすと、思っていたよりもかなり硬い感触が手に伝わって来て……その硬さに応えるように一段強く力を込めると、それでようやくザクリとトンボの首が落ちる。
―――と、その直後。
「グズグズするな! 後ろに跳べ!!」
との鋭い声がゾルグから上がり、その声に従って地面を蹴って後方に飛び退くと、それまで私がいた場所へと三匹のトンボ達が凄まじい速度で飛び込んで行く。
仲間を次々と失っての怒りなのか何なのか、先程までとは段違いの凄まじい速度と鋭さで舞い飛ぶトンボ達は、飛び退いた私を見て直ぐ様にその身を翻し、こちらへと真っ直ぐに突っ込んでくる。
そんなトンボ達を迎撃する為、私が戦斧を振るい、私の後方からゾルグが矢を放つ……がトンボ達は軽々と私達の攻撃を回避して見せて、すれ違いざまにその羽でもって私の脇腹や腕を斬り裂き……そのまま上空へと一列に並んで一気に飛び上がって行く。
幸いにして深手では無かったようだが、傷口からは鋭い痛みと相応の出血があり……流れ出た血のせいで、あちこちを斬り裂かれた服が汚れるのを見て、私は思わず「ぐうう」との唸り声を上げてしまう。
多少の怪我くらいは仕方ないかなどという私の浅はかな考えのせいで、アルナー手製の服をこんなにしてしまうとは……。
これを見たアルナーが一体どんな顔をするのか、何を言ってくるのか分かったものではない。
この上更に、ズボンまで斬り裂かれたりしたら……。
そんなことを考えて深刻な表情となる私を見てなのか、ゾルグがすぐ側まで駆け寄って来てくれて……私はそんなゾルグと並び立ちながら、これ以上やらせるものかと上空を旋回するトンボ達を強く睨み、戦斧を構え直すのだった。
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