第79話 夏のある日の再会


 クラウスとカニスの結婚の祝宴の日から数日が過ぎた。


 太陽が高く昇り、肌を刺すような暑さを放つ夏本番となり……畑の作物達はそんな陽射しの下すくすくと育ち、ガチョウの卵から何羽かのひよこが孵り、馬達と白ギー達は毎日毎日元気に草を食み続けていて、イルク村の毎日はとても順調だ。

 

 夏の暑さにやられて体調を崩す者が出やしないかと心配していたのだが、今の所そういった問題は起きていない。


 暑さで失った汗と力を補給する為の水をアルナーが、陽射しを防ぐ為の帽子をマヤ婆さん達が作ってくれているからだ。


 人は暑いと汗をかく。

 汗をかき過ぎると体内の水分がどんどん失われていって、結果体調を崩してしまうので夏場の水分補給は欠かせない。


 かといって水だけを飲んでいれば良いというものでも無いらしく、汗と共に失った力を補給する為に、結構な量の塩と少しの蜂蜜を口にする必要があるそうだ。


 そういう訳でアルナーは、皆が使っている飲水用の水瓶に体を冷やす効能のある薬草を刻んだものと、犬人族達が草原の南から毎日のように拾ってくる岩塩と、少しの蜂蜜を、毎朝毎朝混ぜてくれている。


 そうやって出来上がった水は、飲み心地がとても爽快で飲みやすく村の皆……セナイとアイハンを除いた皆から好評となっている。


 セナイとアイハンは甘くて美味しいあの蜂蜜を使うのであれば、もっと甘く仕上げて欲しいとの不満を抱いているようで、毎日毎日アルナーに混ぜる蜂蜜の量を増やして欲しいと交渉しているようだが……その交渉はあまり上手くはいってないようだ。


 そしてマヤ婆さん達の作ってくれた陽射し除け帽子。


 そこらに生えている背の高い草を刈り、日干しにして乾燥させ、乾燥させた物を編んで作ったその帽子は、軽い上に通気性が良いのでとても評判が良い。


 穴をあけるなど加工も簡単で、犬人族達は耳を帽子の外に出すための穴をあけるなど自分達に合うように加工しながら愛用しているようだ。


 

 そんな夏の日々の中で、私の生活はちょっとした変化を迎えていた。


 毎日の鍛錬などの日課をこなし、ある程度の仕事を終えたら、あまり外を出歩かずにユルトの中で夜までの時間を過ごすように……出産間近となったフランソワの側で夜までの時間を過ごすようになっていたのだ。


 秋頃になるらしい出産を控え、お腹をふくふくと膨らませたフランソワは、一日のほとんどをユルトの中で寝て過ごしている。


 体調が悪いとか、暑さに負けたとかそういうことでは無く、幸せそうに鼻をピスピスとさせながら寝ている様子を見るに、今はとにかくそうやって寝ていたい時期であるらしい。


 そんなフランソワの側にいてやって、時たま撫でてやったりしていると、フランソワはより幸せそうに安心した様子で眠ってくれるので、出来る限り側に居てやりたくてそうしている、という訳だ。



 最近になってフランシスが忙しない様子で村の中を駆け回っていたのは、そんな状態のフランソワの世話をする為だったようだ。


 草原まで駆けて行って、柔らかそうな草を探し、それを口いっぱいに頬張り、噛んで柔らかくしてやりながらフランソワの下まで運んで食べさせてやって、そしてまた草原へと駆けていく。


 一日中、何度も何度も繰り返されるそれは、アルナーが言うにはメーアの習性では無いとのことで、フランシスなりにフランソワのことを考えて思いついた行動なのだろうとのことだ。


 フランソワだけでなく、そうやって妻の為、家族の為に頑張るフランシスを撫でて労ってやるのも最近の私の大事な日課となっていた。



 そういう訳で日課を終え、仕事を終え、昼食を終えた私がユルトの中で、スピスピと眠るフランソワを背中をそっと撫でてやっていると……ドタバタとの騒がしい足音の後に、一人の犬人族がユルトの中に駆け込んでくる。


「ディアス様、お客さんです!

 盗賊じゃないみたいです! メーアさん達をたくさん連れてます!」


 ユルトの中に駆け込んで来たセンジー氏族の若者はそう言ってピシリと姿勢を正して、何かを待つように尻尾を振り始める。


 フランソワのことを羨ましそうに眺めている若者を見て、近くに来るように手招きし、その頭を撫でてやりながら……さて、そのメーアを連れた客とやらにどう対応したものかと頭を悩ませると、


「メァ~、メァメァー?」


 と、いつの間にやら目を覚ましていたらしいフランソワからそんな声が上がり、その声に若者が言葉を返す。


「はい! メーアさん達は全部で6人でした!

 怪我とか病気してる感じはなかったです!」


「メァ~メァ、メァメァ~」


「そうですね! とっても仲良しな感じでした!

 心を許してるっていうか、仲良くじゃれあっているって様子でした」


「メァ~~、メァメァメァ、メァー」


「分かりました! そう伝えてきます!」


 フランソワと若者の間で一体どんな会話が交わされていたのか、そんな言葉を最後に若者はユルトから出ていってしまう。


 そうしてゆっくりと立ち上がり、私のズボンを軽く食んでクイクイと引っ張ってくるフランソワ。


「……なんだ、トイレか?」

 

 訳も分からず私がそう言うと、フランソワはその目をキッと鋭くして、その角を私の膝にゴツンとぶつけてくる。


 痛む膝を撫でながら恐らくは立てということなのだろうなと察して私が立ち上がると、フランソワは私を先導するかのように歩き出してユルトから出ていってしまう。


 ユルトから出て広場を通り、村の東端へと移動していくフランソワを追いかけていって……村の東端で足を止めて、ちょこんと座るフランソワに従って私もそこで足を止める。


 そうして何がなんだか分からないまま、フランソワに従ってそこで待機していると、遠目に先程の若者を含む何人かの犬人族達に先導されながら、こちらへとやってくる馬車と毛刈りを終えたばかりといった姿のメーア達の姿が視界に入る。


 馬車の御者台には2人の男女の姿があり……なんとなく見覚えのあるその2人の顔を見て……目をこすってからもう一度2人の顔を見た次の瞬間、鼻の奥……頭の中から懐かしい匂いが漂って来て、その不思議な感覚が全身へと広がっていく。


 ああ……あの2人は―――。


「アイサ! イーライ!」


 思わずそんな大声を上げてしまう私に、御者台の2人は大きく手を振りながら、大きな笑顔を返してくる。


 私がそんな2人に負けないくらいに大きく手を振り返していると、馬車の荷台から赤い帽子、赤いドレス姿の誰かが慌てた様子で飛び出てくる。


 そうして笑顔半分、泣き顔半分といった表情でこちらへと駆けてくるその顔を見て……それが誰であるのか気付いた私が、


「おお! エリックも一緒だったのか!!

 元気そうで何よりだ!!」


 との大声を上げると、途端にエリックが膝から崩れ落ちて、半ば転ぶような形で地面に手を突いて、がっくりと項垂れる。


 おかしな格好をして、急に崩れ落ちて……体調でも悪いのかと心配になったが、悔しげに地面を叩いている様子を見るに、どうやらただ躓いて転んでしまっただけのようだ。


 そしてそんなエリックをメーア達が心配そうな様子で囲み、メァーメァーと慰めるかのような声を上げ始める。


 その様子を見て、私は先程の犬人族とフランソワの会話の内容を今更ながらに察する。


 ようするに、メーアと共にあり、メーアが良く懐き、メーアと仲良くしている人間達であれば、悪人では無いだろうし、イルク村まで連れて来ても問題無いとか、そんな会話だったのだろう。


 アイサもイーライもエリックも、皆とても心の優しい子供達だったので、その判断は正しかったと言えるだろう。



 兎にも角にもかつて一緒に暮らした子供達が、今もああして元気でいることが私は嬉しくて嬉しくて……思わず涙ぐんでしまうのだった。

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