第78話 草原への旅路 その4
老人の下へと向かい、声をかけて挨拶を交わし、いくつかの言葉を交わし合って分かったことだが、老人は羊飼いではなく旅の神官なんだそうだ。
個人的な用事があって兄貴の領地を目指しているとかで……一緒に居た風変わりな羊達は、家畜でもペットでもなく、道中で知り合った旅の仲間だ、とのこと。
羊が旅の仲間とは一体……と、困惑する俺達を見ての老人の説明によると、この羊達、こちらの言葉をちゃんと理解出来るし、会話も可能なくらいに賢いらしい。
先程の老人のおかしな様子……というか笑い声は、暑さにやられたとかではなく、そんな羊達との会話の中で生まれたものなんだそうだ。
そんな話を聞いて、試しに羊達に話しかけてみると、ちゃんと返事をしてくるし、言葉一つ一つを理解したかのような動きを見せてくるし、その鳴き声や仕草でしっかりとした意思表示もしてくる。
そうした羊達の意思表示からどうにか察するに、羊達もまた何かの目的があって兄貴の下を目指しての旅をしているらしく……老人とは目的地が一緒だからと行動を共にしていた、とのことだ。
俺達は過去の経験から神殿や神官のことをひどく嫌っていた。
……だが、目の前の老人は俺達の知っている神官達とは違い、俺達のことを見下していないようだし、蔑むようなこともしてこない。
羊達にも優しく接しているようだし、神官という身分を振りかざすことなく、金に物を言わせることもなく自らの足で旅をしているようだし……馬と物資を持った俺達を見てもそれらをその権力でもって奪おうとしてこない。
そんな老人に……不思議と懐かしい気分になる顔をした老人に対し、神官だからと冷たい態度を取るのはどうにも躊躇われて、この暑さの中に放り出すのもどうにも躊躇われて……俺達は老人と羊達に、俺達も目的地が一緒だと、一緒に旅をしないかと声をかけたのだった。
そうして老人と6匹の羊達の快諾を受けて、一緒に兄貴の下まで旅することになって……俺達が真っ先にしたのは、
「この炎天下で、そんなモコモコした毛を着込んでいたら大変でしょう!
先に進む前にまずは羊ちゃん達の毛刈りをしちゃいましょう!」
というエリーの……荷物の中にあったらしい髪切りハサミを構えたエリーの言葉を受けての羊達の毛刈りだった。
街道脇の木の側に馬車を停めて、木陰で涼みながらの毛刈りは、羊達がとても協力的なこともあって見ていて気持ち良いくらいにサクサクと進んでいく。
「あら、ヤダ。なにこの毛、ふっかふかじゃないの。
手櫛が引っかからないくらいにサラサラだし……えぇー、一体どんなお手入れをしてるのよ、アンタ達」
「メァ~メァ~」
と、そんな会話をしながらエリーが器用に毛を刈っていき、
「うわぁ~、ほんとにふかふかだぁ。
この毛で服とか作ったら、良い値段が付きそうだねー」
「メァメァー! メァー!」
と、そんな会話をしながらアイサが麻袋に刈った毛を押し込んでいく。
そうやって順調に毛刈りが進んでいく中、俺はそこらから薪木を拾い集めて、火を起こし、水場から汲んで来た水を沸かし、茶を淹れる為の準備を整えていく。
喉が乾いているだろう老人と、これから喉を乾かすだろうアイサとエリーの為にと手を動かしていると、そんな俺達の様子を楽しげに眺めていた老人が、顎にちょんと生えた髭を撫でながら話しかけてくる。
「見ず知らずの老人を心配して声をかけてくれただけでなく、旅に同行させてくれるとまで言い出して、その上にこうして茶まで淹れてくれるとはなぁ。
……お前さん達、随分と人が好いんだなぁ」
老いからか薄くなってきた感じのある長い白髪を首の後ろで束ねた老人は、そんなことを言ってから皺だらけの顔で嫌味のない笑顔を作ってくる。
「……まぁ、俺達の育ての親がそういう人だったからな」
俺がそう言葉を返すと、老人はその皺と笑みを一際大きなものにして、ガッハッハと愉快そうに笑い声を上げる。
「しかし爺さん、このご時世に一人旅はいくらなんでも無謀過ぎじゃないか?
神官なら金はあるんだろうし……傭兵を雇うなり、馬車を手配するなり出来ただろう?」
笑い声を上げ続ける爺さんに俺がそう声をかけると、爺さんは笑いを飲み込み、顎髭を撫でて整えながら言葉を返してくる。
「お前さんの言う通り誰かを雇っても良かったんだがな、色々と都合が付かなくてなぁ。
……それに途中までは目的地を同じとする連れがおったからな、ずっと一人だったという訳でもないぞ」
「……途中まで? 目的地が同じなのにか?
その連れは一体どうしたんだ?」
「……アイツはなぁ、カスデクス領に入るまでは良かったんだがなぁ……。
たまたま立ち寄った酒場であれこれと話を聞いたら行く気が萎えてしまったとかでな、娼館巡りをするとか言い残して出て行ってしまったよ」
爺さんの話によるとその男は兄貴の戦友だったらしい。
領主となった兄貴の下に集まってくるであろう女と酒を目当てに旅に出て、爺さんと知り合い、一緒にカスデクス領まで来たまでは良かったが、兄貴の今を知るという獣人から詳しい話を聞いて……お目当ての女と酒が兄貴の下に無いと知って、そのまま娼館巡りへ。
……兄貴の旧知にしては随分とアレな野郎というか、なんというか……。
……まぁ、爺さんの話によるとそいつは旅の中であっても酒浸りだったそうだし、酒に頭をやられてしまったんだろう。
「ま、傭兵だのなんだのを雇っておったら、あの愉快な羊達ともお前さん達とも知り合えておらんかったんだろうし、結果良ければという奴だ」
と、そう言って爺さんは視線を羊達の方へとやって……腹を抱えながら大声で笑い始める。
そんな爺さんに釣られてそちらの方へと視線をやると、そこには綺麗に毛を刈られて、ほっそりとした羊達の姿がある。
悪い言い方をすれば貧相になったとも言える羊達のその姿に爺さんは笑いが止まらないらしく、羊達を指差しながら豪快な笑い声を上げ続ける。
そんな爺さんの態度に羊達はいきり立って爺さんに飛びかかり、爺さんは応戦する構えを見せて……そしてそのままじゃれ合い始める。
暑さが一番キツくなる真夏の真っ昼間に一体何をやってるんだろうかと思いながらも、そんな爺さんと羊達のじゃれあいの様子に、俺とアイサとエリーは思わず笑い声を上げてしまうのだった。
そうして爺さんと羊達という愉快な旅仲間を得た俺達は、ゆっくりとカスデクス領を巡りながら、色々な情報を集めながら西へ西へと向かい……カスデクス領と隣領を隔てているという森を越えて、ついに目的地へとたどり着くことが出来た。
そこには何もなく、ただただ広い……果ての見えない草原が広がっていて、俺達はその光景に思わず呆然としてしまう。
ここから先、何処へいけば良いのか、兄貴は一体この草原の何処にいるのかと、呆然としたまま少しの間考え込んでいると……突然ガサガサと何者かが草をかき分ける音が聞こえて来て、草の中から犬……のように見える、犬によく似た小柄な何人かの獣人達が飛び出してくる。
刺繍のされた白い布を身に纏い、首に不思議な首飾りを下げた獣人達は警戒した様子で俺達のことをじっと見つめながら声をかけてくる。
「誰ですか? お客さんですか? もし盗賊だったら噛み付きますので、盗賊ならとっととあっちにお帰りください!」
そんなことを言ってくる獣人達に、俺達はまた一段と呆然としてしまうのだった。
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