第76話 草原への旅路 その2

「お前……マジかよ。

 普通あの状況で俺達を巻き込むか?」


「ほんとビックリだよ……」

 石畳で舗装された大街道を西に向かって真っ直ぐ進み、カスデクス領まで後一歩という所にある宿場町の宿屋の一室でアイサと二人、偶然再会したギルドの仲間……家族の前に立ちながらそんな言葉を漏らす。


 ふわっとした金色の長髪、スラリとした長身。

 長いまつ毛、灰色の瞳、ハリツヤの良い肌。

 紅く染めたシルクのドレスに、薔薇を模した装飾をいくつも付けたという派手な格好のそいつは……兄貴の自称婚約者だ。


 頬を膨らませ、ふてくされた態度で椅子に腰をかけ、足を組んだそいつは、そのままだんまりを決め込もうとする……が、アイサに強く鋭く睨まれて、渋々といった態度で頬の中の空気を吐き出しながら口を開く。


「……わ、私は悪くないわよ!

 さっきのアレは全部あいつらが悪いの! あいつらがあの人を馬鹿にしたりするから……!

 そもそもあんな低俗な連中如きに、この私……エリー様の相手が務まる訳ないでしょ!!」


 そんなことを言うそいつ……エリー……の態度に、俺とアイサは互いを見合ってから深い深いため息を吐き出す。



 エリーがやらかしてくれたその現場に居た人達から聞かされたことの経緯は、大体こんな感じだ。


 酒場で酒を呷(あお)り長旅の疲れを癒やしていたエリー。

 そこに何人かの男達が現れて、良い女を見つけたとばかりにエリーに絡み始める。

 しかしエリーは、そんな男達の相手をする暇なんか無いと男達を拒絶。

 男達はそんなエリーの態度に怒り、声を荒らげるがエリーは相手にせず、無視を決め込み……男達は更に声を荒らげ、荒らげ続けて……ついに耐えかねたエリーが声を上げて口論に発展。


 その口論の中でエリーが自分の旅の目的と想い人である兄貴の名前を出すと、それを聞いた男達の1人が兄貴を馬鹿にし始めたんだそうだ。


 するとエリーはそれに激昂。


 男達を蹴り飛ばし、殴り飛ばし、投げ飛ばし……と、大暴れをしたらしい。


 しばらくして駆けつけた自警団にエリーは捕らえられ……ちょうどその時に折り悪くこの町に到着した……してしまった俺とアイサが、その騒ぎを見て一体何事だとその場に顔を出すと、俺達を見つけたエリーが俺達に声をかけて来ただけで無く、俺達の名前を呼び始めてしまって……そうして俺達はエリーの仲間と勘違いされてしまい、関係者として騒動に巻き込まれてしまったのだった。


 幸い自警団長が話の通じる人で、迷惑をかけた酒場への謝罪と、いくらかの賠償金を払うことで解放して貰えて、それから俺とアイサとエリーの三人でこの宿まで……その酒場からかなり離れた所にあるこの宿までやって来た……という訳だ。


 正直なところ、こんな奴はさっさと放り出してしまいたいのだが……目の届かない所にやったが最後、何をしでかすかわからない奴だし、そもそもこいつを止めることが旅の目的の一つだった訳で……ここで放り出す訳にはいかないよなぁ。


 ……と、そんなことを考えていると、俺とアイサがため息を吐いたまま何も言葉を発しないでいることに耐えられなくなったのか、エリーが、


「と、ところでアンタ達、どうして二人だけなの?

 あの元気な娘さん達はどうしたの?」


 なんてことを言ってくる。


 以前送った手紙にそこら辺の事情も書いておいただろうが……と俺が呆れる中、アイサが口を開き言葉を返す。


「あの子達は今王都に居るわよー。

 ゴル叔父さんのとこで社会勉強させてるの」


 アイサの言うゴル叔父さんとは王都にあるギルド本部を仕切っているギルド長のゴルディアさんのことだ。


 兄貴と同い年であり、ギルドの副リーダーのようなことをしていたゴルディアさんは戦場に向かう兄貴に俺達のことを、ギルドのことを託されて……俺達全員が独り立ち出来るように、ギルドがより大きい組織になるようにと寝る間も惜しんで尽力してくれた人だ。


 そうして俺達全員に職なり店なりを持たせてくれた上に、ギルドを王国中に拡げることにも成功したゴルディアさんのことは……兄貴の次に尊敬している。


 そんなゴルディアさんの下に、社会勉強の為にと娘達を預けて……そろそろ二年が経とうとしている。


「……王都に? まだ成人もしていないあの子達をあんな所にやっちゃって大丈夫なの?」


「あの子達は年の割にしっかりしてるから大丈夫だよー。

 それに最近の王都は雰囲気が良くなってきてるって聞くしー、ゴル叔父さんが側で面倒見てくれてるしー、心配いらないわよー。

 ……それよりも私は改築したばかりだって噂のお店を放り出して、こんな所まで来ちゃった誰かさんの方が心配だな」


 空気を変えようとして振った話題で、アイサにそう返されてしまったエリーは何か言葉を返そうと口を開くが……何も言葉が出て来ずに、むぐっと唸る。


「父さんに会いたい気持ちも、父さんが心配な気持ちも……父さんが馬鹿にされて怒る気持ちも良く分かるけど、もう良い歳なんだし、もうちょっと冷静に……大人になって欲しいな。

 ……もしエリーが冷静にもなれないし、大人にもなれないって我儘を言うなら、ロープでぐるぐる巻きにした上でギルドの支部に預けてゴル叔父さんのとこまで連行して貰うことになるけど……」


 軽い口調ながら冷え切った声でそう言うアイサに、エリーは慌てた様子で言葉を返す。


「わ、分かったわよ!

 言う通りにするから! 冷静になって、大人になってもう暴れたりしないから、それだけは勘弁して頂戴!

 折角ここまで来たのに、あの人に会えないまま王都送りにされるなんて冗談じゃないわよ!!」


 そう言ってアイサに縋り付くエリーを見て、アイサはにっこりとした笑顔を返し、


「約束だよ?

 当然のことだけど父さんに会っても冷静に、父さんのお嫁さんに会っても冷静に、大人になって行動するんだよ?

 そうじゃないと―――」


 と、そんなことを言ってから数々の『おしおき』を列挙し始める。


 兄貴の嫁、という言葉を聞いて一瞬険しい顔をしたエリーだったが、その後に続いたおしおき達の数にすっかりと怯んでしまい、その勢いを失って萎れていく。


 こういう時はアイサに任せておけば大丈夫だろうと、俺は何も言わずに様子を見守っていた訳だが……うん、予想通りだったな。


 そもそもアイサは兄貴の下に居た頃、エリーを始めとした年少組の世話をしていた訳で……母でもあり姉でもあるアイサにエリーが逆らえる訳が無いんだよなぁ。


 アイサが見張っていればエリーが問題を起こすことは無いだろうし……こうして兄貴と会う前にエリーを確保出来たのは幸運だったと言えるだろう。


 エリーの引き起こしてくれた騒動の件が無ければ尚良かったのだが……まぁ、このくらいは仕方ないと思うことにしよう。



 そうして昔話で盛り上がったりしながら三人での一晩を過ごして……翌日の早朝、俺達はその宿場町を後にしたのだった。


 エリーという余計な荷物が増えたことに渋い顔をする馬達を、どうにかこうにか御しながら大街道を西へ西へと進んでいく。


 西へと近付けば近付くほど、大街道を往く人の数が増えていって……そうして昼を過ぎる頃には、大街道は行き交う人々と、行き交う数えきれない程の馬車とで溢れかえっていた。


 一体この賑わいは何なのだと俺達が驚く中、視界の先にカスデクス領の入り口となる街の姿が見えてきて……その街の姿を見るなり俺達は唖然とすることになる。


 王国でも一二を争う経済圏である西方商圏の中心、カスデクス領。


 その入口の街ともなれば、税だの賄賂だのを取るためにさぞ大層な砦……いや、城でも構えているものかと思っていたのだが……そこには城や砦どころか、門や防壁すらも存在してなかったのだ。


 防壁も何も無いそこには、西へと向かい続ける大街道を挟む形で土作りの四角い家々と、広々とした市場がいくつも並んでいて、そこに自由に、制限されることなく商人達が行き交っている。


 当然それなりの数の兵士達がそこかしこに居て、悪事を働く者が居ないかと目を光らせてはいるのだが……しかしその数は多いとは言えず、果たしてこれだけの数でこの町を、人々を守りきれるのだろうか……? 


 更に街の中には亜人―――多種多様な獣人達の姿があって、明るい笑顔で商談や、雑談を交わしているという……その異様な、王国のものとは思えないその光景を目にした俺達はただただ唖然とし続けてしまうのだった。

 

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