第63話 ガーと鳴く


「ペイジン家は、水運と陸運の両方を販路として活用することデ、莫大な財を成した商家デシテ!

 ワタシはそのペイジン家を纏める八代目当主ペイジン・オクタドの誇る七人の息子のうちの一人、次男ペイジン・レなのデス!

 オヤ、どうされマシタ? アア、家名デスカ? エェ、そうなのデス、獣人国では家名を先に名乗るのが通例なのデスヨ。

 それで長兄のドなのデスガ、行商の最中に何やら大事な物を無くしてしまったとかデ、謹慎処分となってしまいまシテ、そういう事情で今回の行商ではこのワタシが長兄ドの代理を務めさせて頂くことになりマシタ!

 アア、大丈夫デス、大丈夫デス! ゴ安心クダサイ!

 ワタシ、これでも国内屈指の商人デシテ! 東西南北様々な国を巡り、集めた商品の種類の多さとその品質には絶対の自信をモッテオリマス!

 ドラゴンを殺し、懐豊かになったディアスさんにもゴ満足頂ける事カト!

 ディアスさんからのご依頼であっタ領民募集の件は少しややこしいことになってマスので追々に話させて頂くとしまシテ……とりあえずはコチラ! この螺鈿らでんの器など如何デショウカ!

 オヤ? 興味が無い? ならばこちらに木製の象嵌ぞうがんの箱がございマスガ―――」


 イルク村に到着し、馬車を停めるなり御者台からピョコンと飛び降りたペイジン・レ。


 そんなペイジンに対し、私は挨拶もそこそこに色々と気になったことを質問してみたのだが……その結果が今のこの状況だった。


 大きな口をパクパクと忙しなく動かしながら、猛烈な勢いで言葉を吐き出し、ラデンとかいう虹色に輝く装飾のされた器を右手に、ゾウガンとかいう濃い色と薄い色の木材を混ぜたような模様の木箱を左手に持って、それらをグイグイと私に押し付けてくるペイジン。


 最早交渉と言うか、絡まれているかのようだと私が弱り果てる中、ペイジンの背後では、護衛達が馬車から下ろした大量の積荷達を、馬車の周囲に敷いた布の上に並べたり、布を被せた木箱の上だとかに飾ったりとしていて、ちょっとした市場のような光景を作り出していた。



 そうして出来上がった簡易市場には、以前ペイジン・ドに注文しておいた食料品や日用品だけでなく、多種多様な工芸品達までも並べられていて……どうやらペイジン・レはそれらの工芸品達を、ドラゴンの素材で一財産を手にしたであろう私に売り付けてやろうと、そういう腹積もりでいるらしい。


 食器や小箱、花瓶に壺などといったそれらの工芸品達は、そのどれもこれもが目を見張る程に美しく、今までに見たことも聞いたことも無い珍品ばかりではあるのだが……しかし、生活していく上で必要な品かというと、そうでも無い品ばかりだった。

 

 いかにも値が張りそうなそれらの工芸品達を、大金を出してまで買うつもりは無いし、買う必要も無いだろうと、絡んでくるペイジンを押しのけて、購入を断ろうとした……その時だった。


 いつの間に倉庫から持って来たのか、昨日の戦場で手に入れた金貨入りの袋の一つを手にしたアルナーがペイジンの前へと進み出て、その袋をペイジンに押し付けながら、


「この金貨で買えるだけ買わせて貰おう

 良さそうな品を見繕ってくれ」


 と、とんでもない事を口に出してしまう。


 一体何を言っているのかと私が驚く中、袋を受け取り袋の中身の確認をしたペイジンは、その顔を喜色に染めて、慌ただしく商品目録とアバカスという計算道具を取り出して市場に並ぶ工芸品達の前にしゃがみ込み、金貨を数えながらアバカスの珠を弾き始める。


 そんなペイジンの様子をじっと見つめながらアルナーは、私が何かを言おうとするよりも早く、口を開き私に声をかけてくる。


「金貨をただ抱えていても腹は膨れない。

 商品を買ってやらねば行商人は行商を止めてしまう。

 そうなってしまうよりは、行商人に、ペイジンに稼がせてやって、私達は上客なのだと、再び行商に来る価値のある客なのだと教えてやった方が良い。

 ……蓄えは十分にある事だし、問題は無いだろう?

 物が工芸品であるなら、エルダン達に売りつけて金貨に戻すという手もあるしな」


 アルナーにそう言われて……その言葉の意味をよく考えた私は、その意味を理解してなるほどな、と頷く。


 確かに払いを渋ったせいで行商人が来なくなってしまっては元も子もない。

 そうなってしまっては金貨をいくら持っていても何の意味も無いだろう。


 むしろ多少の金貨を餌にすることで、行商人が足繁く通いたくなるように仕向けた方が私達にとって良い結果に繋がるはずだ。


 そうして納得したという顔になった私を見て、満足そうに小さな笑みを浮かべたアルナーは、何も言わないまま自らの額の角をトントンと指で叩いてみせる。


 どうやらアルナーは、そうすることで自分にはこの角が、魂鑑定があるから安心して任せて欲しいと、そんなことを私に伝えたいようで……私はもう一度、なるほど、と頷く。


「分かった、アルナーに任せるよ」


 と、私がそう言うと、アルナーは先程よりも大きな、嬉しそうな笑みを浮かべて……そんな私達の話を聞いていたのかペイジンがピクリと反応し、それをきっかけにしてアルナーとペイジンとの間で様々な言葉が交わされていく。


 アルナーは大量に品物を購入すること、まだまだ大量の金貨が蓄えてあること、イルク村には金貨銀貨を手にした100人近くの犬人族が居るということを材料に値引きをペイジンに迫り……ペイジンはペイジンで、奥様これはこんな商品で、これは美人の奥様に相応しいこんな素晴らしい所があって……と、商品説明の所々にご機嫌取りの言葉を挟み込むことで少しでも多くの金貨を引き出そうとアルナーに迫る。


 ペイジンが言葉を口にする度にアルナーは、魂鑑定魔法を発動させることで相手の言葉に込められた感情を、嘘を見極めようとしていて……そうした魔法の効果を悟られないようにする為か、時折生命感知魔法など関係の無い魔法を発動させたりしながら交渉を進めていく。


 

 そんな二人のやり取りを少しの間眺めていた私は、どうやら私が出る幕は無さそうだなと、私の側で律儀に大人しく待機してくれていた三人のセンジー達と共に、簡易市場の食料や日用品が並ぶ一帯へと向かって、一体どんな商品があるのかと商品達を一つ一つ眺めていく。


 干し魚に、干した何かと、干した何かに……この黒いのやら茶色いのは一体何なのだろうか。

 他にも干した果実や大粒のくるみなども並んでいて……くるみはセナイ達が喜んでくれそうだな……と、そんなことを考えながら商品達を眺めていると、


 ガー!


 と……何かの鳴き声が何処からともなく聞こえてくる。


 聞き覚えのあるその鳴き声に、はて、ここらには居ないはずだが? と首を傾げていると、


 ガー! ガー!


 と、その鳴き声がまたも聞こえて来て……何処に居るのやらと鳴き声のする方向や周囲に視線を巡らせると……私の足元のセンジー達が、簡易市場のある一箇所に視線を集中させていることに気付く。


 そこに居るのだろうか? とセンジー達の視線の先へと近付いてみると、他の商品達の陰に隠れてしまっていた木製の、木箱のようにも見える檻がそこに置かれていて……その中には一体何羽が押し込まれているのか、ぎゅうぎゅう詰めにされた鳴き声の主、ガチョウ達の姿があった。


 ガー! ガー! ガー!


 檻の中で窮屈そうにしながらも元気に鳴くガチョウ達。


 このガチョウ達も商品なのだろうか?


 体が大きく元気で、羽毛の艶も良く、かなり値が張りそうだな……と、檻の中のガチョウ達を吟味していると、センジーの一人が


「どうしたー? なんだってそんな狭い所に入り込んじゃったんだー?」


 なんてことを言いながら檻の中のガチョウ達へとその手を伸ばし始める。


 ガー!


 との鳴き声と共にガチョウの一匹がそのクチバシでもってセンジーの手を激しくつつき、手をつつかれたセンジーはその痛みに驚き、悲鳴を上げながら慌ててその手を檻から引き抜こうとする。


 慌てたせいか、抜こうとした手が檻の扉にぶつかり、その衝撃で檻の扉の閂が外れてしまって……檻の扉が開いてしまい、檻の中に押し込められていたガチョウ達が勢い良く飛び出してくる。


 ガー! ガー! ガー!


 羽根をバタつかせながら元気に地面を蹴り……どうにか檻から手を引き抜くことの出来たセンジー目掛けて突撃していくガチョウ達。


「わー! わー! わー!

 なんで追いかけてくるんだよー! つつかないでおくれよー!」


 なんてことを言いながらわたわたとガチョウ達から逃げ回るセンジー。

 

 なんとも微笑ましく……懐かしい、当人達にとってはそれ所では無いであろうそんな光景を、さて、どうしたものかと眺めていると、騒ぎを聞きつけたのかマヤ婆さん達がゾロゾロとやって来て……そんな光景を目にするなりその目を輝かせ始める。


「なんだいなんだい、また随分と元気なガチョウ達だねぇ。

 よく肥えているし、クチバシの艶も良い、羽根も脚も丈夫そうで良いじゃないか」


 マヤ婆さんのそんな一言をきっかけに、他の婆さん達からも次々と良いガチョウだとの声が上がり始めて……そうしてマヤ婆さん達は、それらのガチョウ達を飼うことがもう決定事項であるかのように、何処で飼うか、水場はどうするか、なんて話をし始める。


 

 そんな、なんとも楽しそうに嬉しそうに話を進めるマヤ婆さん達の様子をしばらく眺めた私は……交渉を白熱させているアルナーとペイジンの下へと足を向けるのだった。 

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