第51話 第三王女ディアーネ


――――風化しつつある石室の中で


 とても古い時代のものと思われる……手入れの行き届いた石室に、ぞろぞろと大勢の人間が入り込んでくる。


 松明を持った何人かの従者達を先頭にして、きらびやかな鎧を纏う2人の女が続き、最後に大勢の武器や松明を持った何人かの兵士達が続く。


 一行の先頭を切って石室に入った従者達は、鎧姿の女のうちの一人……第三王女のディアーネが出す指示を受けて、石室内の各所にある燭台へとその手に持つ松明の火を移していく。


 すると暗闇に包まれていた石室内が燭台の灯りに照らされていって……そうして明らかになった石室内の光景を見た兵士達は思わず……といった感じでため息を漏らす。


 細長い造りの石室の最奥には石造りの棺がある。

 その棺の周囲には棺を囲うようにして3つの石像が置かれていて……一つは王笏を持つ男の石像で、一つは本を持つ男の石像で、一つは額に不思議な傷跡がある女の石像だ。

 

 更にそれらの石像を囲うようにしていくつかの石造りの祭壇が置かれていて……それらの祭壇の上には様々な宝飾品や金や銀で作られた日用品の数々があり……兵士達の視線は棺や石像では無く、それらの祭壇の上の品々へと向けられている。


「そこにある品々は軍資金にするのですから……懐に入れるのは程々にしなさい。

 ……それと言うまでも無いことですが、棺と像には指一本たりとも触れぬように」


 ディアーネのそんな言葉からしばしの間があった後に……その言葉の意味を理解した兵士達が祭壇へと殺到する。


 そうして祭壇の上の品々を外へと持ち出しながら、手頃な大きさの品々のうち高価そうな物だけを兵士達は自らの懐へとしまい込んでいく。


 石室内にそうした……なんともいえない惨状が広がる中、ディアーネはもうひとりの鎧姿の女、プリネシアと共に王笏を持つ像へと近付いていって……像の手の中から王笏を引き抜く。


 所々が崩れて風化し、如何にもな古臭さを感じさせるその石室や石像とは違い、その王笏は異様なくらいに真新しく、この場に相応しくない美しさを放っていた。


 傷一つ無く、汚れ一つ無く……そんな王笏の先端には真っ赤な宝石の姿があり、その宝石を、口から吐く炎の代わりとばかりに王笏と一体となったドラゴンが咥えている……というなんとも風変わりな意匠が施されている。


 ディアーネがその王笏を掲げると、燭台の光を反射してか先端の真っ赤な宝石がキラリと光り……その光を見たディアーネはニヤリとした笑みを浮かべる。


「あの……ディアーネ様?

 そちらの王笏を一体どうなさるおつもりなのですか?」


 王笏を抱えたまま動かないディアーネの側で不安そうな表情をしたプリネシアが、そう口を開くと……ディアーネは王笏をプリネシアに見せつけるような形で持ちながら言葉を返す。


「こうして手に入れたのですから、当然使うに決まっているでしょう。

 いにしえの建国王様が万の敵を焼き尽くしたというこの王笏で……今度は私が伝説を作るのですよ。

 ……まずはあの悪辣な虚言吐きのディアスを私の兵とこの王笏とで討ち取ります。

 そうした後、ディアスが隠し持っているであろう財貨とドラゴンの素材を元手にして軍を編成し、邪魔な存在でしかない愚兄、愚姉を討ち……そうやって私がこの国を手中に収める、という訳です」


 そんなディアーネの言葉にプリネシアは……顔を強張らせて硬直する。


 かつての建国王が振るったというその王笏は、建国の際に起きた大戦の終戦時にその力を失ったと……あるいは建国王が崩御した際にその力を失ったと聞く。


 どちらにせよ、今では何の力も無い古代の遺物というのが建国王の王笏に対するプリネシアの……王笏のことを知る全ての人々の認識だ。


 ましてそれは遥か昔の……今となっては何年、何百年前なのかも分からない時代の話。

 ディアーネの手の中にあるそれが本物であるという確証すら無いというのに、一体何を言っているのかとプリネシアは硬直したまま内心で呆れ果てる。


 建国王の王墓を襲撃するとディアーネが言い出した時点で、ミラルダと数十人の兵士達がディアーネの下から逃げ出している。

 更にこんな甘い考えであのディアスを討つと、殿下達を討つなどと言えば更に多くの兵士達が彼女の下から逃げ出してしまうことだろう。


 そうなればいよいよ、自らの身に危険が及ぶ可能性が高まるかも知れないとプリネシアは意を決する。


 ディアーネの下を離れ、忠を尽くす主人の下へと戻ろうと―――。


「……プリネシア。そう不安がる必要はありませんよ。

 建国王の王笏だけでなく、いざとなれば私にはこの秘策もあるのですから……。

 もちろん、これを使うのは最後の最後の手段ではありますが……」


 プリネシアの思考を中断させてそう言ったディアーネは、片手で王笏を握り持ち、もう片方の手でその懐から一つの包を取り出す。

 上等の絹の布らしいその包の隙間からは燭台の光を浴びて光る金色の何かの姿が垣間見えて……その正体が何であるかに気付いたプリネシアはその顔色を一気に失って息を呑む。


 王笏を片手で持ち、その包を片手で持つディアーネは、そんなプリネシアの様子を見て満足そうに微笑んでから……その包をしっかりと懐の中へとしまい込み、そうして怒涛のごとくと言った様子で、その内に込めていたらしい感情を吐き出し始める。


「そもそもにおいて、あのディアスという男は、私が活躍し私が終わらせるはずだったあの戦争を勝手に! 道理も弁えず! 終わらせてしまった男である訳で、全くあの男が英雄と呼ばれている現状は、私からその座を簒奪したからだと断言出来る訳です!

 その上、私が貰うはずだった報奨金を私に返そうとせず、私の慈悲深い提案にも従おうともせず、この! 私を! 虚言でもって追い返し……その上その報奨金をドラゴン狩りなどという享楽に使い、あまつさえその素材を独占し更なる財貨を得ようなどと全く不届き極まりなく……いえ、そもそも、同じ聖人の名に由来を持つ名を持つ者であるのであれば、この私に無条件に協力するのが当然であって……! 

 それにあの男によれば……ディアスは邪悪な敵国の愚民共を殺せと言われても殺さず、略奪しろと言われても略奪せず、そんな腑抜けた有様からお人好しなどと呼ばれた情けない―――」


 それらの感情的過ぎるディアーネの言葉達は、プリネシアの耳に何一つ届いていなかった。


 プリネシアの頭の中は、一刻でも早くここから逃げ出さなければと、ディアーネが王の印章を盗み出し、それを使い何か良からぬことを企んでいるとの報告を主に届けなければとの想いに支配されていて……。



 そうしてプリネシアは、ディアーネが語るに夢中になり、自己陶酔し、天を仰ぎ始めた辺りでその場から逃げ出して……主、第一王子リチャードが居る王都への道を、昼も夜もなくただひたすらに駆け戻るのだった。


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