第45話 新しい領民と宴支度と


 倉庫の前に立ちながら、バババババッと鳩独特の高音混じりの羽音を残しながら飛び去っていくゲラントの姿を眺める。


 水をたっぷりと飲み、豆をたっぷりとついばみ食べて、体力を蓄えたゲラントが向かう先はエルダンの屋敷だ。


 エルダンからの手紙を確かに受け取ったとの私の署名と、私が書いた何枚かの手紙を鞄に入れて飛ぶゲラントは、今日の夕方頃にはエルダンの屋敷に到着するらしい。


 ゲラントに預けた手紙には犬人族の受け入れについてと、それに関する細かい条件などの他に、エイマがこちらに居ることと、エイマの今後についてが書いてあり……、


「ディアスさん、これからよろしくお願いしますね」


 と、まぁ、当人のエイマが私の肩の上でそんなことを言っていることから分かる通り、エイマは本人の希望によりイルク村で暮らすことになった。


 エイマに声をかけた際、エイマは自分の事情を、大耳跳び鼠人族達の置かれた状況を語り……そうしてなんとも唐突に、イルク村で暮らしたいと、このままイルク村に置いて欲しいと、そんなことを言い出したのだ。


 いきなりなんだってまた……と。驚かされながら、その理由を尋ねてみると、エイマの返事は、


『えぇっと……セナイちゃんとアイハンちゃんの側に居たいというか……2人の今後が気になるというか……。

 2人の成長を見守りたいというか……うん、そんな感じです。

 あっ、ボクはこう見えて、読み書きとか算術とかの学問の覚えがあるので、お役に立てると思いますよ!例えばセナイちゃんとアイハンちゃんの教育係とか!

 他にも何かお役に立てることがあれば頑張りますので、ここで暮らす許可をください……!』


 というもので、その言葉にはしんなりとしていたその耳と体毛がピンッと起き立つ程の力が込められていた。


 その決意は意外な程に固いもので、エルダンが大耳跳び鼠人達を故郷へ戻す為の算段を整えているそうだし、隣領に行けば故郷に帰れるんだぞ?と教えてもエイマはイルク村で暮らしたいとの考えを変えることは無かった。

 

 ……魂鑑定の結果は強い青で、セナイとアイハンもよく懐いている。

 聞けば例の襲撃事件には関わっておらず、それどころかエイマは襲撃を止めようとしていたそうだし……その上、決意は固く、学問に明るいとなったら、もう断る理由はどこにも無かった。


 エイマと一緒に村の中を回り、エイマの紹介をし、エイマに皆を紹介しながら、犬人族の時のように皆にも意見を聞くと、皆もエイマがイルク村の住民となることに賛成してくれた。


 ネズミを忌み嫌っているアルナーがネズミを村に住まわせるのか?と渋い顔をするなんてこともあったが……エイマによる、


『砂漠に住む大耳跳び鼠人族は清潔な暮らしをしています!

 他の鼠人族と一緒にしないでください!』


 との抗議の声を受けて、これからも清潔な暮らしを心がけるなら、との条件付きでアルナーも賛成してくれた。

 ……ちなみにだが清潔さを少しでも欠いた場合は、即刻薬湯漬けの刑に処されるそうだ。


 ともあれ、こうして大耳跳び鼠人族のエイマ・ジェリーボアはイルク村の一員……我が領の領民となったのだった。



 その後はペイジンが持ってきてくれた小箱に入っていた紙とペンを取って来て、ゲラントの鞄に入るようにと紙を小さく切って、その紙に短い文面で事の次第を書き……そうして出来上がった手紙をゲラントへと託し、エイマと2人で飛び立つゲラントを見送ったという訳だ。


 そうしてゲラントの見送りを終えた私は……足元の豆の荷箱と桶の片付けを始める。


 この荷箱の中の豆はこちらに来る度にゲラントが食べるから捨てずに取っておいて欲しいとのことだった。

 これからも何かがある度にゲラントが手紙を届けてくれるんだそうだ。


 ……そう何度もこちらにやって来ると言うのなら、いっそのことゲラントが食事をしたり羽根を休めたりする為の小屋を作ってやった方が良いかもしれないな。


 と、そんなことを考えながら、荷箱を抱えてエイマを肩に乗せたまま倉庫に入り、荷箱にしっかりと蓋をして、荷箱と桶を倉庫の隅の方にしまい込む。


 クラウスとマヤ婆さん達が頑張ってくれたおかげで、倉庫の中はすっかりと片付いていて、掃除もしてくれたのか埃なども綺麗さっぱりと無くなっていた。


 ……なんだか微妙に倉庫内の荷物が減っているような気もするが……それはまぁ気のせいだろう。


 ……んん?

 いや……気のせいでは無いな。間違いなくいくつかの荷物が無くなっている。

 くるみ入りの樽にー……以前エルダンが友好の証と言って送ってきてくれた食材達の袋がいくつかと……ああ、倉庫の奥に隠しておいた酒樽も消えてしまっている。


 厩舎の建設の際に犬人族に分けてやったりして減っているものの……まだかなりの量があの酒樽の中には残っていたはず……。


 ……。

 以前に宴を開いた時、次に宴をするのは何か良いことがあったらと言ったが……まさか……。


「ディアスさん?どうかしたんですか?

 ぼーっとしちゃって……」


 肩の上のエイマが首を傾げながら心配そうに声をかけてくる。


「ああ、いや……。

 倉庫の中にしまっておいた食材がいくつか無くなっているようでな……」


「……えぇっと、集会所、でしたっけ?

 集会所の方から楽しそうに料理をする皆さんの声が聞こえて来ていますから、そちらで使ってるんじゃないですか?

 はっきりとは聞き取れませんけど宴だとか、お酒だとかの声もチラホラ……。

 あっ、もしかして、ボクの歓迎会とかですか?

 うわぁ、嬉しいなぁ!

 ディアスさん、ディアスさん、ボク達も早く集会所に行きましょうよ!」


 その耳をピンと立てて、私には聞こえない声を拾いながらそんなことを言うエイマ。

 余程に嬉しいのか、目を輝かせながら私が行かないのなら自分だけでも駆けていくと言わんばかりに身を乗り出している。

 

 ……まぁ、うん、そうだな。ここであれこれ考えていても仕方ないし、兎に角まずは集会所に行くとしようか。


 

 集会所の入り口の布をめくり中に入ると……そこには村の皆が集合していた。


 皆の姿があるだけで無く、集会所の中央に今日はこれを飲むぞとばかりに酒樽が置かれていて……そんな酒樽を囲うようにしていくつもの机が並べられている。


 集会所の中に作られた竈達へと目をやればそこには食材の入った袋などの姿と……調理に励む者達の姿があって……どうやら宴の準備はもう既に始まってしまっているらしい。


 そんな集会所の様子を見て興奮しているのか、ブンブンと尻尾を振り回すエイマが次々に質問を投げかけてくる


「えっ……? あのっ。

 あちらのー……クラウスさんでしたっけ?

 彼、竈で壺を焼いちゃってますけど、一体あれは何を?」


「あー……あれはああやってパンを焼いているんだよ。

 壺を熱してその内側に生地を貼り付けて、蓋をして予熱で焼くか、壺を焚き火に当てて更に熱するかは、生地の焼き加減を見て決める感じだな。

 クラウスはあのやり方でのパン焼きが得意なんだ」


「じゃぁじゃぁ、隣の竈でアルナーさんが火にかけている鍋は一体?」


「ん?ああ、あの感じはー……米料理だな」


「あぁー……お米ですか。

 エルダンさんの所で何度か頂いたことありますけど、辛い味付けが苦手なんですよね……」


「へぇ……エルダンの所はそうなのか?

 鬼人族の米料理は基本的に甘い味付けだな、材料次第では甘酸っぱくなったりもする。

 私は鬼人族の祝宴で初めて米を口にしたんだが、後を引く甘さに驚いたもんだ。

 玉ねぎとか人参だとかの野菜を入れて炒めたら、干し肉と干しぶどうとかの果物を入れて……後は水と甘い薬草と塩で味の調整をしながら煮炊く感じだ。

 鬼人族達は宴の時とか、特別な客人が来た時に米料理をするらしいな」


 今あの鍋の中で煮られている米は私とアルナーの……婚約の祝宴の時に貰った米なのだろう。

 これまでにも何度か食べていてもうそんなに残っていないはずだが……残り全部を今日使ったという感じだろうか。

 

 と、そこにタタタッと木の器を大事そうに手に持つセナイとアイハンが駆けてくる。

 鍋の中に大きな木さじを挿し込みながら調理をしているアルナーに何か話しかけて……そしてセナイ達はザザザッとその器の中身を鍋の中へと流し込む。


「わっ、セナイちゃんとアイハンちゃんが今鍋に入れたの、くるみだそうですよ?」


「ああ、砕いたくるみを米の中に入れると、くるみの風味と歯応えが良いアクセントになって美味いんだ。

 ……まぁ、セナイ達は美味い不味いに関係無く、どんな料理にでもくるみを入れたがるんだけどな」


「へぇー……。

 あ、あっちのお婆さん達は机の上で何を練っているんでしょう?」


「んん?なんだろうな。

 ……砂糖の壺が机の上にあるから、砂糖で何か作ってるんじゃないか?」


 と私がそう言うとエイマは、砂糖!との一声と共に、私の肩から飛び降りてマヤ婆さん達の下へと跳ね駆けていく。

 どうやらエイマは砂糖が好きなようで、マヤ婆さん達に何やら話しかけながら砂糖をねだり始める。


 

 そんなエイマの乱入で一層と賑やかになる集会所の中を眺めながら……うぅむと唸る。


 一体いつの間にやら宴を開くと決めて、その準備をしたのやらなぁ。


 私がクラウスのユルトに紙とペンを取りに行っている間に倉庫から食材を出したのだろうか?

 そして私が手紙を書いてゲラントに渡している間に集会所に集まって調理開始……という感じだろうか……。

 

 うーむ……宴を開くのは別に構わないんだが、なんだってまた私に内緒で……。


 と、私がそんな風にして唸っていると、後は煮炊くだけで良いという所まで調理を終えたらしいアルナーが、木さじをコンと鍋の縁に置いてこちらへと歩いてくる。



 そうしてアルナーは、悪戯が成功したと言わんばかりの笑みを私に向けて、にっこりと微笑むのだった。


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