第44話 犬人族の大型種と小型種と
「犬人族には大型種と呼ばれる者達と、小型種と呼ばれる者達がいるのです。
大型種は理知的で力が強く生命力にも溢れていて、大型であればある程人間族に似た姿形をしていると言う話ですな。
人間族に似た形の手をしているからか器用でもあり、様々な職場で活躍をしているそうです。
……ディアス様がお会いしたという犬人族はこちらの大型種達のことでしょうな。
逆に小型種はそう呼ばれることからわかる通り小柄で、また犬に近い姿をしており、性格は本能的で力は弱く、その手は肉球で占められている為、大変に不器用です。
家族単位での暮らしをする大型種達とは違い、似た姿形をした者達で集まり、氏族を形成して、その中で助け合い支え合いながら日々の暮らしをしているんだとか。
他にも小型種には成長が早く子沢山であるという特徴もありますな」
ゲラントは地面に置かれた荷箱の縁に立ちながら犬人族についての説明を口に……クチバシにする。
片翼をまるで腕のように振りながら解説してくれるその姿は、志願兵になったばかりの頃の私に軍規などを教えてくれた教官達の姿によく似ていた。
「それで、その小型種達がなんだってまたイルク村への移住を希望しているんだ?
エルダンの手紙を見ると、移住に対してかなり前向き……というか前のめりになってしまっているようだが……?」
「以前にイルク村で数日を過ごしたという大型種達の話を聞いて、それで小型種達はイルク村での暮らしへの強い憧れを抱いたようなのです。
そこに折良くディアス様達が用意されたというあの領民募集の看板が立ったとなって、その看板を見て心を決めた、ということのようでして……。
小型種達はその不器用さから、職に困ることもあったようなので、家と食事の世話をしてくれるという条件が彼らの背中を押したのやも知れませんな」
私が疑問を口にすると、ゲラントは翼をビシリと上げながら答えてくれて……私はその答えを受けて……ふーむ?と首を傾げる。
私達は別に憧れを抱かれるような特別な暮らしはしてないと思うのだが……一体イルク村での暮らしの何がそこまで彼らの心に響いたのだろうか?
まず間違いなくエルダンの下に居た方が、此処より良い暮らしが出来ると思うのだがなぁ。
犬の姿に近くて本能的ということはー……草原を思いっきり駆け回りたいとかそういうことなのだろうか?
その疑問をそのままゲラントにぶつけてみると、返って来た答えは『恐らくは……そうだと思われます』という曖昧なものだった。
エルダンもその部分については疑問に思い、小型種達にあれこれと質問をぶつけたらしいのだが、『広い草原!』『家畜の世話!』『走りたい!』という端的かつ、本能的な回答しか返って来なかったらしい。
まぁそれらの単語を聞く限り、憧れの理由はなんとも犬人らしい微笑ましいものであるように思えるし……特に問題は無さそうだ。
仮に何かを企んでいたとしても、アルナーの魂鑑定があれば看破は出来るはずだしな。
「……よし。
村の皆にも意見を聞いてみて皆も賛成してくれるようなら、その小型種達を受け入れたいと思う。
流石に大勢が来るという話だと私の独断だけで決める訳にはいかないからな。
早速皆の所に行ってくるから、少しここで待っていてくれ」
私がそんな結論を出すと、ゲラントは頷いているのか頭を何度か上下させてからクチバシを開く。
「了解致しました。
……それでは皆様へのご相談が終わりましたら、その旨をエルダン様への返信として文字にしてください。
そうして頂けたら我輩が責任を持ってエルダン様の下へとお届けしますので。
それまで我輩はー……ここで羽を休めております」
そう言ってゲラントは翼を畳み、羽根をふわりと弛緩させて……じぃっと荷箱の中の豆達を見つめ始める。
じっと見つめて、見つめ続けて……そのあまりの熱視線ぶりに、
「……良かったら待っている間にこの豆を食べるか?」
と、私が尋ねるとゲラントは、
「良いのですか!?」
と喜色に満ちた声を上げて、物凄い勢いで豆を啄み始める。
余程腹が減っていたのか、凄まじい勢いを見せるゲラントに、喉も渇いていそうだなと思い至り井戸水を汲み上げて桶に入れてやると、ゲラントは直ぐ様その桶の縁に立ち、物凄い勢いで水を飲み始めて……水を飲んだら、豆を食べて、豆を食べたらまた水を飲み、と繰り返していく。
どうやら空を飛ぶという行為は想像していた以上に腹を空かせる行為であるらしい。
……こちらの話がまとまったらまたエルダンの下へと飛ぶことになるのだから、存分に食べてくれたら良いと思う。
いっそ一晩くらい休んでいったらとも思うが……至急の用件とのことなので、そうもいかないのだろうな。
そうして私は豆に夢中となっているゲラントを尻目に、皆の意見を聞くためにと村の各所へと足を向ける。
まず近場からと倉庫に向かい話をすると、片付けをしていたクラウスは目を輝かせながら領兵候補が増える!と移住の受け入れに賛成で、マヤ婆さん達もここが賑やかになるならと受け入れに賛成してくれた。
倉庫の次に畑に向かうとチルチ婆さんとターラ婆さんはそんなことよりも畑の状況が気になるからと、おざなりな賛成意見を投げつけてくれた。
そんなことよりも畑の土を調べたり、土の匂いを嗅いだり、土を舐めたりと忙しいらしい。
最後に向かったユルトの中で、説教中のアルナーと、説教を受けているセナイ達、それと説教の様子を心配そうに眺めていたフランシス達にも意見を聞いてみたが、ここでも反対意見が出ることは無かった。
むしろ大体が好意的な意見で、特に犬人族達と仲良く遊んだことのあるセナイとアイハンはわんちゃん達が来るの!?と大喜びだった。
以前イルク村に来た犬人族達は大型種で、今回来るのは小型種。同じ犬人族とはいえあくまで別人なんだぞ?とも説明したのだが、身体がちっちゃいならちっちゃいで色々な遊びを一緒に出来そうだと、セナイとアイハンは余計に喜びを爆発させたのだった。
そんなセナイ達の喜びように、
「もう説教できる空気では無いな」
と、アルナーは苦い顔をする。
なんでもセナイとアイハンは、夜中に出歩いたことや、ネズミを寝床に無断で連れ込んだことについては反省し、謝罪の言葉を口にしたのだが、どうしてそんなことをしでかしたのか、その理由については頑なに口をつぐんで喋ろうとしなかったらしい。
それでアルナーは説教をしながらその理由をなんとか聞き出そうとしていたんだそうだ。
アルナーがそうする理由は、アルナーなりにセナイとアイハンを心配してのことだと思うが……だがまぁ……そこまで心配する必要は無いだろうと思う。
セナイとアイハンはアルナーの愛情を十分に理解しているし、そんな2人がアルナーに隠し事をするということは……
「セナイとアイハンがそこまで頑なに言おうとしないのなら、それ相応の理由があるんじゃないか?
何を隠しているかは私にも分からないが……セナイとアイハンのすることだ、悪意を持ってのことでは無いと私は思う。
……きっとそのうち2人の方から理由を話してくれるだろうから、それを待ってみるのも良いんじゃないか?」
と、私がそう言うとアルナーは私(ディアス)がそう言うのならばと、その表情を柔らかい物へと変えてくれる。
そんなこともありながら、これで村の皆の意見を聞き終えたなと一息ついた私は……そこでようやくセナイ達の足元で、薬湯漬けとなったせいか、その体毛と耳と尻尾をしんなりとさせながら項垂れる大耳跳び鼠人族……エイマの存在に気付く。
件の襲撃事件を起こした大耳跳び鼠人族の仲間でありながら、魂鑑定の結果は強い青のエイマ。
そもそも実行犯はあの時に全員捕らえたはずであり……では一体何故エイマは荷箱の中に居たのだろうか?
そんなことを考えているとふいに、あの襲撃事件が起きる直前に聞こえて来た、馬車の中で誰かが発した……悲鳴のような叫び声の事が思い出される。
危険だと叫び、何かを止めようとしていた……女性の声。
その声はエイマの声によく似ていたような気がして……もしそうであるならばエイマが強い青というのも納得の出来る話だった。
同族の犯行を止めようとしていて、セナイとアイハン達といつの間にか仲良くなって、そして言い訳もせず暴れることもなくアルナーの説教を受け入れていたエイマ。
しんなりとしながら項垂れるその姿も、あいつらとは全く別の存在のように見えて……そうして私は膝を折り、出来るだけ視線を低くしながら、エイマに声をかける。
「なぁ、エイマ。君は一体どうしてここにいるんだ?」
私のそんな言葉を耳にしたエイマは、ゆっくりとその顔を上げて……私に声をかけられるとは思わなかったと、そんな表情をしながら……ボソボソと静かにその事情を、語りだすのだった。
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