第42話 噂話に興じる王都の騎士達
――――王都 騎士詰め所
王国の東部に位置する王都の各所には、治安の確保を目的とした騎士達の詰め所が建てられている。
外観のことは一切考慮せずに兎に角頑丈に作ったと言わんばかりの無骨なレンガ造りの詰め所の中には、様々な設備が用意されていて……それらのうちの一つ、その身を鍛える為の訓練室で騎士達は、訓練をする素振りなど微塵も見せずに恒例となっている噂話に花を咲かせていた。
「ディアーネ様の派閥からまた離反者が出たらしいな」
「おいおい? またか?
元々力も金も無い派閥だったが、そうなるといよいよもって末期って感じだな」
「何が目的なのか、戦争が起こるだの、モンスター達が攻めてくるだのと地方に足を運んでは虚言をばら撒いていたそうだからなぁ……。
近々陛下から謹慎のお達しがあるって話だ」
遠目にも手入れされていないことがはっきりと分かるくすんだ色の鉄鎧を身に着けた騎士達は、その体を訓練室の壁や床にだらりと預けながら言葉を重ねていく。
「マイザー様の派閥は西方商圏を支配していたカスデクス公を失ったと聞くし……次の王位はリチャード様で決まりか?」
「どうだろうなぁ。
イザベル様もヘレナ様もまだまだ諦めてはいないようだし、これからの動き次第ではどうとでもなるんじゃないか?」
第一王子リチャード、第二王子マイザー、第一王女イザベル、第二王女ヘレナ、そして第三王女ディアーネと、次の王位を争う者達の名前が出揃った所で、騎士達はそれぞれの頭文字を訓練室の土床に書いていく。
そうしてその頭文字の周囲に、派閥に参加する貴族の名や、豪商などの名前を書いていって、それを見ながらどの派閥の勢力がどうだ、軍事力がどうだとの意見を交わし合う。
「リチャード様は神殿が味方ってのがでかいよな」
「東の占領地を手に入れたサーシュス公が味方に付くイザベル様も中々だぞ」
「そういやマイザー様の下を離れたっていうカスデクス公は何処に付いたんだ? リチャード様か?」
「ああ、違う違う、カスデクス公は派閥を離れたとかじゃなくて、病死したらしいんだよ。
で、カスデクス公の次男が跡を継いだらしいんだが、その次男はマイザー様と距離を置こうとしているらしい」
「次男? 長男はどうしたんだ?」
「長男も病死したそうだ。
……まぁ、お貴族様特有の流行り病なんだろうな」
騎士の一人がそんなこと呟くと、話に参加していた騎士達の全員がその騎士の言葉の裏にあるものを理解しての溜息を漏らす。
「……で? その次男ってのは一体どんな奴なんだ?」
「あー……それがな、気になって商人達から色々と話を集めてはみたんだがなぁ……。
そのどれもこれもが口にするのも躊躇うくらいに嘘くさい話ばかりでなぁ」
「おいおい、そんなことを言われたら余計に気になるじゃないか。
良いから聞かせろよ」
「……話した後で内容が酷いからって俺に文句は言うなよ?」
との前置きをしてからコホンと咳払いをした騎士は、悠々とその次男に関する話をしていく。
「あー、なんでもカスデクス公の次男は、幼い頃から才走る子供だったとかで、10歳にもならないうちからすげぇ商才を見せていたらしい。
ただ商才があるってだけじゃ無くて見たことも無いような仕掛けとか、農具とか開発したりもしたって話だ。
商才がある一方で武勇にも優れているとかで、幼いながらに片手で軽々と大人を持ち上げたり、道を塞ぐ大岩を軽々と放り投げたりもしたらしいな。
なんでもその大岩は、記念にってことで次男の家の中庭に飾ってあるんだそうだ。
後はー……なんでもすげぇ色男だそうで、嫁は10人を超えるだとか、20人を超えるだとかそんな話もあったな」
「……お貴族様の作り話なんだとしても、限度ってもんがあるだろうよ」
「だよな? 俺もそう思う。
でもなぁ、西から来る商人達の口から聞ける話はそんなのばっかでなぁ」
「その話が本当だとするならすげぇ話だし、嘘だとしてもそんなホラ話を西方商圏の口の端に上(のぼ)らせる程の金と力がその次男にはあるってことだろ?
そうなると……その次男様がどの派閥に付くかで、今後の流れが変わるかもしれないな」
騎士の一人のそんな言葉を受けて、土床の絵図にどの派閥とも距離を置いた大きな円が追加される。
「ああ、後はあれだ。
次男様はあのディアスと仲が良いそうだ。
所領が隣り合っている関係で、友誼を深めて義兄弟の契を結んだとか、2人でドラゴンを倒したとか……そんな話をいくつか聞いたぜ」
「ああ……あいつが領主になったっていうネッツロース草原は、確かにカスデクス領の西隣だったな」
「ネッツロース!?
領主になったが最後、一ヶ月の内に呪い殺されるっていうあのネッツロース草原か!?」
「……俺は呪いのせいで作物が育たないとか、家や砦を建てると数日のうちに火事になるとかって聞いたぞ?
呪い殺されるだなんて話は一体何処から出て来たんだ?」
と、そんなざわめきの中で絵図の大きな円の側にディアスの名が追加される。
「……しかしそうなると、次男様とディアスの動向が王国の今後を左右するのか?
俺はディアスに会ったことは無いんだが、ディアスってあれだろ?
お人好しだとか玉無しだとかの二つ名で呼ばれてる野郎だろ?」
「……おいっ、お前その話は―――」
と、騎士の一人が何かを言いかけた折に、一人の若い騎士が酷く慌てた様子で訓練室の中に飛び込んでくる。
一体何の騒ぎだと噂話に興じていた騎士達が顔を顰(しか)める中、若い騎士は取り乱しながらに大声を張り上げる。
「あ、あのっ。い、今ディアーネ様が、かなりの人数の兵士を率いて王都の外に出ていったんですが……な、何かあったんですか!?」
「……ああ?
また例の地方遊説じゃないのか? そんなことで一々大騒ぎするんじゃねぇよ」
だらりと構えたままの騎士がそんな言葉を返すと、若い騎士はいやいやと首を横に激しく振って、悲鳴のような声を上げる。
「で、ですが、200近い兵士達を連れていましたよ!?
兵糧を運んでいるのか、荷馬車も数十台はありましたし!!
ま、また何処かで戦争が起こるんですか!?」
若い騎士のその言葉に、騎士達は一瞬身を強張らせて顔を青くするが、すぐに200人程度の兵力では戦争も何も無いだろうと考えて、また何か不味い事態が起きているにしても他の連中が対処するだろうと考えて……そうやって騎士達は落ち着きを取り戻して、若い騎士から視線を外して再びの噂話に興じ始める。
そんな騎士達の態度に若い騎士は狼狽し困惑するが、かといって一人で何が出来る訳でも無く……そのまま若い騎士はただただ呆然とすることしか出来ないのだった。
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