第43話 隣領からの使者


 今日のイルク村は……朝からいくつもの事件が起きてしまっていて、それらの事件のせいで落ち着きの無いざわついた空気に包まれていた。


 その事件の一つが、セナイとアイハンが夜中のうちにネズミを寝床へ連れ込んだという事件だ。

 

 朝、目覚めるなりそのことに気付いたアルナーは、死病の元に成り得るネズミを寝床に連れ込むとは何事かと怒り、一塊になって寝ていたセナイとアイハンと、ついでにそのネズミ……いや、エイマと名乗る大耳跳び鼠人族を捕らえて、説教をしながらの全身薬湯漬けの刑に処したのだった。


「ホッホウ、先程から漏れ聞こえてくる子供達の悲鳴のような声の理由はそういうことでしたか。

 いやはや、何事かと驚いておりましたが、そういうことであれば納得ですな」


 私としてはそのネズミが、大耳跳び鼠人族であったという事の方が気にかかるというか、襲撃事件の再来では無いかと気掛かりだったのだが、アルナーがその心配の必要は無いだろうと言うので……まぁ、アルナーがそう言うのであればと、気にしないことにした。


「ホッホウ、奥方様のことを、それ程までに信頼なさっておられるのですな」


 まぁ、うん、強い青だったようだしな。……ああいや、気にしないでくれ。


 二つ目の事件は、昨日畑に蒔いた作物の種が芽を出した、という事件だ。

 いや、まぁ、蒔いた種が芽を出した。というのは事件でもなんでもない極々自然な出来事なのだが、芽の出方……というか土から顔を出した芽達が作り出した形がちょっとした問題となっているんだ。


 プラウで耕した畑は、横長の四角い形となっている。

 その畑の中央に線を引くことで畑を2つに分けて……2つに分けた内の片方が私が世話をする畑、もう片方がチルチ婆さん達が世話をする畑となっている訳だ。


 そんな畑に何本もの畝(うね)を作り、その畝に種を蒔いて……そうして畝から芽が出たのであれば、横長の四角い畑に綺麗な緑の縦線が描かれるはずなのだが……畑に描かれたのは緑の円だったのだ。


「ホッホウ、円とはつまり……真ん丸ということですかな?」


 真ん丸だな。

 横長の畑の中央に、私が世話をする畑と、チルチ婆さん達の世話をする畑に跨がる形の大きな円を描いて……その円の内側だけに芽が出て、円の外側には芽が出ていないと、まぁ、そんな感じの状況になっているんだ。

 

 円の中では、畝に蒔いた種達から芽が出ているだけで無く、畝と畝の間にも雑草の若芽なんかも生えてしまっていて……それはもう綺麗な形の緑色の円が出来上がってしまっている状況だ。


 私の畑と、チルチ婆さん達の畑では土の中に混ぜている物が違う。

 植えている種も違ったり、そこに撒いた水の量も違ったりするのだが……何故その違いを無視しての円が出来上がってしまったのか。

 円の外側に位置する畝なんかは、同じ畝の中で芽が出ている部分と出ていない部分があったりして……何故同じ畝で芽が出る、出ないの違いが出てしまったのか。


 考えても考えても答えが出ないそれらの疑問に、チルチ婆さんとターラ婆さんは頭を抱えながらも、それでもなんとか答えを見つけ出そうと、今も畑を前に何人かの婆さん達を巻き込んで激しく意見を交わし合っている。


「ホッホーウ。それはなんとも不思議な話ですなぁ。

 ああ……あちらの上空に見える鳥達が妙に騒がしいのは、その畑の新芽を狙ってのことかもしれませんな」


 ああ、うん、まぁ……そうなのかもな。

 ちなみにだが、あの鳥達の言葉が理解できたりは……?


「クルッホホホホ。

 そのような夢物語のようなこと、我輩なんぞには出来るはずもありません。

 ディアス様はなんともおかしなことを仰しゃいますな」


 ……そ、そうか。


 ……3つ目の事件はー……いや、これは事件といえる程、大げさな事では無いのかもしれないが……まぁ、セナイとアイハンが件のエイマを助け出す為だとかで、倉庫内を散らかしてしまっていたというのが一つの事件だな。

 

 セナイ達は積み上げていた荷箱のいくつかを乱暴にひっくり返してしまったらしく、その箱の中身が派手に倉庫内に飛び散らかってしまっていて……私はそれらの片付けをしながら、そのついでにエイマが閉じ込められていたというこの荷箱の中身をどうしたものかと、片付けを手伝ってくれていたクラウスやマヤ婆さん達と相談していたんだ。


 この豆を食べるというのはどうにも気が引けるが、だからといって捨ててしまうのもなんだか勿体無くてなぁ。


「ホッホウ、それでディアス様はそのように豆が入った箱を抱えていらしたので……。

 確かに、その……なんとも美味しそうな豆を捨ててしまうというのは少々勿体無いですな」




 と、まぁ、そんなことを言いながら、私の持つ荷箱の中の豆をじっと見つめ続ける彼の来訪こそが4つ目の事件であり……他のどの事件よりも私を驚かせた今日一番の大事件だったりする。


 倉庫の片付けの最中に、この豆を食べるにしても捨てるにしても、とりあえず片付けの邪魔になっているからと、倉庫の外に出しておこうとなって……私が豆入りの荷箱抱えながら倉庫の外に出た所に、タイミング良く舞い降りて来たのが彼……ゲラントと名乗る白鳩だったのだ。


 いや、正確には鳩人族という亜人の一種族だそうなのだが、私はまさか鳥の亜人が存在しているとは予想だにしていなかったので、


『お初にお目にかかります、ディアス様。

 我輩ゲラントという名のエルダン様に仕える鳩人族ちょうほ……クルッホン、鳩人族伝書隊の長であります』


 との名乗りを上げる彼の太く響く声には、思わず手に持つ荷箱を投げ出しそうになるくらいに驚かされてしまったものだ。


 王都で見かけた普通の白鳩とそう変わらない姿をしながら、白い山高帽を被り、白いベストを身に纏い、そのベストを黒い蝶ネクタイで引き締めて、そしてその首に白い鞄をぶら下げているゲラントは、一体何をしにイルク村にやって来たのか、先程からずっとこのざわついた空気は一体何事ですか? との質問を私に何度も何度も投げかけて来ていて、それで私はその質問に答えていた……という訳だ。


 私が持つ荷箱の縁にちょこんと立ちながら、じっと豆のことを見つめ続けるその姿はなんとも鳩らしく、そんな姿を見ているとゲラントが亜人であることを忘れてしまいそうになる。


 そうしてしばらくの間、豆を見つめ続けていたゲラントは、


「ああ、いけませんいけません。

 お話に夢中になってしまって、我輩……大事な大事な用向きを済ませるのを失念していました。

 ……ディアス様、エルダン様からの至急の要件が書かれたお手紙をお預かりしています、ご確認ください」


 と、クチバシを開いてから、ぐっと胸を張ってその首から下げる鞄を私に向けてアピールしてくる。

 

 私はそんなゲラントと鞄のことをしばし見つめて……少しの時間が経ってから、ああ、私が鞄を開けるのか、と思い至る。

 ならばとしゃがみ、荷箱を地面へと置いてからその鞄へと手を伸ばし……鞄の中に入っていた小さく折り畳まれた手紙をそっと取り出す。


「いやはや、申し訳ありません。

 我輩、これこのように翼の持ち主でございますので、自分で鞄を開けるなどの器用な真似は出来ないのです」


「ああ、いや、私も気付くのが遅れてしまってすまなかったな。

 ……至急の用件ということだったな、すぐに読むから少し待ってくれ」


 その翼を器用に折り曲げての一礼をするゲラントに、私は言葉を返しながら……その小さな手紙を……破ったりしないように慎重に開いていく。


 手紙の枚数は3枚。

 書かれた文字はとても小さく、その内容はとても簡潔なもので、以前の手紙とは違い挨拶などは省略されている。


 1枚目は大耳跳び鼠人族襲撃事件についての謝罪と、事件に関する報告書のようだ。

 実行犯達を焚き付けた黒幕が居るようなのでくれぐれも注意されたし、との一文がある。


 2枚目は王都方面に不穏な動きが有るとの内容だ。

 第三王女ディアーネが何やら武器と兵を集めていて……その狙いは不明。

 不明ながら以前此処に来たことがある人物でもあるので、こちらについても注意されたし、と。


 3枚目には以前カマロッツに預けた領民募集の看板についてが書かれている。

 小型種の犬人族がその内容に興味を示していて、かなりの数が集まっている上、今にもエルダンの元を飛び出してしまいそうな勢いなので、至急受け入れの可否についての検討を願う……か。

 この手紙にだけ目立つ刻印がされているので、どうやらこれが一番重要な用件であるらしい。


 犬人族というとカマロッツの護衛についていたあの犬そっくりの顔をした亜人達のことだと思うのだが……うぅむ、小型種というのがよく分からないな。


「あー、ゲラント。

 この手紙にある犬人族の小型種とやらについて何か知らないか?

 犬人族には以前会ったことがあるんだが……小型種がどうとかの話は聞いた覚えが無くてな」


 と私がそう尋ねると、ゲラントは何度か上下に頭を揺らしてから、胸を膨らませながらゆっくりとクチバシを開いて……犬人族の小型種についてを説明してくれるのだった。


 

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