第29話 葉肥石
葉肥石の入った革袋を抱えながらイルク村に戻ると、木の棒で地面に何か絵を描いて遊んでいたセナイとアイハンが私とフランシス達の姿を目にするなり、木の棒を投げ捨てながら立ち上がって、こちらへと駆け寄ってくる。
「今日はちゃんと早く帰ってきた!」
「おかえり!」
と満面の笑顔を見せてくれるセナイとアイハンに。
「ただいま」
と私が挨拶を返すと、セナイとアイハンは満足そうに大きく頷いてから広場の方へと駆け出して、2人で声を合わせながら「ディアスが帰ってきたよ!」と広場にある干し場、ユルトの材料を流用して作られたそれに洗濯物を干していたアルナーやマヤ婆さん達に報告をし始める。
「そうか」と苦笑するアルナーや、「教えてくれてありがとうねぇ」と微笑むマヤ婆さん達に頭を撫でられてご満悦となったセナイ達は私にも撫でて貰おうと考えたのか、こちらへと駆け戻ってきて……そしてそこでようやく私の持つ革袋に気付いてハッとした表情になる。
「それ何?何か貰ってきたの??」
「みせて!みせて!」
と袋に手を伸ばしピョンピョン跳ねながらに言う2人。
葉肥石は玩具では無いのだがなぁと思いつつも、2人の期待に輝く目はそれの中身を見せて貰うまでは諦めないぞとの強い意志を訴えていて……どうやら見せる以外の道は無さそうだと私は諦めの溜め息を吐く。
担いでいた袋を地面にそっと下ろして、袋の中身が2人に見えやすいようにと袋の口を広げてやる。
宝石好きのセナイとアイハンのことだから葉肥石を一目見れば、欲しい欲しいと騒ぐのだろうな……と、構えていたのだが、袋の中を覗き込んだ2人は意外にもしょんぼりとした顔になってしまって。
「なーんだ……」
「つまんない……」
と呟いて肩を落とす。
肩を落としたかと思ったら次の瞬間には肩を怒らせたセナイが。
「こんな石ころばっかりいらないよ!」
と声を上げて、肩を落としたままのアイハンが。
「しかもこんなにいっぱい……」
と小さく呟く。
折角セナイとアイハンが笑顔でご機嫌だったのになぁと私が頭をかいていると、メァーメァーとフランシス達がセナイとアイハンに何やら声をかけ始めて、一体フランシス達は何を言ったのか、その一声で2人はすっかりと機嫌が良くなったようで「遊ぼう!遊ぼう!」とフランシス達にじゃれつき始める。
いやはや、フランシス達のおかげで機嫌を直してくれたのは良かったが、なんでまた2人は葉肥石をつまんないだとか、石ころだとか言い出してしまったんだろうな?
葉肥石は見た目にはとても綺麗だし、2人が髪に編み込んでいる宝石達と比べても遜色の無い美しさなのになぁ。
確かにモールは価値の無い石ころだと言ってはいたが、それは2人は知らない訳だし……。
と、そんなことを考えながら私が首を傾げていると、洗濯物干しを終えたアルナーがこちらへとやってきて、興味深げに袋の中を覗き込み……そしてアルナーもまた「なんだ、ただの石ころか」との評価を葉肥石に下す。
「アルナー、私にはその石はとても綺麗な宝石に見えるのだが……何故石ころだと?」
「……そんな事、聞くまでも無い事だろう?
魔力が無いことは一目見れば―――いや、そうか、ディアスは魔力を感じ取れないんだったな。
……この石に大した魔力が無いことや、魔力を込められるような器が無いことは、魔法に携わる者なら誰でも見るだけで感じ取れるものなんだ。
この石は見た目には宝石のようでもあるが、魔力が無い以上はただの石ころとしか言えないな」
……そうか、見ただけで魔力がどうだとか、そういうことが分かるのか。
そして宝石と石ころを分ける要素は魔力の有無であると……。
「アルナーは兎も角、セナイとアイハンもそういったことを見ただけで理解できるのか?」
「まだまだ未熟な部分もあるが、あの2人は幼い割には優秀だ。
時たま私が感じ取れないような僅かな魔力も感じ取っているようだし、角も無いのに呼吸でもするかのように魔力を集めてみせたりもする。
知識が足りないせいでまだ魔法らしい魔法は使えないが、時間をかけて真面目に学んでいけば族長以上の魔法使いになれるだろうな」
アルナーのその言葉に、私は驚いてしまいながらにセナイとアイハンの方へと視線をやる。
走るフランシスを追いかけ抱きつきながらわーきゃーと遊んでいる姿はどう見てもただの幼子でしかないのだが……そうか、あの2人はアルナーより優秀なのか。
魔力がどうとかはさっぱりと分からない私だったが……それでもあの2人に特別な才能があるというのはとても喜ばしいことだと思わず頬が緩む。
あの2人が大人になった時にどんな生き方を選ぶかは分からないが、そこまでの才能があるというのならその未来はきっと明るい物になるに違いないな、あの2人が大魔法使いとして世界に羽ばたいて―――。
「ところでディアス、この石ころは一体何に使う物なんだ?」
と、私が膨らませていた想像を断ち切るアルナー、いつの間にやら私の側にしゃがみ込み、袋の中に手を突っ込んで中の葉肥石を漁っている。
「……その葉肥石は薬草栽培に使う土に細かく砕いて混ぜる物なんだそうだ。
それを混ぜておかないと薬草が上手く育ってくれないらしい。
薬草栽培に使えるなら畑にも使えるんじゃないかと思ってな、モールから譲って貰ったんだ」
私がそう言うと「ふぅん」と小さく声を漏らしたアルナーは少しだけ顔をしかめてしまう。
健康な鬼人族たちにとって『不吉』な事とされる薬草栽培に関わる石というのはやはり好ましい物では無いらしい。
しかしアルナーは顔をしかめながらもそれでも葉肥石を一つ手にとって、重さを確かめてみたり、陽の光に当ててみたり、拳で軽く叩いてみたりと観察し始める。
しばらくの間そうして葉肥石を観察していたアルナーは、突然腰に下げた剣を抜き放ち、その柄頭でもってガッと葉肥石を叩き割る。
「なんだ、硬そうに見えたが随分と脆い石なんだな、これなら石敷きで十分だろう……いや、ディアスは力が強いから鉄敷きにしておいた方が良さそうだな」
と叩き割った葉肥石を袋に投げ入れながらにそんなことを呟いたアルナーは、剣を鞘に収めながらユルトの中へと入っていく。
どうせ砕く物ではあるので構わないのだが、まさかいきなり叩き割るとはなぁとアルナーの行動に驚かされつつ、葉肥石は言う程脆いのだろうか?ということが気になった私は試しにと葉肥石を一つ手に取って自分の拳を何度か叩きつけてみるが……いや、結構硬いぞ、これ。
「ディアス……一体何をしているんだ……?
拳で砕くというのは……いくらディアスでも流石に厳しいだろう。
拳を壊してしまう前に、大人しくこの鉄敷きと鉄棒を使え」
ユルトから戻って来たアルナーがそう言って私に差し出して来たのは鉄の敷物、と呼ぶよりかは大きな丸い鉄の皿と呼んだ方が正しそうな代物だった。
中央に丸いへこみがあって、そのへこみに向かって傾斜がついていて……へこみの中央部分には何かをぶつけたような傷跡が複数あり、そして短刀程の大きさの鉄の円柱がその皿の上に置かれている。
ズシリと重いそれらを私が受け取ると、アルナーはそれで用事が終わったとばかりにこの場から立ち去ろうとし始める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、アルナー……。
これは一体……?」
「これはも何も、ただの鉄敷きと鉄棒だが……もしかして使ったことが無いのか?
……それは石薬を砕いたり、宝石を加工する時に使う物だ。
石を砕くならと必要だと思って持って来たのだが……一応使い方も説明しておくか?」
とアルナー。
鉄敷きの中に石を入れて鉄棒で叩けば良いのだろうということは想像出来たのだが、それでも一応教えてくれとアルナーに説明を求める。
アルナーの説明によると、この鉄敷きは胡座を組んだ足の上に乗せて使うのだそうで、石を砕きたいのなら中央のへこみ部分に石を乗せて後は思いっきり鉄棒で叩き砕けば良い、とのこと。
皿のような形状となっている理由は、胡座の上に置きやすいというのと、作業で出るゴミだの、粉だのが周囲に散らばらないようにする為と、砕いた後の物を別の容器に流し込みやすくする為なのだとかで、よくよく見れば縁の一部分が削ってあって、注ぎ口のような形状となっている。
ちなみに木製の木敷き、石製の石敷き、鉄製の鉄敷きの三種類があるらしく、それらはユルトの中の竈の側に置いてあったそうなのだが……それらを見たという心当たりが全く無い私は自分の観察力の無さに少しだけ呆れてしまう。
「鉄敷きは他の物と比べてそう簡単に壊れるでもなし、乱暴に扱っても構わない。
使い方が分かったなら……私はそろそろ家事に戻るぞ?」
「ああ、ありがとう、アルナー、助かったよ。
早速これで葉肥石を砕かせて貰うよ」
私がそう言うとアルナーははにかんだような笑顔を一瞬だけ見せて、寝具を天日に干す作業を始めているマヤ婆さん達の下へと駆けていく。
アルナーのその笑顔に少しだけ驚いて、最近アルナーはよく笑うようになったかな?なんてことを考えて……いやいや、折角道具を用意してくれたんだ、そんなことよりも作業を始めようと頭を振って、そんな思考を振り払う。
一旦倉庫に向かい、砕いた葉肥石入れにする為の空の壺を一つ持ち出してから、広場に腰を下ろして脚を胡座に組んで鉄敷きをその上に乗せて準備は完了。
袋から葉肥石を一つ取り出し、へこみに置いて鉄棒を構えて力を込めて叩きつけると……おお、拳の時と違って簡単に割れるじゃないか。
ただ叩きつける力が強すぎて結構な衝撃が脚に伝わってくるから、少しだけ力を加減して……うん、これでも割れるな、後は叩きつける場所だとか角度を工夫しても良さそうだ。
そうやって何度か割ることで葉肥石を小さくしていって、小さくなった葉肥石達を鉄棒で押し潰すようにしたり、軽く鉄棒を叩きつけたりして、葉肥石を更に小さく砕き粉状にしていく。
葉肥石の大体がそうして粉になったなら、鉄敷きを持ち上げて、注ぎ口から粉を壺の中へと流し込み、空になった鉄敷きに次の葉肥石を置いてまた二つに割る所から始めて作業を繰り返していく。
いざ始めてみるとその作業は思ったよりも楽しい物で、ついつい夢中になってしまった私は日暮れ時になるまでその作業を続けてしまうのだった。
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