第5話 鬼人族


「まずは名乗らせて貰うよ、私の名はモール、鬼人族の長さ。

 私達鬼人族はね、長い間王国と……アンタの国と草原の支配権を巡って対立してきたのさ。

 何度も何度も話し合って何度も何度も戦争をして……長いことその繰り返しだった。

 ……だけど50年前に起こった戦争で私達は大敗、大勢の仲間達を失いながら私達はこの草原から逃げ出して……そうして王国はこの草原の支配権を手に入れたって訳さ」


 私に笑顔を見せていたモールは、顔を酷く歪めながらそんなことを語り始める。

 50年前にモールは何歳だったのだろうか、彼女にとってそれは辛い思い出らしい。

 その話を聞いた私は居住まいを正し、モールの言葉を飲み込んで、頭に浮かんでくる疑問をそのまま口に出す。


「50年前にこの草原から逃げ出したのなら……どうしてあなた達は今この草原で暮らせているんだ?」


「なんてことはないよ、逃げた後こっそりと草原に戻って来ただけのことさ、戦争に負けた2・3ヶ月後のことだったかね」


「……王国はそれを今まで見逃していたのか?」


「その答えはこれだよ、これ」


 そう言ってモールは自分の額の角を指で指し示す。

 青く輝く角が一体何だと言うのだろうか?


「この角はね、魔力を蓄える角なのさ。

 魔力を溜め込むことで角無しには使えない色々な魔法を使うことが出来てね、その一つが隠蔽魔法さ。

 私達は村全体を50年前から欠かさずに隠蔽魔法で覆い続けながら草原で隠れ住んでいたという訳さ。

 アンタが昨日この村を見つけられなかったのは隠蔽魔法の効果って訳だねぇ」


「そんな村にとって重要な秘密を私に教えて良いのか?

 私は王国側の人間なんだが……」


「アンタは青だからね、青じゃなかったら教えたりしないさ。

 ……なんだい、その顔は、アンタまだ青の意味を分かってなかったのかい?

 察しの悪い男だねぇ。

 私達にしか使えない魔法の一つに相手の魂を見極める魂鑑定というものがあるのさ。

 相手が私達にとって危険な存在だったり敵意を持っていたりするとね、角が光って、その光の色や強さで危険度を教えてくれるのさ」


「あー……なるほど、つまり青は敵意無しとそういうことか?

 それにしたって秘密を教えるには迂闊過ぎると思うが……」


 私がそう言うとモールはニヤリと口元を歪めての笑顔を浮かべる。


「いいや、敵意なしは白だよ。

 青はね、私達に幸福や恵みをもたらす相手を前にして出す光なのさ、その度合によって光は強くなる。

 もしアンタが私達と話してる途中で少しでも敵意を持ったり嘘を吐いたりしたら途端に青い光は濁り始めて赤に近くなるはずなんだけどね。

 アンタは一度もそれが無かった……ま、アンタの昔話を聞いてそれも納得だよ。

 打算も何も無いままに、親の遺言を守って愚直にその年まで生きられるなんて馬鹿な生き方、中々に出来ることじゃないからねぇ」


「……それはー……褒められているのか?」


「何を言ってるんだい、さっきからずっと褒めてるじゃないか。

 私も随分と長く生きているけどね、アンタみたいな馬鹿者は生まれて初めて見たよ」


 そう言ってモールはカッカッカと笑い声を上げる。

 うーむ、やっぱり褒められているというより貶されている気がするなぁ。

 

「そんな馬鹿者がこの地の領主になったのは私達にとっては何よりの幸運という訳だね……角が青く光るのも納得さ。

 何しろアンタと上手く付き合っていけば、隠蔽魔法に頼る必要も無くなるかもしれないし、そうなったら村を広げられるかもしれないんだからね。

 ……隠蔽魔法の範囲にも限度があるからねぇ、村を広げられずにこの50年苦労したもんさ」


「何故そこまでしてこの草原にこだわるんだ?

 どこか……王国の手の届かない所にでも行ってそこで大きな村を作っても良かったんじゃないか?」


「故郷はそう簡単に捨てられるもんじゃないさ……それにね、私達の生活を支えてくれるメーアという家畜は草をたくさん食べるんだよ。

 柔らかくて栄養の有る草が豊富なこの草原は中々に離れがたい場所なのさ……」


「……なるほど。

 私としてはあなた達に思う所も無いし、村を広くしたいというなら自由にして貰って構わない……と思う。

 領民を守ってお金を集めろとしか言われていないしな……まぁその領民はまだ一人も居ないんだが……」


「はーっ……アンタは本当に馬鹿者だねぇ!

 少しは交渉しようだとか、条件を付けようだとか考えないのかい?

 全くしょうがない男だよ!

 ……アンタ、家も食料も無いんだろ?私達が用意してやるよ、家畜も少しだが分けてやる。

 その代わりにアンタは私達のことを見逃してくれたら良い、この村のことも私達のことも誰にも言ったりするんじゃないよ?たとえ王様相手でもね。

 それと領民をなんとしてでも集めて立派な領主におなり、アンタが失脚したらこの話は元も子もなくなるからね。

 それにアンタが居なくなったらお次はどんな奴がここの領主になるのやら、前みたいなロクデナシはもう勘弁だよ」


「まぁ領主の仕事は勿論……この村のことも最初からそのつもりだったから見逃すのも黙っているのも構わないが……。

 ……ん?前みたいな?……領主の前任者が居たのか?」


「ああ、居たともさ。

 といってもそいつは他に領地を持っていて、そこで暮らしていたようだけどね。

 たまにこの草原に顔を出して……まぁ趣味の悪いことをするような阿呆だったよ。

 アンタが来る少し前に……病死したみたいだねぇ」


 そう言うモールの顔は何やら暗く陰り始めて……前領主は余程趣味の悪いことをしていたようだなぁ。


 モールの側に立つアルナーも前領主のことが話題に上がってから何やら顔を強張らせているし、一体何をしたのやら……詳しい話は……聞かない方が良いかもしれないな。


「ま、そんな話は良いじゃないか。

 これからの話をしよう、これからのね。

 アンタにはさっき言った通りに家をやるよ、この家よりは小さい家になるが……そうだね、アンタとアルナーが出会った場所に建てさせよう。

 着替えに生活雑貨なんかも用意するさ。

 それと食料はとりあえず干し肉を一週間分やるとしよう。

 後はメーアの番に……しばらくの世話係としてアルナーも貸してあげるよ。

 二人で一緒にその家で暮らしな」


 モールのその言葉に私は驚いてしまい何も言えず……アルナーは私より何倍も驚いたようで目を見開きながらわなわなと震えている。


「アンタは家畜の世話の仕方も知らないだろう?

 家を建てた後の手入れだって必要だ。

 ここいらに住む獣の対処法に、病気を避ける暮らし方に、覚えることはたくさんあるんだ、アルナーにそこらを教わりな。

 アルナー、アンタもそれで良いね?余所者を村に連れて来たのはアンタなんだから、最後まで責任取りな」


 アルナーはそんなことを言うモールに目を吊り上げながら何かを言おうとするが、モールの一睨みに言葉を飲み込んでしまって……渋々ながらに頷いて私の世話係を受け入れる。


「これで話はまとまったね。

 そういう訳で草原の領主様、これからよろしく頼むよ」


 そんなモールの一言で話し合いは終了となり、こうして私は目標としていた住む場所の確保と食料の確保に成功する。

 世話係のアルナーと一緒に暮らすことになったのは予想外過ぎる展開だったが、偉い人には執事だとかメイドだとか世話係が付き物だと聞く。

 王宮にもたくさんのメイドが居たからな、そういうものだと思うことにして受け入れよう。



 王宮で見たメイドとは雰囲気が違って、少し……だいぶ……いや、かなり野趣溢れる感じだが……そんなメイドも悪くない……はずだ、うん。

 

 

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