第4話 村と族長
「族長に会ってもらうぞ!」
村に入るなり女性は私を睨みながらそう一言。
新参者が年長者に挨拶するのは当然のことであるし、そこに案内してくれるというのならありがたいと私が頷くと、彼女は私の腕を一段と強い力で引きながら歩き始める。
布製の丸い家が立ち並ぶ村の中を、女性とよく似た格好の額に角を生やした人々の視線に晒されながら私はそうして歩いていって……村の中央にある一段と大きい家の中へと足を踏み入れる。
そこは初めて見る美しさに溢れた空間だった。
天井の中央には太陽の光を取り入れる為だろうか大きな穴が空いていて、そこから放射状に木の骨組みが広がる姿はそれ自体が太陽の光を表現しているように私には思えて、なんとも美しい。
床には独特の美しい模様の絨毯が敷かれていて、その上には細工の施された木製家具が並んでいて宝石が散りばめられたりしている。
王宮に初めて行った時もその豪華さと美しさに驚いたものだったが、ここはもしかしたらそれ以上かもしれないと私は溜め息を漏らす。
「アルナーが余所者を連れてくるとはねぇ……その男は青なのかい?」
嗄れた女性の声が家の奥の方から聞こえてそちらへと視線をやると、絨毯の上に一人の老婆が座っていた。
毛皮を何重にも重ねてその身を覆っている老婆は、まるで毛皮の塊の魔物のようにも見える。
毛皮の隙間から枯れ木のような手が伸びていて、その手には宝石の散りばめられた杖が握られている。
当然に老婆の額にもやはり青く輝く角がある。
「はい。
寝ている所を捕まえて、草原に立ち入った目的を聞き出そうと尋問をしたのですが……要領を得ない答えばかりで……どうしたら良いのかと……。
それで味方かと尋ねた所、強い青でそうだと答えました」
私の腕を掴んでいた女性……アルナーと呼ばれた彼女はいつのまにやら絨毯に腰を下ろし、頭を下げていて、頭を下げたままに老婆と言葉を交わし始める。
「へぇ……その質問で強い青とはねぇ……。
赤は無かったのかい?」
「赤は一度もありませんでした。
全て青でした」
赤とか青とか、一体この二人は何の話をしているのだろうか。
「全て青?
へぇ……それは面白いねぇ。
アルナーが連れて来た青の男……名前を教えてくれないかい?」
「……え?あ、ああ……ディアスが私の名前だ」
突然に話しかけられた上に青の男と訳の分からない呼び方をされて驚いた私は一瞬言葉に詰まりながらもなんとか老婆に返事をする。
「ディアス……変な名前だねぇ。
ディアス、アンタはアルナーの味方だそうだが……私の味方はしてくれるのかい?」
「勿論だ、この村に住む者なら誰であろうと味方になるぞ、私は」
「……へぇ、そうかい。
ディアスはどうして私達の味方をしてくれるんだい?」
「それが私の仕事だからだ」
「……。
誰に命じられた仕事なんだい?」
「それはー……王様だな」
王様、と私が口に出すと途端に角をピカピカ光らせていた老婆は目を大きく見開き、そしてアルナーは突然に立ち上がって剣の柄を握り始める。
私は何か不味いことを言ってしまったのだろうか?
家の中の空気が悪くなるのを感じ取りながら私も武器へと手を伸ばすべきかと考えて……そこで私は戦斧を草原に置いて来てしまったことに気付いて愕然となる。
普段は武器を手放すようなことはしないのだが、寝ぼけていた所にアルナーとの突然の出会いのショックが重なって……私はとんでもないミスをやらかしてしまったらしい。
「アルナー、そう焦るんじゃないよ、まだ話は途中じゃないか。
ディアス……アンタの仕事について詳しく……そうだね、どうして王様にそう命じられることになったのか最初から話してくれないかい?」
アルナーが鋭い目で私を睨む中、老婆は淡々とそう言って……私はアルナーの挙動に注意を払いながら老婆に言われた通りに王様に会うまでの顛末を説明していく。
老婆の言う最初、というのが果たして私の人生の何処からか私には判断が付かなかったので、本当に最初から、私が物心付いた頃からの私の知る限りの私の人生を語っていく。
「なるほどね……よく分かったよ。
それで青とはねぇ……全く驚かされる。
いやはや……角無しにもこんな男が居るんだねぇ」
老婆は私の話を聞いてそんなことを呟く、その内容はまた『青』……この二人の言う青とは一体どんな意味があるのだろうか。
アルナーは老婆が青だと言った所で剣の柄から手を離して……そして何やら神妙な面持ちとなって睨むでなくじっと私のことを見つめたままに黙り込む。
老婆はそんなアルナーを見て、そして私を見てゆっくりと口を開く。
「青のディアス、アンタが領民を本気で守ろうとする立派な領主様だということはよく分かったよ。
そこで一つ聞きたいんだがね、もし私達が領民じゃなかったら、アンタはどうするんだい?」
「領民じゃなかったら……?
いや……どうもしないんじゃないか?
ようやく見つけたと思った領民が領民じゃなかったら……肩を落とすことにはなるがそれだけだな」
「領民じゃなくても私達の味方になってくれるのかい?」
「うん……?
まぁ……領民じゃなかったとしてもこうして知り合えたんだし、仲良くしたいと思うさ。
困ってることがあれば手助けするし、味方にもなるぞ?」
私がそう口にすると、老婆はゆっくりと何かを確かめるようにして頷きながら角を青く光らせる。
何故老婆はそんな質問をするのだろうか、領民じゃなかったらだなんて……。
あれ?もしかして、この村の人達って領民じゃないのか?
そ、そんな訳ないよな?役人の人はここらへんも領地だと説明していたし、領地に住んでいるのは領民のはずなんだし……。
「その顔……ようやく気付いたのかい?
そうだよ、私達はアンタの領民じゃない。
それどころかアンタの王様の敵だよ、長年アンタの国と戦ってきたのさ、私達は」
老婆ははっきりとした口調でそう言って……私はその言葉に肩を落とすどころから膝から崩れ落ちてしまう。
領民だと思った相手は領民では無くて、それどころか敵で、つまりここは敵地の中心と言える訳で。
私はその敵地の中心で武器すら持っていないということになる。
その事実にショックを受けた私が言葉を発せないままに項垂れ続けていると、老婆は敵である私に何故だか優しい声で話しかけてくる。
「青のディアス、私達はアンタの王様の敵ではあるけどね、アンタの敵では無いかもしれないよ。
アンタは青だ、珍しいくらいの青だ。
アンタが青だというなら私達は上手くやれるはずだよ、いつまでもそうしていないで顔を上げて私の話を聞きなさい」
老婆のその言葉に……私はゆっくりと顔を上げる。
そうして老婆の顔へと視線をやれば……老婆は顔中の皺を寄せながら優しく……まるで母のように優しく微笑んでいたのだった。
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